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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
フレイムピジョン編

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第9話 今日は、もういいか



第9話 今日は、もういいか


「ぬらりひょーーーーーん!」


則人の声が、いつもの街に思いきり響き渡った。


すぐそばにいた悟は、たまらず両手で耳を塞ぐ。


「則ちゃん、さすがに声大きすぎない?」


「だって、呼ばないと来ないんだもん!」


「そんな気安く呼ぶもんじゃないと、さっき言ったはずじゃがのう」


「え?」


返事は、今回も遠くからではなかった。


則人が振り向くと、少し離れた塀のそばに、ぬらりひょんが何食わぬ顔で立っていた。


「ぬらりひょん!」


「今日はよう呼ばれる日じゃのう」


呆れたような口調ではあるが、本気で怒っている様子はない。


一方、ターボババアはぬらりひょんを見るなり腰に手を当てた。


「やっと来たかい。あたしゃ、もう帰っていいだろ?」


「ご苦労じゃったのう」


「ご苦労で済ませないでおくれよ。この小僧を背負って、何回あっちへ行ったりこっちへ行ったりしたと思ってるんだい」


「ぼくだって大変だったよ!」


「背負われてただけの奴が言うんじゃない!」


「ぼくもずっと振り回されてたんだから!」


「誰のために走ってたと思ってんだい!」


二人の言い合いが、また始まりそうになる。


そんな二人の横で、青年はぬらりひょんを眺めていた。


いつ現れたのかは分からない。


さっきも、呼んだと思ったらいつの間にか近くにいた。


妙な老人だとは思う。


だが、今日は朝から、自分自身が妙な着ぐるみ姿になり、あり得ない速さで走れるようになった。そのうえ小学生に追われ、同じくらいあり得ない速さで走る老婆まで現れたのだ。


今さら、神出鬼没な老人が一人増えた程度では、驚きの方が追いつかなかった。


ぬらりひょんは、騒ぐ則人たちを放っておいて青年へ向き直る。


「それで」


それまでより、ほんの少しだけ声が落ち着いた。


「おぬしは、どうなんじゃ?」


青年は口を閉じた。


一度、則人を見る。


則人は何も言わなかった。


ここへ戻ってくるまでに、言いたいことはもう十分に言った。


今度は、青年自身が答える番だった。


青年は静かに息を吐く。


「……T大は、これからも目指します」


言葉に迷いはなかった。


「第一志望を変えるつもりもありません」


ぬらりひょんは、何も挟まず聞いている。


「でも……たぶん僕は、いつの間にか、T大に入ること自体を目的にしていました」


青年は、自分を包むコヨーテライダーの着ぐるみへ視線を落とした。


「最初は違ったんです。大学でやりたいことがあった。もっと知りたいことがあって、学びたいことがあって、その先を自分でも研究してみたいと思った。だから大学を選んで、その中でT大を目指したはずなのに……」


いつの間にか、見るものが変わっていた。


模試の点数。


合格判定。


参考書の進み具合。


今日、何時間勉強できたか。


予定から何分遅れているか。


明日は、どこまで進めるのか。


そして、T大に合格できるか。


気づけば、そればかりを追いかけていた。


「他の大学も、一応受けるつもりではいました。でも、ちゃんと見てなかったんです。そこに何があるのかじゃなくて、滑り止めになるかどうかしか考えてませんでした」


青年は、少しだけ自嘲するように笑った。


「もう一度、調べてみます。どこなら自分のやりたいことを学べるのか。どんな場所なら、その先まで続けていけるのか。その上で、それでもT大へ行きたいと思ったら――僕はT大を目指します」


