第一話 かっこいいおねえちゃん
第三章 第一話 かっこいいおねえちゃん
「じゃあな、ノリ」
「ノリじゃないもん!」
さとる君にそう呼ばれた瞬間、ぼくは足を止めて頬をふくらませた。
「キッド!」
「はいはい。キッド、キッド」
「『はいはい』って言わないでよ!」
抗議すると、さとる君は楽しそうに笑った。
絶対にわざとだ。
最近、さとる君とはこうして一緒に帰ったり、学校で話したりすることが増えた。
前よりずっと仲良くなったと思う。
そのせいなのか、さとる君は遠慮なくぼくを「ノリ」と呼ぶようになった。
でも、そこは譲れない。
ぼくはキッドなのだ。
「でもさ」
ひとしきり笑ったあと、さとる君が空を見上げた。
「いいよなあ、キッドは」
「なにが?」
「妖怪、見えるんだろ?」
「うん」
「俺も見てみたいなあ」
さとる君は本当に羨ましそうだった。
ぼくは少し首をかしげる。
「でも、こわいときもあるよ?」
「それでも見てみたい」
「ほんとに?」
「だって妖怪だぞ? 見えたらすごいじゃん」
「うーん……」
見えて楽しい妖怪もいる。
お話できる妖怪だっている。
でも、全部が全部、楽しいわけじゃない。
「見えないほうがいいときも、あると思うけどなあ」
「見えるやつが言っても説得力ないって」
「そうかな?」
「そうだよ」
さとる君が笑う。
ぼくもつられて笑った。
そんなことを話しながら歩いているうちに、いつもの分かれ道に着いた。
「じゃあ、俺こっちだから」
「うん。またね!」
「またな、ノリ」
「キッド!」
「あはは。じゃあな、キッド!」
今度はちゃんと言ってくれた。
「またね!」
ぼくは大きく手を振って、さとる君と別れた。
◇
今日は、ほかの友達と遊ぶ約束をしていない。
だから、これから児童館へ行く。
そこで過ごしたあとは、お母さんが帰ってくる時間までゴンさんのお店にいる。
いつもの放課後だ。
――そのはずだった。
「せいっ!」
「やあっ!」
「えいっ!」
「……ん?」
どこかから、大きな声が聞こえた。
思わず足を止める。
「やあっ!」
まただ。
声のするほうを見ると、少し先に一軒の建物があった。
入口には看板が出ている。
「からて……?」
空手道場。
中から、また力強い掛け声が響いた。
気になる。
ものすごく気になる。
児童館には行かなきゃいけない。
でも。
ちょっとだけなら。
本当に、ちょっと見るだけなら。
たぶん大丈夫。
ぼくは入口の近くまで行くと、そーっと中を覗き込んだ。
「わあ……」
白い道着を着た人たちが何人もいる。
大人もいるし、高校生くらいのお兄ちゃんやお姉ちゃんもいる。
みんな真剣な顔で稽古をしていた。
突き。
蹴り。
大きな掛け声。
床を踏み込む音。
初めて見る光景に夢中になっていると、一人のお姉ちゃんに目が止まった。
長い黒髪を後ろで結んだ、きれいな人だった。
でも、ぼくが目を離せなくなった理由は、それだけじゃない。
「すごい……」
お姉ちゃんが動いた。
すっ、と身体が前へ出る。
「せいっ!」
鋭い突き。
相手がかわしたと思ったら、すぐに踏み込んで蹴りへつなげる。
「うわっ」
思わず声が出た。
速い。
すごく速い。
だけど、ただ速いだけじゃない。
動きが、とてもきれいだった。
ぼくには空手のことなんて全然分からない。
それでも、お姉ちゃんの動きだけは、ずっと見ていたくなった。
「かっこいい……」
気づけば、小さな声で呟いていた。
◇
やがて、お姉ちゃんの相手が変わった。
今度は、お姉ちゃんより背の高い男の人だ。
身体もずっと大きくて、がっしりしている。
二人が向かい合う。
礼をして。
構える。
空気が変わった。
「せいっ!」
先に動いたのは、お姉ちゃんだった。
踏み込みが速い。
男の人がかわす。
すぐに次の攻撃へつなぐ。
今度は男の人が前へ出る。
お姉ちゃんが身をかわす。
攻める。
避ける。
また攻める。
「がんばれ……」
いつの間にか、ぼくは小さな声で応援していた。
お姉ちゃんがもう一度踏み込む。
同時に、男の人も前へ出た。
二人の身体がぶつかる。
「……っ!」
お姉ちゃんの身体が押された。
力の差は、ぼくにも分かった。
それでも、お姉ちゃんはすぐに体勢を立て直した。
また構える。
もう一度。
