閑話「今日はここまで」 内田紀人 作
閑話「今日はここまで」 内田紀人 作
モズキャッチャーの騒ぎから、数日が過ぎた。
◇
アルバイトを終えた青年は、いつもの帰り道を歩いていた。
特に変わったことのない一日だった。
働いて。
疲れて。
腹が減って。
あとは家に帰るだけ。
そのはずだった。
「…………」
足が止まった。
目の前にあるのは、ゲームセンター。
あの日。
自分がモズキャッチャーになった場所だった。
店の中から、にぎやかな電子音が聞こえてくる。
軽快な音楽。
ボタンを叩く音。
誰かの歓声。
景品が落ちる音。
どれも聞き慣れた音だった。
青年は入口の前で、しばらく立ち尽くしていた。
「…………帰るか」
小さく呟く。
別に。
UFOキャッチャーをやめると決めたわけじゃない。
嫌いになったわけでもない。
ただ。
今日は、そのまま帰ろうと思った。
一歩。
ゲームセンターの前を通り過ぎる。
その時だった。
「…………あ」
入口近くのUFOキャッチャー。
そのガラスケースの中に、見覚えのないぬいぐるみがあった。
新しい景品らしい。
「…………」
青年の足が止まる。
かわいい。
欲しい。
かなり欲しい。
「……ちょっとだけ」
自分に言い訳するように呟いた。
財布に触れる。
もう一度、ぬいぐるみを見る。
「一回だけなら」
自動ドアが開いた。
◇
チャリン。
百円玉を入れる。
ウィーン……。
クレーンが動き出す。
「そこ……」
位置を合わせる。
ボタンを押す。
アームが下りた。
ぬいぐるみに触れ――。
少しだけ動く。
「おっ」
青年の顔が明るくなった。
「動いたじゃん」
一回だけ。
そう言って入った。
でも。
一回でやめる理由が、なくなった。
もう一枚。
百円玉を入れる。
チャリン。
ウィーン……。
今度は。
さっきよりも大きく動いた。
「おお……!」
青年がガラスへ顔を近づける。
「これ、いけるな」
財布を開く。
もう一枚。
チャリン。
アームが下りる。
ぬいぐるみをつかんだ。
「きた!」
持ち上がる。
ほんの少し。
でも、確かに浮いた。
「よし……!」
景品口へ運ばれていく。
「いけ……!」
あと少し。
「いけ!」
ぽとっ。
「…………」
落ちた。
「ああっ!」
思わず頭を抱える。
「今の惜しかっただろ!」
近くにいた客が、ちらりとこちらを見た。
「…………」
青年は眼鏡を直しながら、何事もなかったような顔をする。
そして。
もう一度、ガラスの向こうを見た。
ぬいぐるみは。
かなりいい位置まで来ている。
最初より。
ずっと取りやすい場所に。
「…………」
青年の目が細くなる。
「次なら……」
手が財布へ伸びた。
「…………」
その手が。
止まる。
目の前には。
欲しかったぬいぐるみ。
あと少し。
本当に。
あと少し。
「ここまで動いたんだから……」
ここでやめたら。
今まで使ったお金がもったいない。
あと百円。
たった百円。
次なら取れるかもしれない。
「…………」
青年は黙った。
頭の中に。
あの日の少年の顔が浮かんだ。
『もうUFOキャッチャーやらない?』
「…………」
そして。
自分が答えた言葉。
『でも、今度は自分で決めるよ』
『ここまでって』
「…………」
財布に伸ばした手を見る。
百円玉を出すだけだ。
あと一回。
それだけ。
「…………欲しいな」
ガラスの向こうを見る。
「やっぱり欲しい」
別に。
欲しくなくなったわけじゃない。
むしろ。
ここまで動いたせいで、さっきより欲しくなっている。
次なら取れるかもしれない。
あと一回。
もう一回。
今度こそ。
「…………」
同じだった。
あの日も。
最初から、止まれなかったわけじゃない。
一回が。
もう一回になった。
もう一回が。
あと一回になった。
あと一回が。
今度こそになった。
そうやって。
気づいた時には。
自分でも止められなくなっていた。
「…………」
青年は、ガラスの向こうをじっと見つめた。
欲しい。
それは変わらない。
だったら。
欲しいまま。
やめればいい。
青年は小さく息を吐いた。
そして。
財布へ伸ばしていた手を下ろした。
「……今日はここまで」
一歩。
UFOキャッチャーから離れる。
二歩。
三歩。
「…………」
足が止まった。
振り返る。
ぬいぐるみは、まだそこにある。
取ってくれと言わんばかりの場所に。
「…………やっぱ欲しい」
青年は苦笑した。
「欲しいよなあ……」
あと一回やりたい。
できれば今すぐ戻りたい。
それでも。
戻らなかった。
「また今度」
今度来た時になくなっていたら。
その時は。
その時だ。
青年はゲームセンターを出た。
◇
帰り道。
コンビニへ寄った。
飲み物を一本取る。
そのままレジへ向かおうとして。
青年は財布を開いた。
「あ」
まだ、お金が残っている。
さっき。
UFOキャッチャーに入れなかった分。
「…………」
青年は少し考えた。
お菓子の棚を見る。
一つ取る。
「これも買えるな」
会計を済ませて。
店を出る。
片手には飲み物。
もう片方には小さな袋。
「…………」
青年は歩きながら袋を見る。
別に。
得をしたわけではない。
ぬいぐるみも手に入っていない。
でも。
「悪くないか」
少しだけ。
笑った。
ぬいぐるみは、まだ欲しい。
今でも。
かなり欲しい。
できれば取りたい。
でも。
今日は。
これでいい。
◇
夜道を歩く。
青年は、ふと空を見上げた。
「…………」
思い出す。
KIDの着ぐるみを着た。
妙な少年。
妖怪が見えると言って。
天女がいると言って。
空まで飛んで。
最後には。
ピコピコハンマーで自分を叩いた。
「…………」
思い返せば。
最初から最後まで。
変なことばかりだった。
「何だったんだ、あの子……」
青年は苦笑する。
でも。
一つだけ。
覚えていることがある。
あの少年は。
欲しがるなとは言わなかった。
UFOキャッチャーを二度とやるなとも。
好きなものを諦めろとも。
言わなかった。
欲しいなら。
欲しいままでいい。
ただ。
どこで終わるか。
それを。
自分で決める。
「…………」
青年は、手に持ったコンビニの袋を見る。
そして。
小さく笑った。
「まあ、いいか」
また歩き出す。
◇
欲しいものは。
まだ欲しい。
好きなものも。
まだ好きなまま。
それは。
数日前と何も変わっていない。
明日になれば。
また、あのぬいぐるみが欲しくなるかもしれない。
次にゲームセンターへ行ったら。
今日より多くのお金を使ってしまうかもしれない。
「あと一回」に負ける日だって。
きっとある。
人は。
一度何かに気づいたからといって。
次の日から。
まるで別人になれるわけじゃない。
それでも。
今日は。
自分で決められた。
誰かに止められたからではなく。
誰かに怒られたからでもなく。
自分で。
「ここまで」と。
たった、それだけのこと。
でも。
昨日までできなかったことが。
今日は一度だけ。
できた。
青年は。
コンビニの袋を揺らしながら。
いつもの夜道を歩いていく。
その背中は。
数日前と。
ほとんど変わらない。
ただ。
ほんの少しだけ。
自分の足で。
自分の帰る方向を。
選べるようになっていた。
――閑話「今日はここまで」 おわり
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