少しの沈黙。


ぬらりひょんは青年の顔を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「なら、もうよかろう」


則人の顔がぱっと明るくなる。


「ほんと?」


「うむ」


ターボババアも、ようやく終わりが見えたとばかりに長い息を吐いた。


「やっとかい。こっちはその答えを聞くまで、どれだけ走らされたと思ってるんだ」


青年は申し訳なさそうに頭を下げる。


「……すみません」


「謝るなら、曲がる前に一言言っとくれ」


「それは無理じゃない?」


則人が横から口を挟む。


「小僧は黙ってな!」


「ええー」


そのとき、ぬらりひょんがふと空を見上げた。


「天狗」


「……え?」


青年も、つられて顔を上げる。


ひゅうっ、と一陣の風が吹き下ろした。


そして、そこに現れた姿を見た瞬間。


青年は、初めてはっきりと一歩後ろへ下がった。


「……な、何だ、あれ」


今までの老人や老婆とは違う。


服装が変わっている、などという程度ではない。


見た目からして、明らかに普通の人間ではなかった。


青年が目を見開いている間にも、天狗はまるで気にした様子もなく、手にしていたピコピコハンマーを構えた。


「則人!」


「うん!」


天狗の腕が振られる。


ぽーん、とピコピコハンマーが宙を飛び、則人は慌てて両手を伸ばした。


「わっ……と!」


なんとか受け止める。


青年は、天狗、ハンマー、則人の順に視線を動かした。


「……今、天狗って言った?」


「うん」


「天狗って……あの天狗?」


「うん」


則人は何でもないことのように頷く。


青年は、もう一度天狗を見た。


「……妖怪?」


「そうだよ」


青年の動きが止まった。


「妖怪……」


その言葉を口にしてから、何かに気づいたように、ゆっくりと首を横へ向ける。


そこにはターボババアがいる。


「じゃあ……」


「何だい」


「あの人も、妖怪?」


ターボババアの眉がぴくりと動いた。


「今さらそこかい!」


「だって普通に喋ってたし!」


「妖怪だって喋るよ!」


「いや、そういう問題じゃ……」


青年は今度は、恐る恐るぬらりひょんを見る。


「……じゃあ、あなたも?」


ぬらりひょんは髭を撫でながら、少し面白そうに笑った。


「さて、どう見えるかのう」


「ぬらりひょんだよ」


則人があっさり答える。


「妖怪の親分」


「親分!?」


青年は目を見開いた。


もう一度ターボババアを見る。


そして、これまでの追っかけっこを頭の中で思い返した。


この老婆は、小学生一人を背負ったまま、コヨーテライダーになった自分へ平然と追いついてきた。


むしろ速すぎて何度も追い越していた。


急には曲がれなかったが、走る速さだけなら自分より上だったかもしれない。


「……そういえば、あんな速さで走るお婆さんって時点で、普通じゃなかったな」


「誰がお婆さんだい!」


「そこ!?」


則人が思わず声を上げた。


青年は困惑した顔でターボババアを見る。


「いや、妖怪っていうところは否定しないんですか」


「あたしゃ妖怪だけど、お婆さんじゃないよ!」


「そっちの方が大事なんだ……」


青年の中で、また一つ分からないことが増えた。


少し離れた場所では、悟が不思議そうに首を傾げている。


「則ちゃん、またなんか増えた?」


「さとる君には見えないの?」


「なんとなく何かいるのは分かるけど……やっぱり、よく分かんない」


青年が悟を見る。


「見えないのか?」


「うん」


青年は改めて、目の前にはっきり見えている天狗へ視線を戻した。


自分には、ちゃんと見えている。


ぬらりひょんも。


ターボババアも。


今まで、それを不思議な人たちとして受け入れていただけだった。


「……何なんだ、今日」


思わず、そんな言葉が漏れた。


「ぼくも全部は知らないよ」


則人はそう答えてから、受け取ったピコピコハンマーを握り直した。


そして、青年の前へ立つ。


「お兄さん」


さっきまでの騒がしさが、ほんの少しだけ静まった。


則人はすぐにハンマーを振り上げなかった。


「本当にいい?」


青年は自分の身体を見下ろした。


コヨーテ。


バイク。


二つが混ざり合ったような、今の自分の姿。


この格好になってから、ずっと走っていた。


目的地へ。


次の予定へ。


さらに、その次の予定へ。


止まらないための理由ばかりを探していた。


青年は腕時計へ目を向ける。


時間を見る。


一瞬だけ、いつもの焦りが胸の奥へ戻ってきた。


今は何時だ。


予定からどれだけ遅れている。


今日やるはずだったことは、どこまで残っている。


この遅れを取り返すには――。


そこまで考えて。


青年は、時計から目を離した。


今は、それより先にやることがある。


則人を見る。


「……ああ」


小さく、けれどしっかりと頷いた。


「頼む」


「うん」


則人はピコピコハンマーを構えた。


「じゃあ、いくよ」


ぽこん。


いつもの軽い音が響いた。


その瞬間。


コヨーテライダーの着ぐるみが、青年の身体からふわりと浮き上がった。


重たい殻が剥がれていくように。


身体へまとわりついていたものが、少しずつ離れていく。


やがて青年の姿は、元の人間へ戻った。


そして、着ぐるみとともに抜け出した悪側の因子が一つの塊となり、空へ昇っていく。


青年は、自分の手を見た。


指を動かす。


腕を見る。


胸元を見る。


元に戻っている。


「……戻った」


自然と、息が漏れた。


因子の塊は、そのまま高く、高く昇っていく。


青年がその行方を目で追っていた、そのとき。


ひゅるるるるる――。


何かが落ちてくる音がした。


「え?」


青年が空を見上げる。


ゴンッ!


