閑話「下界って楽しそう!」 内田紀人 作
閑話「下界って楽しそう!」 内田紀人 作
「それでですね!」
天女が、ぐっと身を乗り出した。
「まだあるんです!」
「まだあるの!?」
向かいに座る朱雀も、負けないくらい身を乗り出す。
「あります!」
「聞く!」
「まず服です!」
「やっぱりそこよね!」
二人の声が、きれいに重なった。
◇
天女が人の世界とのつながりを得てから、少し経った。
以前とは違う。
今の天女は、下界にいる人々の近くへ行くことができる。
そして。
勘の強い人間ならば。
天女の姿を見ることも。
その声を聞くこともできる。
則人が、そうだった。
人の世界は。
以前よりも、ずっと身近になった。
今まで遠くから眺めているだけだったものを。
間近で見ることができる。
人々の服装。
髪型。
街に並ぶ店。
食べ物。
次から次へと目に入ってくる。
当然。
天女の興味は、尽きなかった。
そして戻ってくるたび。
「朱雀様、聞いてください!」
こうなる。
◇
「この前ですね、すごくかわいい服を着ている人がいたんです」
「どんなの?」
「袖が、こう……ふわっとしていて」
天女が両腕を広げる。
「ふわっと?」
「はい。それで腰のところが、きゅっとしていて」
「ふわっとして、きゅっ?」
「そうです!」
「分からない!」
「ええっ!?」
「もっと詳しく!」
「ええとですね……」
天女は一生懸命、身振り手振りで説明する。
朱雀もいたって真剣だった。
「それで、下の方は長いんです」
「長い?」
「はい。でも全部同じ色じゃなくて、ここが違う色になっていて」
「ちょっと待って」
「はい?」
「それ、かわいいの?」
「ものすごくかわいいです!」
「見たい!」
即答だった。
「それからですね!」
天女の勢いは止まらない。
「靴もすごいんです!」
「靴?」
「はい! 色もたくさんありますし、形も全然違っていて」
「へえ……」
「それから、小さい鞄!」
「小さい鞄?」
「はい!」
朱雀が首を傾げる。
「小さかったら、物があまり入らないじゃない」
「でも、かわいいんです!」
「…………」
朱雀が考える。
「それは……」
「はい」
「大事ね」
「ですよね!」
「朱雀様」
後ろから、冷静な声が飛んできた。
「なに?」
朱雀が振り返る。
そこには、いつもの配下が立っている。
「何が大事なのでしょう」
「かわいいこと」
「左様でございますか」
「何よ、その言い方」
「いえ。何も」
「絶対、何か思ってるでしょ」
「滅相もございません」
天女が小さく笑った。
◇
「それから、髪です!」
「髪?」
「はい」
天女が自分の髪に触れる。
「下界の人って、髪をいろんな形にするんですよ」
「結ぶってこと?」
「それだけじゃないんです!」
「じゃあ何?」
「くるくるにしたり」
「くるくる?」
「上の方でまとめたり」
「うん」
「色まで変えたり!」
「えっ?」
朱雀の目が丸くなる。
「髪の色を?」
「はい!」
「変えられるの!?」
「変えてました!」
「どうやって!?」
「それは分かりません!」
「そこ調べてきなさいよ!」
「朱雀様」
また後ろから声が飛んできた。
「なに?」
「天女殿を、何のために下界へ行かせているのでしょう」
「調査?」
「何の調査ですか」
「流行の」
「必要ございません」
「あるわよ!」
「どこに」
「ここに!」
朱雀が自分を指さす。
「私が知りたい!」
「それは調査とは申しません」
「細かいわね!」
天女が横から、そっと手を挙げる。
「あの」
「なに?」
「私も知りたいです」
「ほら!」
「天女殿まで……」
配下が額を押さえた。
◇
「でもですね」
天女が、さらに楽しそうに続ける。
「一番びっくりしたのは、食べ物です」
「食べ物?」
朱雀の目つきが変わった。
「はい」
「どんなの?」
「透明な器があって」
「うん」
「その中に、白いものがいっぱい入っていて」
「白いもの?」
「その上に果物が乗っていて」
「果物!」
「赤いのとか、黄色いのとか」
「うんうん」
「それで、さらに上に――」
「待って」
朱雀が天女を止める。
「はい?」
「それ」
「はい」
「おいしいの?」
「…………」
天女が少し考えた。
「分かりません」
「なんでよ!」
「食べてませんから!」
「食べなさいよ!」
「食べられませんよ!」
「なんで!?」
「朱雀様」
「今度は何!」
配下が静かに言う。
「少し落ち着いてください」
「落ち着いてるわよ!」
「先ほどより声が倍ほど大きくなっております」
「なってない!」
「なってません!」
二人の声が、ぴたりと重なった。
「…………」
配下が二人を見る。
朱雀と天女も顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
そして。
二人そろって吹き出した。
◇
ひとしきり笑ったあと。
朱雀が首を傾げる。
「でも」
「はい?」
「なんで食べなかったの?」
「え?」
「下界には行けるんでしょ?」
「行けますよ」
