第11話「あと一回だけ!」
第11話「あと一回だけ!」
内田紀人 作
ガコン。
「…………」
透明な箱の中で、ぬいぐるみがほんの少しだけ動いた。
「……いける」
二十代くらいの、眼鏡をかけた青年がガラスへ顔を近づける。
アルバイトをしながら暮らしている、ごく普通の青年だった。
その目が今、じっと追っているのは――ゲームセンターのUFOキャッチャー。
そして、その中に入っている一体のぬいぐるみだった。
「今ので動いたんだから……次はいけるだろ」
財布を開く。
百円玉を一枚。
チャリン。
ボタンを押した。
ウィーン……。
クレーンが横へ動く。
「そこ……」
もう一度ボタンを押す。
ウィーン……。
「よし!」
クレーンが下がった。
アームがぬいぐるみを挟む。
「きた!」
持ち上がった。
「よし、よし、よし……!」
ゆっくりと出口へ向かっていく。
あと少し。
あと少し――。
ぽとっ。
「…………」
「ああっ!」
ぬいぐるみが落ちた。
「今の取れただろ……!」
青年は思わず頭を抱えた。
周囲の客が、ちらりとこちらを見る。
「あ……」
青年は少し恥ずかしそうに眼鏡を直した。
そして。
もう一度、箱の中を見る。
「…………」
落ちた。
けれど。
さっきよりは、確実に動いている。
出口にも近づいた。
「……次だな」
青年は、もう一枚。
百円玉を取り出した。
チャリン。
◇
次の日。
「今日はやらない」
アルバイトを終えた青年は、歩きながら自分に言い聞かせた。
「昨日、使いすぎたし」
あのぬいぐるみは欲しい。
かなり欲しい。
でも。
別に、UFOキャッチャーで取らなければならないわけではない。
ネットで探せば売っているかもしれない。
中古ショップにだってあるかもしれない。
そもそも。
生活に必要なものでもない。
「今日は帰る」
青年は駅へ向かった。
その途中。
ゲームセンターの前を通る。
「…………」
足が止まった。
「…………」
入口の向こうを見る。
あの台は、もっと奥だ。
ここからでは、ぬいぐるみまでは見えない。
「……見るだけ」
青年は自動ドアをくぐった。
◇
「あった」
昨日のぬいぐるみは、まだそこにあった。
しかも。
昨日、自分が最後に動かした場所のまま。
「誰にも取られてない……」
なぜか、ほっとした。
青年は台の前へ立つ。
「…………」
見る。
角度を変える。
少ししゃがむ。
出口との距離を確かめる。
「これ……一回でいけるんじゃない?」
財布を取り出した。
「一回だけ」
百円玉を入れる。
チャリン。
「これでダメだったら帰ろう」
ウィーン……。
クレーンが動いた。
「そこ!」
アームが下がる。
ぬいぐるみに触れ――。
ぐいっ!
「おっ!」
大きく動いた。
「ほら!」
青年の顔が明るくなる。
「やっぱり取れるって!」
だが。
出口には入らなかった。
「…………」
青年は財布を見る。
そして。
もう一度、ぬいぐるみを見る。
「今ので、かなり動いたし……」
百円玉を一枚。
「あと一回だけ」
チャリン。
◇
「なんでだよ……」
何回目だったのか。
もう数えていなかった。
ぬいぐるみは動いている。
一回ごとに。
ほんの少しずつ。
ほんの少しずつ。
だからこそ。
やめられない。
「次だろ……」
財布を見る。
「…………あれ?」
もう小銭がない。
青年は財布の中を、もう一度確かめた。
「マジかよ……」
顔を上げる。
少し離れたところに、両替機がある。
「…………」
両替機を見る。
ぬいぐるみを見る。
また、両替機を見る。
「ここまでやったんだから……」
青年は立ち上がった。
「取らないともったいないだろ」
両替機へ向かった。
◇
その頃。
「よいしょ、よいしょ」
則人が学校から児童館へ向かっていた。
背中にはランドセル。
そして、その横には――。
大きな袋。
お母さんが作ってくれたKIDの着ぐるみと。
ゴンさんからもらった変身ベルト。
則人にとって大切なものが、全部入っている。
ただし。
今、その袋は。
周りの人間には見えていなかった。
「ほんとに見えないんだ……」
則人は歩きながら、自分の横を見る。
「あるのに」
ぺたぺた。
袋を触る。
「ちゃんとある」
少し持ち上げる。
「重い!」
もちろん。
見えないからといって、重さまで消えたわけではない。
「すっげえなあ!」
則人の目が輝く。
この前のガチャで当たった妖怪の力。
どうしてこんなことができるのか。
