第16話「もどるぞ!」 内田紀人 作
第16話「もどるぞ!」 内田紀人 作
「……俺、元に戻りたい」
モズキャッチャーは、自分の身体を見下ろしながら言った。
鳥の頭。
大きな翼。
胸には、クレーンゲームを思わせる筐体。
そして、巨大なクレーンアーム。
少し前まで。
これさえあれば、欲しいものを何でもつかめると思っていた。
欲しいものを見つけたら、取る。
取ったら、次を探す。
それでいいと思っていた。
でも。
今は違う。
「ほんと?」
則人が聞いた。
モズキャッチャーは、すぐには答えなかった。
視線の先にあるのは、最初に欲しかったぬいぐるみ。
「…………まだ欲しい」
「うん」
「今でも欲しいよ」
「うん」
「でも」
巨大なクレーンアームが、ゆっくりと下がった。
「もうやめる」
「…………」
「自分で、ここで終わりにする」
則人の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ戻ろう!」
「…………」
「…………」
二人は見つめ合った。
風が吹く。
「……どうやって?」
「…………あ」
則人の顔が固まった。
「どうしよう」
「お前、知らないのかよ!」
「ちょっと待って!」
則人は慌てて考える。
さとるがセミスピーカから戻った時。
何があった?
妖怪がいて。
天狗が来て。
それから――。
「あっ!」
則人が手を叩いた。
「ピコピコハンマー!」
「…………は?」
「ピコピコハンマー!」
「二回言わなくても聞こえてるよ」
「それで戻れる!」
「本当に?」
「前は戻れた!」
「前って?」
「さとる君!」
「またその子かよ!」
則人は辺りを見回した。
「でも……」
「何?」
「持ってない」
「ダメじゃん!」
「天狗さんが持ってる!」
「じゃあ、その天狗を呼べよ!」
「分かった!」
則人は大きく息を吸った。
「天狗さーーーん!」
「…………」
返事はない。
「天狗さーん!」
「…………」
風だけが通り過ぎていく。
「いないぞ」
「じゃあ……」
則人は、さらに大きく息を吸い込んだ。
「ぬらりひょーーーん!」
「…………」
「ぬらりひょーん!」
「…………」
やっぱり返事はない。
モズキャッチャーが、心配そうに則人を見る。
「……お前、本当に大丈夫なの?」
「前は来たんだよ!」
「今いないじゃん」
「うーん……」
則人が腕を組んだ、その時だった。
ヒュオオオオッ!
突然、強い風が吹き抜けた。
「うわっ!」
「な、なんだ!?」
二人が顔を上げる。
少し離れた建物の屋根の上。
赤い顔。
大きな鼻。
背中には翼。
そこに、天狗が立っていた。
「天狗さん!」
則人の目が輝く。
「来た!」
「……あれが?」
モズキャッチャーが、同じ方向を見る。
「…………」
「見える?」
「いや」
「えっ?」
「何もいないけど」
「そこにいるじゃん!」
「いないって!」
則人には、はっきり見えている。
けれど、モズキャッチャーには見えていないらしい。
「やっぱり見えないんだ……」
「何が?」
「天狗さん!」
「だから誰だよ!」
屋根の上から、天狗の声が飛んできた。
「内田則人!」
「はい!」
「ぬらりひょんから許しは出ておる!」
「ほんと!?」
「ああ」
天狗が懐へ手を入れる。
取り出したのは――。
「あ!」
則人が指をさした。
「ピコピコハンマー!」
「受け取れ!」
「え?」
天狗が腕を振った。
ぽーん。
「また投げるの!?」
則人は慌てて手を伸ばす。
「うわっ、うわっ!」
ぽすっ。
なんとか受け止めた。
「危ないなあ!」
「受け取れたではないか」
「そういう問題じゃないよ!」
モズキャッチャーが、則人の手元を見る。
「……今、何もないところからハンマー飛んできたぞ」
「天狗さんが投げたんだよ!」
「見えないって!」
「ほんとにいるのに!」
「だから怖いんだよ!」
則人はピコピコハンマーを持ち直した。
そして、モズキャッチャーを見る。
「これで叩けば戻れるよ」
「…………俺を?」
「うん!」
「それで?」
「うん!」
「…………」
モズキャッチャーは、ピコピコハンマーをじっと見た。
