閑話「以前にも……」 内田紀人 作
閑話「以前にも……」 内田紀人 作
あれから、十年が過ぎた。
◇
彼は、店先で足を止めた。
「…………」
十年。
長いようで。
振り返ってみれば、あっという間だった。
もう、あの頃のようなフリーターではない。
仕事がある。
毎朝、決まった時間に起きる。
働いて。
給料をもらって。
家に帰る。
そんな、ごく普通の生活を送っている。
十年も経てば。
生活も変わる。
仕事も変わる。
周りにいる人間も変わる。
そして。
自分だって、少しくらいは変わった。
「…………」
それでも。
変わらないものはある。
彼は、ショーウィンドウの向こうを見つめた。
そこに飾られているもの。
別に。
必要なものではない。
なくても困らない。
それでも。
「……いいな」
欲しい。
そう思った。
ただ。
それだけだった。
最初は。
◇
翌日。
仕事帰り。
彼は、また同じ店の前を通った。
「…………」
ちらりと見る。
まだある。
「そりゃ、あるか」
小さく笑って、そのまま通り過ぎる。
買うつもりはない。
昨日、たまたま目についただけ。
そう思っていた。
その次の日。
「…………」
また見た。
さらに次の日。
「…………」
また。
気づけば。
店の前を通るたびに、それを探すようになっていた。
「…………」
欲しい。
なくても困らない。
生活に必要なものでもない。
絶対に手に入れなければならない理由もない。
それくらい。
自分でも分かっている。
なのに。
目が行く。
気になる。
欲しくなる。
「…………」
彼は歩き出した。
昔なら。
こういう時。
どうしていたっけ。
何か。
大切なことを。
誰かと話したような気もする。
「…………」
けれど。
十年も前のことだ。
記憶なんて。
少しずつ薄れていく。
「……まあ」
彼は小さく笑った。
「買わなくたって、死ぬわけじゃないしな」
その日は。
そのまま帰った。
◇
しばらくして。
彼は、また同じ場所に立っていた。
「…………」
財布を開く。
中身を確認する。
買えないわけではない。
貯金を崩すほどでもない。
ただ。
買ってしまえば。
今月は少し苦しくなる。
外食を減らすとか。
何か別のものを我慢するとか。
その程度。
「…………」
ショーウィンドウを見る。
まだ。
そこにある。
「…………」
欲しい。
最初に見た時より。
ずっと欲しくなっている。
ここまで何度も見に来た。
毎日のように気にしている。
こんなに欲しいなら。
いっそ。
買ってしまった方がいいんじゃないか。
「…………」
彼は首を振った。
「いや」
その言葉を。
自分自身に向けて言う。
「今日はやめとこう」
財布をしまう。
歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
「…………」
足が止まった。
振り返る。
ショーウィンドウ。
欲しいものは。
まだ、そこにある。
当然だ。
「…………」
彼は、しばらく見つめていた。
そして。
また前を向く。
今度こそ。
歩き出した。
◇
その夜。
家に帰っても。
頭から離れなかった。
テレビを見ても。
食事をしても。
風呂に入っても。
気づけば。
あれのことを考えている。
「……欲しいな」
ぽつり。
言葉が漏れた。
「…………」
自分でもおかしくなって、少し笑う。
「何やってんだ」
いい大人が。
買おうか。
やめようか。
それだけのことで。
何日も悩んでいる。
でも。
笑ったところで。
欲しいものは、欲しい。
「…………」
スマートフォンを手に取った。
検索する。
同じもの。
もっと安い店。
中古品。
似たもの。
代わりになりそうなもの。
いくらでも出てくる。
「…………」
安ければいい。
それなら。
別の店で買えばいい。
似たものでいいなら。
もっと安く済む。
でも。
「違うんだよな……」
欲しいのは。
あれだ。
あの店にある。
あれが欲しい。
「…………」
彼はスマートフォンを伏せた。
「寝よ」
電気を消す。
目を閉じる。
「…………」
しばらくして。
寝返りを打つ。
「…………」
もう一度。
反対側へ。
「…………」
暗闇の中。
目を開ける。
頭に浮かんでいるのは。
やっぱり。
あれだった。
◇
数日後。
仕事帰り。
彼は。
また店の前に立っていた。
「…………」
前より。
欲しくなっている。
自分でも分かる。
最初は。
ただ「いいな」と思っただけだった。
それが。
少し欲しいになって。
欲しいになって。
いつの間にか。
どうしても欲しいに変わり始めている。
「ここまで気になるなら……」
彼は呟いた。
「買った方がいいのかもな」
その方が。
楽になるかもしれない。
ずっと考えているくらいなら。
買ってしまえば。
それで終わる。
「…………」
でも。
本当に?