「いたーーーーい!」


則人の頭へ、見事にタライが直撃した。


「な、何だ!?」


青年は、さっき天狗を見たとき以上に身体をびくっと震わせた。


則人は涙目になり、頭を押さえながらしゃがみ込む。


「いったぁ……!」


そして、落ちてきたタライのあとを追うように。


今度は小さな妖怪が姿を現した。


「……まだいるのか」


青年の口から、思わず本音が漏れる。


天狗とはまた違う。


けれど、これもどう見ても人間ではない。


青年は、自然と一歩距離を取った。


「何なんだ、今度は……」


「タライ小僧……」


則人が頭をさすりながら答える。


「タライ小僧?」


青年は、小さな妖怪と地面に転がったタライを交互に見る。


「これも妖怪?」


「そう……」


「妖怪って、こんなに普通にいるのか?」


ターボババアが鼻を鳴らした。


「お前さん、さっきから何人見てると思ってるんだい」


「さっきまで妖怪だと思ってなかったんですよ!」


青年の混乱など気にも留めず、タライ小僧は胸を張る。


「それでは!」


則人が顔を上げた。


来た。


事件が終わるたびに訪れる、あの時間。


タライ小僧がびしっと則人を指さした。


「今回の則ちゃんは――」


一拍置く。


「八十五点!」


「えっ、八十五!?」


則人の顔が固まった。


決して低い点数ではない。


むしろ十分に高得点だ。


だが、則人としてはもう少し上を期待していたらしい。


「なんで!?」


タライ小僧は、指を一本立てた。


「まず、ちゃんと相手の話を聞いて、最後には無理やり捕まえるんじゃなくて、自分から立ち止まれるところまで話ができたのは、とってもよかった!」


「じゃあ、もっと高くていいじゃん!」


「でも!」


二本目の指が立つ。


「そこにたどり着くまでが長い!」


「ええっ!」


「最初は追いつくことばっかり考えて、何回も何回も追いかけっこしてた!」


「だって追いつかないと話せないと思ったんだもん!」


「それに、追いついてからも、もっと早く『何のためにT大に行きたいの?』って聞けてたら、あんなに走り回らなくてもよかったかもしれない!」


則人は口を尖らせた。


「そんなの最初から思いつかないよ」


「だから減点!」


「ええーっ」


さらにタライ小僧は続ける。


「それから、ぬらりひょんを大声で呼びすぎ!」


ぬらりひょんが、うむ、と大きく頷いた。


「そこはわしも減点したいのう」


「ぬらりひょんまで!」


「近所迷惑じゃ」


「でも呼ばないと来ないじゃん!」


「わしは来とる」


「いつも知らないうちにいるんだもん!」


タライ小僧は胸を張った。


「そういうところも含めて――八十五点!」


則人は納得できない顔でしばらく考えていた。


やがて、指を折りながら小さく計算する。


「……でも八十五なら、高い方だよね?」


「もちろん!」


「じゃあ、まあいっか」


「その切り替えの早さはいいところ!」


則人の目が輝く。


「じゃあ一点足して!」


「足しません!」


即答された。


青年は、そのやり取りを呆然と眺めていた。


朝から起こったことを思い返す。


怪人になった。


とんでもない速さで走った。


小学生に追いかけられた。


さらに、とんでもない速さの老婆に追い回された。


その小学生に、いつの間にか見失っていた自分の進学理由を思い出させられた。


そして今。


妖怪の親分がいて。


天狗がいて。


空からタライを落とす小さな妖怪が、則人の行動を百点満点で採点している。


