↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
フレイムピジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
105/119

第7話 速すぎる



第7話 速すぎる


「ぬらりひょーーーん!」


則人の声が、通りいっぱいに響き渡った。


けれど、返事はない。


さっきまで目の前にいた青年――コヨーテライダーは、もう影も形もなくなっている。あの速さでは、今から普通に追いかけたところで追いつけるはずがない。


則人は諦めず、もう一度大きく息を吸った。


「ぬらりひょん! ねえ、ぬらりひょーーーん!」


「やかましいのう」


「え?」


声は遠くからではなかった。


すぐそばだ。


則人が振り向くと、道の端にいつの間にかござが敷かれていた。その上では、ぬらりひょんが何食わぬ顔であぐらをかき、湯飲みを手にしている。


「……いつからいたの?」


「さてのう」


ずずっ、と茶をすする。


まるで最初からそこにいたような顔だった。


「それより、妖怪の親分をそんな気安く大声で呼ぶもんじゃない」


「だって大変なんだよ!」


則人は、コヨーテライダーが消えていった方向を指さした。


「あのお兄さん、ものすっごく速いんだ! ぼくじゃ全然追いつけない!」


「本当に速かったよ。あっという間だった」


悟も頷きながら、ぬらりひょんのいるあたりへ目を凝らした。


「……でも、なんかそこにいるよね?」


「さとる君、見えるの?」


「ちゃんとは見えないけど……人が座ってるみたいな。ぼんやり」


悟は目を細めたり、少し横へ動いてみたりしている。


ぬらりひょんは、そんな悟を一度だけ見た。それから何も言わず、また茶をすすった。


「ねえ、ぬらりひょん。なんとかならない?」


「ふむ」


ようやく湯飲みを置くと、ぬらりひょんは少し離れた道へ向かって声をかけた。


「おい。聞こえとるんじゃろ」


則人もそちらを見る。


誰もいない。


「誰に――」


尋ねかけた、その瞬間。


ひゅんっ!