何度押されても、また向かっていく。
でも最後は、男の人のほうが勝った。
「ありがとうございました」
お姉ちゃんがきちんと礼をする。
相手の男の人も礼を返した。
「いやあ、やっぱ咲子は強いな」
さきこ。
あのお姉ちゃんの名前らしい。
「ありがとうございます」
咲子さんは、穏やかに微笑んだ。
「女子で俺とここまでやれるんだから、十分すごいよ」
「そうそう」
近くにいた人も笑顔で続ける。
「女の子なんだから、そこまでできれば十分だよ」
「無理しなくてもいいんじゃない?」
「はい。ありがとうございます」
咲子さんは、また笑った。
みんな褒めている。
嫌なことを言おうとしている人なんて、誰もいない。
なのに。
「…………」
なぜだろう。
ぼくには、そのときの咲子さんの笑顔が、さっきまでとは少し違って見えた。
ほんの一瞬だけ。
とても悔しそうな顔をしたような気がした。
◇
やがて稽古が終わり、道場から人が出てきた。
ぼくも、そろそろ児童館へ行かなくちゃ。
そう思ったときだった。
「あ」
咲子さんが道場から出てきた。
鞄を肩に掛けている。
ぼくは、気づいたら走り出していた。
「あの!」
「え?」
咲子さんが振り返る。
「さっきのおねえちゃん!」
「私?」
「うん!」
近くで見ると、やっぱりきれいな人だった。
「あのね!」
「う、うん」
「すっごくかっこよかった!」
「…………え?」
咲子さんが目を丸くする。
「からて!」
ぼくは興奮したまま、両腕をぶんぶん動かした。
「こうやって! こうして! ばーんって!」
「ふふっ」
咲子さんが笑った。
「見てたの?」
「うん!」
「でも、お姉ちゃん、負けちゃったよ?」
「うん」
そう答えると、咲子さんは少し困ったような顔をした。
「でも、かっこよかったよ!」
「…………」
咲子さんが、ぼくを見つめる。
しばらくして。
「……ありがとう」
そう言って笑った。
今度の笑顔は、道場で見たものとは違った。
なんだか、本当に嬉しそうだった。
「ぼくも、からてやってみたい!」
「そうなの?」
「うん! ぼく、キッドだから!」
「……キッド?」
「あっ」
しまった。
また言ってしまった。
「えっと……」
「ふふっ」
咲子さんが楽しそうに笑う。
「変わった子ね」
「ノリじゃないよ!」
「え?」
「……なんでもない」
さとる君のせいだ。
◇
「それじゃあね、キッド君」
「うん! またね、おねえちゃん!」
咲子さんと別れると、ぼくは急いで児童館へ向かった。
思っていたより、ずいぶん長く寄り道をしてしまった。
それでも。
なんだか嬉しかった。
また、あのお姉ちゃんに会えるかな。
空手。
ぼくもやってみたいな。
そんなことを考えながら児童館へ向かい、いつものようにしばらくそこで過ごした。
そして児童館を出たあとは、お母さんが帰る時間になるまで、ゴンさんのお店で過ごした。
◇
一方。
道場を出た咲子は、一人で街を歩いていた。
しばらく歩いたところで髪を結んでいたゴムを外すと、長い黒髪がさらりと背中へ落ちる。
そのとき。
「…………」
咲子の足が止まった。
店のショーウインドー。
ガラスの向こうには、小さなアクセサリーが並んでいる。
かわいいもの。
きれいなもの。
咲子の視線が、その一つへ吸い寄せられた。
「……かわいい」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
ほんの少しの間。
咲子は、それをじっと見つめていた。
けれど。
やがて静かに目を逸らすと、その場を離れていった。
咲子は気づいていない。
少し離れた場所に、一人の人間が立っていることに。
全身を包む、黒い服。
男なのか。
女なのか。
遠目には、それすらはっきりしない。
その人物は何も言わず。
ただ。
歩いていく咲子の背中を、いつまでも見つめていた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・設定・構成など、作品の根幹となる部分は作者が制作し、それらの設定や展開、作者からの指示をもとに、ChatGPTが文章作成・文章化を担当しています。作者とAIが相談・調整を重ねながら、一つの作品として制作しています。