理解しなければならないことが、多すぎる。


「……大学のことより、こっちの方が調べたいこと増えた気がするな」


青年がぽつりと呟いた。


則人が笑った。


「それ、調べて出てくるかな?」


「……出てこない気がする」


青年も笑う。


さっきまでなら、こんなやり取りをしている時間さえ惜しいと感じていたかもしれない。


ふと。


青年は腕時計へ目をやった。


時刻を確認する。


やはり、予定から大きく遅れている。


本来なら、今ごろ別のことをしていた。


このあとにも予定があった。


今日中にやると決めていたことが、まだいくつも残っている。


以前なら。


まず、遅れを取り戻す方法を考えただろう。


何分短縮する。


どこを削る。


どの予定を前倒しする。


帰ったら、どこから始める。


予定どおりのところまで戻すには、何時までやればいい。


頭の中で、いくらでも計算はできた。


けれど。


青年は時計を見たまま、少しだけ考えた。


その様子に気づいた則人も、何も言わずに見守っている。


やがて、青年は小さく息を吐いた。


「……予定、かなりずれたな」


「ごめん」


則人が素直に謝る。


すると、横からターボババアが口を挟んだ。


「あたしの予定なんて、もう跡形もないよ」


則人が振り向く。


「おばあちゃん、予定あったの?」


「誰がおばあちゃんだい!」


青年は、思わず吹き出した。


それから、もう一度だけ時計を見る。


時間は戻らない。


今日の予定も、もう元どおりにはならない。


だからといって、それですべてが終わるわけでもない。


青年は腕を下ろした。


時計から目を離す。


「……まあ」


そして、ほんの少し肩の力を抜いた。


「今日は、もういいか」


則人の顔がぱっと明るくなった。


「勉強しないの?」


「いや、少しはする」


「するんだ」


「それはするよ」


青年は苦笑した。


勉強したい気持ちまでなくなったわけではない。


T大へ行きたい気持ちも変わっていない。


ただ。


予定から遅れた分を、何が何でも今日中に取り返さなければならない。


そんなふうに考える必要はないのかもしれない。


「でも、今日の遅れを全部取り返そうとするのはやめる」


「うん」


「帰ったら、大学のことをもう一度調べる。T大も、ほかの大学も」


青年は空を見上げた。


先ほど身体から抜けていったものは、もうどこにも見えない。


「偏差値とか判定だけじゃなくて、ちゃんと中身を見るよ」


少し間を置く。


「何のために大学へ行きたいのか。それを、今度は忘れないようにする」


則人は笑って頷いた。


「うん!」


ターボババアが、疲れ切った肩をぐるりと回した。


「これで、本当に終わりだね。あたしゃ帰るよ」


「今日はありがとう!」


「二度と小僧を背負わせないでおくれよ!」


そう言い残した次の瞬間。


ターボババアの姿は、風と一緒に遠ざかっていった。


青年は、その姿が消えた道の先をしばらく見つめていた。


あれだけ一緒に走った。


何度も追い越され。


何度も戻ってきて。


何度も怒鳴られた。


そして、ついさっきまで普通の老婆だと思っていた。


青年はぽつりと呟いた。


「……やっぱり、あれ妖怪だったんだな」


則人が吹き出す。


「だから、今さらだって!」


――つづく。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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