第二話 つよくて、かわいくて
第三章 第二話 つよくて、かわいくて
翌日の放課後。
咲子は、教室の窓際で友人たちに囲まれていた。
「ねえ、これ見て」
一人の女子生徒が、小さな箱を机の上に置く。
蓋を開けると、中には淡い色の飾りがついたヘアアクセサリーが入っていた。
「わあ……かわいい」
咲子は思わず身を乗り出した。
「でしょ? 昨日買ったんだ」
「すごく似合いそう」
「咲子も、こういうの好きだよね」
「うん。好き」
咲子は素直に頷いた。
かわいいものは好きだ。
きれいなものも好き。
服を見るのも好きだし、アクセサリーを眺めるのも好きだった。
「でも、なんか意外なんだよね」
「え?」
「咲子って空手やってるじゃん」
友人が笑う。
「道場にいるとき、めちゃくちゃ格好いいのに、こういうかわいいものも好きなんだなって」
「そう?」
「うん。なんかギャップある」
「空手やってたら、かわいいものを好きじゃ駄目なの?」
咲子が冗談っぽく返す。
「そういう意味じゃないって!」
みんなが笑った。
咲子も笑う。
悪意があるわけではない。
分かっている。
だから、怒るようなことでもない。
ただ。
ほんの少しだけ、引っかかる。
空手が好き。
強くなりたい。
かわいいものも好き。
きれいになりたいとも思う。
どれも自分なのに。
どれか一つを選ばなければならない理由なんて、ないはずなのに。
◇
学校を出ると、咲子はそのまま道場へ向かった。
制服から道着へ着替え、長い黒髪を高い位置で結ぶ。
鏡の中の自分を見ながら、咲子は結んだ髪を一度きつく締め直した。
「よし」
道場へ入る。
「お願いします!」
礼をして。
いつものように稽古を始める。
突き。
蹴り。
受け。
足運び。
一つ一つの動きを確かめるように繰り返していく。
けれど。
昨日の組手が、どうしても頭から離れなかった。
負けたこと。
押し負けたこと。
それよりも。
『女の子なんだから、そこまでできれば十分だよ』
あの言葉が。
「せいっ!」
拳に力が入った。
「せいっ!」
もう一度。
もっと鋭く。
もっと強く。
「咲子」
「はい?」
声をかけられ、咲子は振り返った。
昨日、組手をした男子が立っていた。
「今日も飛ばしてるな」
「そうかな」
「そうだろ。昨日あれだけやったのに」
「もう平気」
「だからって、無理するなよ」
「無理なんかしてないよ」
「いや。最近ちょっと、やりすぎじゃないか?」
咲子は答えなかった。
男子は困ったように頭をかいた。
「そんなに焦らなくてもいいだろ」
「焦ってない」
「でもさ。身体の作りが違うんだから」
「…………」
「中学の頃と同じようにはいかないって。咲子は女なんだし」
悪気がないことは分かっている。
心配してくれていることも。
だからこそ、咲子は言い返せなかった。
「……そうだね」
いつものように微笑む。
「ごめん。ちょっと休む」
「そのほうがいいって」
男子は安心したように笑い、ほかの道場生のもとへ戻っていった。
咲子は一人、その背中を見つめた。
「…………」
中学生の頃。
彼には何度も勝った。
もちろん、負けることもあった。
それでも。
勝つことだって珍しくなかった。
だから高校生になっても、同じだと思っていた。
もっと練習すればいい。
もっと上手くなればいい。
そうすれば、また勝てる。
ずっと、そう思っていた。
けれど。
いつからだろう。
少しずつ。
本当に少しずつ。
差が開いていった。
前なら受け止められた攻撃を、受け止められない。
押し返せた相手を、押し返せない。
技術だけなら。
今だって、負けているつもりはない。
練習だってしている。
中学生の頃より、ずっと。
なのに。
「女だから……」
小さく呟く。
その言葉が。
咲子は嫌いだった。
◇
「おねえちゃん!」
「え?」
聞き覚えのある声がした。
道場の入口を見る。