「だったら食べればいいじゃない」
「…………」
天女が困ったように笑った。
「それが、そう簡単でもないんです」
「どういうこと?」
「私のことを、誰でも同じように見られるわけじゃないですから」
朱雀が瞬きをする。
「則人には見えてたじゃない」
「則人さんは、かなり勘が強いですから」
「ああ……」
「でも、お店の人まで則人さんみたいに勘が強いとは限りません」
「…………」
朱雀が黙った。
「私の姿が見えて、声も普通に聞こえる店員さんなら、お話はできると思います」
「うん」
「でも」
「見えない店員だったら?」
「…………」
天女が苦笑する。
「どうやって買えばいいんでしょう」
「…………」
朱雀が固まった。
◇
「ちょっと待って」
「はい」
「じゃあ服は?」
「見ただけです」
「靴は?」
「見ただけです」
「小さい鞄」
「見ただけです」
「髪につけるやつ!」
「見ただけです」
「さっきの果物がいっぱい乗った甘そうなやつ!」
「見ただけです」
「…………」
朱雀の眉間に。
少しずつ、しわが寄っていく。
「何それ」
「仕方ないですよ」
「でも、欲しくないの?」
「…………」
天女が黙る。
朱雀が、その顔を覗き込んだ。
「欲しいでしょ?」
「…………」
天女が少しだけ目をそらす。
「……服は」
「うん」
「ちょっと着てみたいです」
「ほら!」
「靴も……」
「ほら!」
「鞄も」
「ほら!」
「あと、あの甘そうなのも」
「全部じゃない!」
「だって!」
天女も負けじと言い返す。
「見たら欲しくなりますよ!」
「分かる!」
「朱雀様まで同意しないでください!」
配下が割って入った。
「だって、今の話を聞いたら欲しくなるじゃない!」
「朱雀様は実物すらご覧になっていないでしょう」
「話だけで欲しくなった!」
「なお悪いです!」
「何でよ!」
天女がくすくす笑う。
「朱雀様」
「なに?」
「今度、下界を見てみます?」
「見る!」
即答だった。
「朱雀様!」
「見るだけよ!」
「その言葉が、まったく信用できません」
「失礼ね!」
◇
しばらくして。
朱雀と天女は並んで、人の世界を覗き込んでいた。
「あっ!」
天女が指をさす。
「朱雀様、あれです!」
「どれ!?」
「あの服!」
「…………」
朱雀の目が輝く。
「かわいい!」
「でしょう!?」
「あっちの靴は!?」
「それもかわいいです!」
「ちょっと待って、あの鞄!」
「かわいい!」
「あっ!」
「今度は何!?」
「あそこです! 甘いもののお店!」
「どれ!?」
二人は、どんどん前のめりになっていく。
服。
靴。
鞄。
アクセサリー。
髪飾り。
色鮮やかなスイーツ。
さっきまで話で聞いていただけのものが、次々と目の前を通り過ぎていく。
「天女!」
「はい!」
「あの服、さっき言ってたのと違うわよね!?」
「違います! でも、あれもかわいいです!」
「じゃあ、あっちは!?」
「あれもかわいいです!」
「全部かわいいじゃない!」
「そうなんです!」
後ろでは。
いつもの配下が、黙って二人を見つめていた。
「…………」
嫌な予感しかしない。
◇
どれくらい、そうしていただろう。
朱雀が、ふと呟いた。
「ねえ、天女」
「はい?」
「下界に行った時」
「はい」
「天女のことを、ちゃんと見られる人もいるのよね?」
「いますよ」
「でも」
「はい」
「見えない人もいる」
「そうですね」
「…………」
朱雀が考え込む。
天女が首を傾げた。
「朱雀様?」
「だったら」
朱雀は、もう一度人の世界を見る。
店員と話しながら服を選ぶ人。
鏡の前で身体に服を合わせる人。
紙袋を抱えて店を出ていく人。
「誰にでも見えるようになればいいんじゃない?」
「…………え?」
天女が目を丸くした。
その後ろで。
配下の表情が、すっと変わった。
「朱雀様」
「なに?」
「今、何をお考えですか」
「別に?」
「こちらをご覧ください」
「嫌」
「朱雀様」
「何も考えてないってば」
「では、なぜ目を合わせないのです」
「…………」
天女が朱雀を見る。
朱雀も、ちらりと天女を見る。
「…………」
「…………」
二人の顔に。
まったく同じような笑みが浮かんだ。
「朱雀様」
配下の声が、少し低くなる。
「妙なことは、お考えになりませんように」
「考えてないわよ」
「本当ですか」
「本当よ」
朱雀はそう答えながら。
もう一度、下界へ目を向ける。
天女も、その横から同じ景色を見ていた。
「…………」
誰にでも。
見えるようになればいい。
そうすれば。
服を選べる。
靴を試せる。
店員と話せる。
甘いものだって食べられる。
たったそれだけのこと。
少なくとも。
朱雀本人は、そう思っていた。
その思いつきが。
どれほど面倒な話になるのか。
今のところ。
気づいているのは。
二人の後ろで、深いため息をついた配下だけだった。
――閑話「下界って楽しそう!」 おわり
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