彼はショーウィンドウを見る。
欲しい。
買いたい。
手に入れたい。
今すぐ。
「…………」
手が。
ゆっくりと財布へ伸びる。
その時だった。
「どうぞ」
「…………え?」
声がした。
彼は顔を上げた。
すぐ近くに。
一人の人間が立っていた。
黒い服。
上から下まで。
全身、黒。
「…………」
いつから。
そこにいた?
彼は眉をひそめた。
「……誰ですか?」
返事はない。
確かに。
目の前にいる。
見えている。
それなのに。
男なのか。
女なのか。
若いのか。
年を取っているのか。
なぜか。
よく分からない。
顔も見えているはずなのに。
印象が残らない。
目を離した瞬間。
どんな顔だったか思い出せなくなりそうな。
妙な人間だった。
「…………」
黒服の人間が。
静かに手を差し出した。
その手のひらには。
小さな何かが乗っている。
「…………なんですか、それ」
「どうぞ」
「いや」
彼は困ったように苦笑した。
「知らない人から、そんなもの――」
そこまで言って。
止まった。
「…………」
なんだ?
今のは。
胸の奥。
ずっと。
ずっと遠いところ。
忘れていた何かに。
ほんの一瞬。
指先で触れたような。
「…………?」
黒服を見る。
差し出された手のひらを見る。
知らない。
こんな人は知らない。
こんなものも知らない。
初めて見る。
初めて会う。
そのはずだ。
なのに。
「…………」
なぜだろう。
逃げた方がいいとは。
思わなかった。
むしろ。
手を伸ばさなければいけないような。
そんな。
妙な感覚があった。
「…………」
彼の手が。
ゆっくりと伸びていく。
「……なんだ、これ」
指先が。
小さな何かに触れた。
どくん。
「…………っ」
胸の奥が鳴った。
彼は思わず胸を押さえる。
痛いわけではない。
苦しくもない。
それでも。
何かが。
動いた。
そんな気がした。
彼は顔を上げる。
「これ――」
「…………」
誰もいない。
「…………え?」
黒服の人間は。
もう。
そこにはいなかった。
「…………」
辺りを見回す。
行き交う人。
走っていく車。
信号の音。
店から漏れる明かり。
いつもの街。
何も変わっていない。
ほんの少し前まで。
目の前に立っていたはずの黒服だけが。
どこにもいない。
「…………」
彼は手の中を見る。
そこには。
確かに。
渡されたものがある。
夢ではない。
見間違いでもない。
「…………」
どくん。
胸の奥が。
もう一度鳴った。
「…………あれ?」
彼は眉をひそめた。
知らない。
初めてのはずだ。
なのに。
どうしてだろう。
この感じ。
手の中にあるもの。
さっきの黒服。
そして。
胸の奥に残る。
この妙な感覚。
「…………」
何もかも。
初めてのはずなのに。
なぜか。
初めてではないような気がする。
遠い昔。
同じように。
何かを欲しいと思って。
何かを渡されて。
そして――。
「…………?」
そこから先が。
出てこない。
彼は。
しばらく。
手の中にあるものを見つめていた。
そして。
小さく呟いた。
「……以前にも」
もう一度。
手の中を見る。
「こんなこと、あったような……」
――閑話「以前にも……」 おわり
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