どう見ても、子供のおもちゃだった。
「本当に?」
「大丈夫!」
則人は胸を張った。
「前にもやったから!」
「それ、安心していい話なのか?」
「さとる君は戻ったよ!」
「またさとる君!」
「ほんとだって!」
モズキャッチャーは、少し不安そうにピコピコハンマーを見る。
「……痛くない?」
「軽く叩くから!」
「軽くても叩くんだろ?」
「大丈夫だよ!」
「何を根拠に!」
「前も大丈夫だった!」
「その前例、一人だけじゃないか!」
「でも戻ったもん!」
「…………」
モズキャッチャーは、大きく息を吐いた。
「……分かった」
「いい?」
「ああ」
則人はピコピコハンマーを構える。
けれど。
すぐには振らなかった。
「ねえ」
「何?」
「ほんとに戻りたい?」
「…………」
モズキャッチャーは、もう一度だけ周囲を見た。
ぬいぐるみ。
看板。
電柱。
そして。
則人の身体を包む羽衣。
欲しい。
まだ、欲しい。
その気持ちは消えていない。
「…………欲しいよ」
「うん」
「まだ、いろいろ欲しい」
「うん」
「でも」
モズキャッチャーは、はっきりと言った。
「もう取らない」
「…………」
「戻りたい」
則人は、にっと笑った。
「分かった!」
ピコピコハンマーを持ち上げる。
「いくよ!」
「軽くだぞ!」
「分かってるよ!」
「本当に軽くだぞ!」
「分かってるって!」
則人は、そっとハンマーを振った。
ポコン。
「…………」
「…………」
何も起きない。
モズキャッチャーが則人を見る。
「……失敗?」
「ちょっと待って!」
「大丈夫って言ったじゃないか!」
「前もすぐじゃなかったの!」
「本当に!?」
「ほんと!」
その時。
ブ……ン……。
「…………え?」
モズキャッチャーの胸から、小さな音がした。
二人が同時に見る。
ブ……。
ブ……ン……。
胸の筐体が、少しずつ光を失っていく。
「始まった!」
「何が!?」
「戻るやつ!」
「名前ないのかよ!」
すうっ――。
身体の隙間から。
光とも影ともつかない何かが浮かび上がった。
一つ。
また一つ。
「うわっ……」
モズキャッチャーが、自分の腕を見る。
巨大なクレーンアームから、細かな光の粒が抜けていく。
「なんか……変な感じだ」
「痛い?」
「痛くはない」
「じゃあ大丈夫!」
「簡単に言うなよ!」
光とも影ともつかないものは、次々と身体から抜けていった。
翼から。
胸から。
クレーンアームから。
抜けていくたび、モズキャッチャーを包んでいた異様な気配が薄れていく。
やがて。
ふわっ。
胸の奥から、それまでより大きな塊が浮かび上がった。
「うわっ!」
則人が目を細める。
モズキャッチャーの姿が光に包まれる。
鳥の頭が。
翼が。
巨大なクレーンアームが。
光の中へ溶けていく。
そして――。
光が消えた。
そこにいたのは。
眼鏡をかけた、二十代くらいの青年だった。
「…………戻った」
青年は、自分の手を見る。
普通の、人間の手。
身体を見る。
翼もない。
クレーンアームもない。
鳥の姿でもない。
「戻った!」
則人が嬉しそうに声を上げた。
「やった!」
青年も、ほっと息を吐く。
「…………あ」
「ん?」
二人の顔が止まった。
青年の身体が。
すうっ。
下へ落ちた。
「え?」
「え?」
ほんの一瞬。
二人とも、何が起きたのか分からなかった。
次の瞬間。
「うわああああああっ!」
「落ちるーーーーっ!?」
青年が真っ逆さまに落下した。
怪人だった時には、大きな翼があった。
でも。
今はもう、人間だ。
「待って待って待ってー!」
則人は慌てて羽衣を動かした。
身体をひるがえし、青年を追って一気に急降下する。
「うわああああ!」
「待ってー!」
「待てるかああああ!」
「今行くからー!」
「早くしろー!」
風が顔を叩く。
地面が、ものすごい速さで近づいてくる。
則人は必死に手を伸ばした。
「あとちょっと!」
「早く!」
「分かってるよ!」
あと少し。
もう少し。
「とどけー!」
指先が青年の腕に触れた。
ぎゅっ!
「つかまえた!」
「助かった――!」
ぐんっ!