則人には、さっぱり分からない。
でも。
「妖怪って、やっぱりすげえ!」
それだけで、則人には十分だった。
前から人が歩いてきた。
「あ」
則人は、大きな袋がぶつからないように横へ避ける。
相手も同じ方向へ避けた。
「あれ?」
則人が反対へ動く。
相手も動く。
「あれれ?」
「…………」
相手が困った顔をした。
「ご、ごめんなさい!」
則人は慌てて通り過ぎた。
少し歩いたところで。
「あ!」
ぽん、と手を叩く。
「そっか! この袋、見えてないんだった!」
則人には袋が見えている。
だから、ぶつからないように避ける。
けれど。
相手から見れば。
則人が突然、自分を避けるように横へ動いたようにしか見えない。
「むずかしいなあ……」
首をかしげながら歩いていると。
「…………あ!」
則人の足が止まった。
ゲームセンター。
入口近くには、UFOキャッチャーが何台も並んでいる。
「うわっ!」
目が輝いた。
「UFOキャッチャー!」
中をのぞく。
「…………」
楽しそうだ。
もう少し、のぞく。
「…………」
そして。
入った。
◇
「なんでだよ!」
「ん?」
店の奥から、大きな声が聞こえた。
則人がそちらを見る。
「今の絶対取れただろ!」
眼鏡をかけた青年が、一台のUFOキャッチャーへ張りつくようにして中を見ていた。
「なんだ?」
則人は近づいていく。
青年は気づかない。
「次!」
チャリン。
ウィーン……。
「そこ!」
ガコン。
「ああっ!」
則人も箱の中をのぞいた。
「ぬいぐるみ?」
青年はまた百円玉を入れる。
チャリン。
失敗。
「…………」
もう一枚。
チャリン。
また失敗。
「…………」
さらに一枚。
チャリン。
則人は青年を見る。
ぬいぐるみを見る。
もう一度、青年を見る。
「お兄さん」
「…………」
「お兄さん!」
「え?」
青年がようやく振り向いた。
「なに?」
「それ欲しいの?」
「…………欲しいよ」
「すっごく?」
「すっごく」
「へえー!」
則人は、ぬいぐるみに顔を近づけた。
「そんなに欲しいんだ!」
「だから取ろうとしてるんだよ」
「何回やったの?」
「…………」
青年の動きが止まった。
「分かんない」
「えっ!?」
則人が振り返る。
「分かんなくなるくらいやったの!?」
「…………たぶん」
「すっげえ!」
「そこ、感心するところか?」
青年は思わず苦笑した。
そして。
また百円玉を取り出す。
「でも、もうすぐだから」
「ほんと?」
「今度こそ取れる」
チャリン。
クレーンが動き始める。
「おお……!」
今度は則人まで一緒になって中をのぞく。
「そこ……!」
「いけ!」
「いけ……!」
アームが下がる。
ぬいぐるみをつかむ。
「取れた!」
「まだだ!」
持ち上がった。
「おおおお!」
「よし……!」
ゆっくり。
出口へ。
あと少し。
あと少し――。
ぽとっ。
「あああああっ!」
「あああああっ!」
二人そろって声を上げた。
青年が頭を抱える。
なぜか則人も頭を抱える。
「惜しかったあ!」
「だろ!?」
「すっごい惜しかった!」
「だろ!」
則人まで、すっかり夢中になっていた。
けれど。
青年の手には。
もう次の百円玉が握られている。
「次だ」
「またやるの?」
「当たり前だろ」
「でも、また取れなかったら?」
青年は。
一瞬も迷わなかった。
「取れるまでやる」
「へえー……」
則人は、もう一度ぬいぐるみを見る。
その言葉がどういう意味なのか。
この時は。
まだ、深く考えなかった。
青年が百円玉を入れる。
チャリン。
「次こそ……」
青年の目が。
ぬいぐるみだけを見つめる。
「絶対に取る」
◇
店の外。
行き交う人々の向こう。
全身を黒い服で包んだ人間が立っていた。
男なのか。
女なのか。
若いのか。
年を取っているのか。
よく分からない。
ただ。
その視線だけが。
ゲームセンターの奥にいる青年へ、まっすぐ向けられていた。
チャリン。
また。
百円玉が落ちる音がした。
黒服の人間は。
静かに。
青年を見つめ続けていた。
――つづく
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
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本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