昨日の男の子が、そこに立っていた。
「キッド君」
「うん!」
咲子は思わず笑った。
「今日も来たの?」
「きた!」
「児童館は?」
「ちゃんといくよ!」
「それならいいけど」
キッド君は、昨日と同じように道場の中を興味津々で見回している。
「今日はたたかわないの?」
「今日は基本の稽古が多いの」
「きほん?」
「こういうの」
咲子は構えを取り、ゆっくりと突きを出してみせた。
「おお……!」
それだけで目を輝かせる。
「これもからて?」
「これも空手」
「すごい!」
「まだ何もしてないよ?」
「でも、かっこいい!」
「ふふっ」
思わず吹き出した。
この子は、何を見ても格好いいと言うのかもしれない。
でも。
嫌な気はしなかった。
「おねえちゃん」
「なに?」
「もっとつよくなりたいの?」
「……え?」
咲子の動きが止まった。
「どうしてそう思ったの?」
「だって、いっぱいれんしゅうしてるから」
「…………」
「つよくなりたい?」
まっすぐな目で聞いてくる。
咲子は少し考えた。
女だからと言われるのが嫌だから。
誰にも負けたくないから。
昔みたいに戦いたいから。
頭の中には、いくつもの答えが浮かんだ。
けれど。
「負けるのが嫌いだから、かな」
「ぼくも!」
即答だった。
「ぼくも、まけるのやだ!」
「ふふっ。そっか」
「うん!」
あまりにも真っ直ぐな返事で。
咲子は、それ以上考えるのをやめた。
今は。
それでいい気がした。
◇
「じゃあ、またね!」
「うん。児童館、遅れちゃ駄目だよ」
「はーい!」
キッド君は元気よく走っていった。
咲子は、その小さな背中が見えなくなるまで見送ったあと、道場へ戻った。
稽古が終わる頃には、外は少し暗くなり始めていた。
着替えを済ませ、鞄を肩に掛けて道場を出る。
しばらく歩いていると。
ふわりと、甘い匂いが鼻をくすぐった。
「……?」
道の先に、一台のキッチンカーが停まっていた。
クレープの店らしい。
「おいしそう……」
稽古のあとで、お腹も空いている。
咲子は足を止め、メニューを眺めた。
苺。
バナナ。
チョコレート。
いくつか並んだ写真の中で、一つの商品に目が止まる。
「グレープ……」
葡萄とクリームを使ったクレープだった。
紫色の葡萄が、白いクリームの上にきれいに飾られている。
少し迷ってから。
「これ、一つお願いします」
咲子はグレープのクレープを買った。
包みを受け取り、一口かじる。
「……おいしい」
ふんわりとしたクリームの甘さ。
そこへ葡萄の酸味が重なる。
もう一口。
自然と頬がゆるんだ。
道場でのことも。
さっき言われたことも。
食べている間だけは、少し遠くなった気がした。
咲子はクレープを手に、その場をあとにする。
キッチンカーは。
静かに、その後ろ姿を見送っていた。
◇
帰り道。
咲子は昨日と同じ店の前で、また足を止めた。
ショーウインドーの向こう。
かわいいアクセサリーが並んでいる。
「…………」
昨日より少しだけ、ガラスへ近づいてみる。
きれい。
かわいい。
つけてみたい。
そう思う自分は、ちゃんといる。
空手をしていても。
強くなりたくても。
かわいいものが好きな気持ちは、何も変わらない。
「……いつか買おうかな」
小さく笑って。
咲子は再び歩き出した。
その姿を。
少し離れた場所から。
黒い服を着た人物が見ていた。
男なのか。
女なのか。
やはり、はっきりとは分からない。
その手には。
小さな箱があった。
黒服は、静かに蓋を開く。
中には。
一つのブローチ。
きれいな飾りが施されたそれは、夕暮れの光を受けて、きらりと輝いた。
黒服は何も言わない。
ただ。
遠ざかっていく咲子を見つめ。
やがて。
静かに箱の蓋を閉じた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