「うわっ!?」
次の瞬間、則人の身体まで下へ引っ張られた。
「重い重い重いー!」
「大人だから仕方ないだろ!」
「落ちるー!」
「落とすな!」
「落とさないようにしてるのー!」
羽衣が大きくはためいた。
ふわり。
二人の身体を包むように広がる。
落下の勢いが。
少しずつ。
少しずつ弱くなっていく。
「止まってー!」
ふわっ。
「…………!」
地面まで、あとわずか。
そこでようやく二人の身体が止まった。
「た、助かった……?」
「たぶん……」
羽衣に支えられたまま、二人はゆっくり地面へ降りていく。
ぽすっ。
「…………」
「…………」
着地した途端。
二人そろって、その場に座り込んだ。
「助かった……」
青年が大きく息を吐く。
則人も、ぜえぜえと息を切らしていた。
「怖かった……」
「こっちのセリフだよ」
「戻ったら飛べなくなるなんて知らなかったもん!」
「先に考えろよ!」
「ごめん!」
「下がコンクリートだったらどうするつもりだったんだよ……」
「だから、ごめんってばー!」
青年は呆れた顔をしていたが。
やがて、少しだけ笑った。
「……まあ」
自分の両手を見る。
人間の手。
「戻れたから、いいけど」
「うん!」
則人も笑った。
その時。
ふわり。
肩にかかっていたものが揺れた。
「あ!」
則人が声を上げる。
「な、なんだよ!」
「羽衣!」
自分の身体を見て、則人は慌てて立ち上がった。
「返さなきゃ!」
「…………」
青年が羽衣を見る。
「本当に返すんだな」
「うん!」
「それ、すごく欲しいんだろ?」
「欲しい!」
即答だった。
「空飛べるし! すっごく楽しいし!」
「じゃあ――」
そこまで言って。
青年は口を閉じた。
さっき、則人が言っていた。
『欲しいけど、返すって決めたから』
青年は何も言わず、則人を見る。
則人は羽衣を両手で持ち上げた。
ふわふわしていて。
空も飛べて。
すごく楽しかった。
少しだけ。
ほんの少しだけ、名残惜しそうに見つめる。
「ほんとは、ずっと使いたいけどね」
「…………」
「でも」
則人は羽衣を外した。
そして、にっこり笑う。
「返すって決めたから!」
青年の目が、少しだけ細くなった。
則人は、誰もいないように見える場所へ歩いていく。
「……何してるんだ?」
「天女さんに返すの!」
「どこにいるんだよ」
「そこ!」
「誰もいないけど」
「いるって!」
則人には、ちゃんと見えていた。
天女が微笑みながら、こちらへ手を差し出している。
「天女さん!」
則人は羽衣を差し出した。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「すっごく楽しかった!」
「そう」
「また貸してね!」
天女がくすりと笑う。
「必要な時ならね」
「やった!」
天女が羽衣を受け取った。
その瞬間。
青年の目には――。
すうっ。
「…………え?」
則人の手から。
羽衣が消えた。
「消えた!?」
「消えてないよ」
「消えただろ!」
「天女さんが持ってる!」
「誰だよ天女さんって!」
「だから、そこ!」
「誰もいないって!」
「いるよ!」
「いない!」
「いる!」
「…………」
青年は頭を抱えた。
「もういい……」
「なんで?」
「考えたら負けな気がする」
「?」
則人は首を傾げた。
青年は、もう一度その手を見る。
羽衣はない。
確かに、なくなっている。
欲しいと言っていたのに。
あれだけ楽しそうに空を飛んでいたのに。
本当に手放した。
「……本当に返したんだな」
「うん」
「欲しかったのに?」
「うん!」
「…………」
「だって」
則人は、不思議そうに答えた。
そんなことを聞かれる理由の方が分からない。
「借りたものだもん」
「…………」
青年は、しばらく則人を見ていた。
そして。
小さく笑った。
「そっか」
その時だった。
「あ!」
則人が空を見上げた。
青年の身体から抜けた。
光とも。
影ともつかないもの。
それが頭上で一つに集まり始めている。
「まただ!」
「何が?」
「これ!」
則人が空を指さす。
青年も見上げた。
「……あれ、何だ?」
「ぼくも知らない!」
「知らないのかよ!」
塊は、ゆっくりと空へ昇っていく。
「待って!」
則人が地面を蹴った。
「…………あ」
当然。
浮かない。
ぴょん。
「…………」
もう一度。
ぴょん。
「…………」
青年が則人を見る。
「何してるんだ?」
「羽衣返しちゃった!」
「当たり前だろ!」
「もう飛べない!」
「返すって決めたんだろ!」
「そうだけどー!」
それでも則人は、何度か跳ねてみた。
もちろん届かない。
光とも影ともつかない塊は、どんどん高く昇っていく。
「…………」
則人は跳ぶのをやめた。
そして。
遠ざかっていく光を見上げる。
やがて。
それは空の向こうへ。
すうっと消えていった。
「…………」
則人は、しばらく空を見上げていた。
欲しいと思っても。
返すことはできる。
欲しいと思っても。
やめることはできる。
そんなことを考えていた――わけではない。
則人は、ただ。
空の向こうへ消えた不思議なものを見ながら。
首を傾げた。
「今度は何になるんだろ?」
その答えは。
まだ。
誰にも分からなかった。
――つづく
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