突風が通り抜けた。


「うわっ!」


則人と悟が思わず顔を伏せる。


風が止んで目を開けると、さっきまで何もなかった場所に、小柄な老婆が立っていた。


「なんだい。人が気持ちよく走ってるところを」


いかにも不機嫌そうな顔をしている。


ぬらりひょんが、則人を顎で示した。


「ちょいと、この坊主を手伝ってやってくれんか」


老婆――ターボババアは、則人を頭の先から足元までじろじろ眺めた。


「なんであたしが、こんな小僧の面倒を見なきゃいけないんだい」


「ぼく、小僧じゃないよ!」


「小僧だろ」


ぴしゃりと言い切られ、則人は口を尖らせた。


「ものすごい速さで走り回っとる人間がおる。このままでは、そのうち誰かを巻き込むかもしれん」


ぬらりひょんが説明しても、ターボババアの表情は変わらない。


「だったら、この小僧が止めりゃいいだろ」


「だから追いつけないんだって!」


「で?」


「……ぼくを背負って走って」


「嫌だね」


頼み終わるより早かった。


「早いよ!」


「なんであたしがお前を背負わなきゃいけないんだ。自分の足で走りな」


「それができたら頼んでないよ!」


「知らないねえ」


「まあ、そう言わんと」


ぬらりひょんが、いかにも他人事のような調子で口を挟む。


「放っておけば人が危ない。こやつ一人では追いつけん」


「……ちっ」


ターボババアは則人をしばらく睨んでいたが、やがて大きくため息をついて背を向けた。


「一回だけだよ」


「ありがとう!」


「礼はいいから、さっさと乗りな」


則人がその背中につかまる。


すると悟が、慌てて声をかけてきた。


「則ちゃん、気をつけて!」


「……その呼び方、やっぱりあんまり好きじゃないんだけどなあ」


小さくぼやく。


とはいえ、これまで何度言っても悟は「則ちゃん」と呼んできた。今さら本気で直るとも思っていない。


案の定、悟はにこっと笑った。


「うん。気をつけてね、則ちゃん!」


「ほら、やっぱり聞いてないし……」


「走るよ」


ターボババアが言った。


「え?」


次の瞬間、景色が吹き飛んだ。


「うわあああああああっ!?」


建物も、電柱も、看板も、すべてがものすごい勢いで後ろへ流れていく。


風が顔へ叩きつけられ、則人は目を細めながら必死で背中にしがみついた。


速い。


予想していたより、ずっと速い。


「ちょ、ちょっと待って! 待って待って!」


「なんだい!」


「速すぎるって!」


「速く走れって言ったのはお前だろ!」


「そうだけど! これじゃ探せないよ!」


ターボババアが速度を落とした。


あまりにも急だったので、今度は則人の身体が前へぐらりと傾く。


「うわっ!」


「速くしろ、遅くしろって、注文の多い小僧だねえ」


「だって、どこにいるか分からないんだもん!」


問題はそこだった。


コヨーテライダーの姿は、すでに完全に見失っている。ターボババアが速く走れるからといって、相手の居場所まで分かるわけではない。


結局、二人は街の中を走り回りながら探すことになった。


少し走っては止まり、則人が辺りを見回す。


「いない」


また走る。


「ちょっと速い!」


止まる。


「いない……」


また走る。


「だから速いって!」


「いるのかいないのか、はっきりしな!」


「分かったら苦労してないよ!」


何度か同じことを繰り返しているうちに、則人は自分たちが追跡しているのか、それともただ街中を高速で連れ回されているのか、だんだん分からなくなってきた。


そのとき。


「あっ!」


則人が声を上げた。


「いた!」


「どこだい!」


「今のところ!」


「今のところってどこだ!」


「通り過ぎた!」


「先に言いな!」


「見つけたときには、もう通り過ぎてたんだよ!」


「まったく!」


ターボババアは勢いを殺し、かなり先まで行ってからようやく止まった。


そして、来た道を戻っていく。


「もう少し……もう少し……そこ!」


則人が指さした先には、道沿いの喫茶店があった。


店内ではない。


道路に面したオープンテラス。


その一角に、いた。


コヨーテライダーの着ぐるみ姿のまま、青年が椅子に座り、何事もなかったように問題集を解いている。


机の上には参考書とノート。


周囲の席だけ、不自然なほど空いていた。


近くの客たちが明らかに距離を取っているのに、本人はまるで気にしていない。鉛筆を動かし、問題を解くことだけに集中していた。


「お兄さん!」


則人が声をかける。


青年が顔を上げた。


近くで顔を見れば、間違えるはずもない。


やはり、さっきの青年だ。


「……君か」


「やっと見つけた!」


則人が大声を出したことで、それまで遠巻きにしていた客たちの視線まで青年へ集まる。


青年は周囲を一度見回し、それから腕時計へ目を落とした。


則人はテラスのそばまで近づく。


「ねえ、お兄さん。さっきの走り方、危ないよ」


「誰にもぶつかってはいない」


「今はたまたまだよ。あんな速さで走ってたら、そのうち――」


「今は話している時間がない」


青年は参考書を閉じた。


問題集もノートも、手早く鞄へしまっていく。


「え?」


「ここでは、もう集中できない」


青年は立ち上がった。


「場所を変える」


「ちょっと待って!」


もちろん、待たなかった。


青年が地面を蹴った次の瞬間には、その身体はすでに遠くへ離れている。


「また走った!」


則人が叫ぶと、ターボババアは心底嫌そうな顔をした。


「ほんっとに面倒くさい奴だねえ!」


「追って!」


「お前も十分面倒くさいよ!」


文句を言いながらも、ちゃんと背中を向けてくれる。


則人が飛びつくようにつかまった瞬間、ターボババアは一気に走り出した。


コヨーテライダーの背中が、みるみる近づいてくる。


「すごい! 追いつく、追いつく!」


さっきまであれほど遠かった青年が、もう目の前だ。


「追いついた!」


そして、そのまま――通り過ぎた。


「……あれ?」


則人が振り返る。


コヨーテライダーが、あっという間に後ろへ遠ざかっていく。


「追い越してる! 追い越してるって!」


「分かってるよ!」


「止まって!」


「急に止まれるかい!」


勢いがつきすぎている。


ターボババアは、そのままずいぶん先まで走っていった。


「行きすぎ! 行きすぎぃ!」


ようやく止まり、また向きを変える。


「もうちょっとゆっくり!」


「速くしろって言ったり、ゆっくりしろって言ったり!」


「追い越したら意味ないじゃん!」


「だったら自分で走りな!」


「それじゃ追いつけないんだってば!」


ぎゃあぎゃあ言い合いながら戻り、ようやくコヨーテライダーの後ろへついた。


「いた! 今度こそ、そのまま! 速すぎないように!」


「注文を増やすんじゃないよ!」


今度は慎重に距離を縮めていく。


速すぎず、遅すぎず。


少しずつ。


今度こそいける。


則人が手を伸ばせそうなところまで近づいた、そのときだった。


コヨーテライダーが交差点を右へ曲がった。


「あっ、右!」


「はあ!?」


「右、右、右!」


「急に言うな!」


ターボババアは真っ直ぐ進んだ。


いや。


真っ直ぐ進むしかなかった。


かなりの速度が出ているせいで、コヨーテライダーのように突然直角には曲がれない。


「曲がってないぃぃぃ!」


「この速さで急に曲がれるか!」


また行き過ぎる。


また止まる。


また戻る。


ようやく交差点を曲がったころには、コヨーテライダーはずっと先まで進んでいた。


「もうあんなところ!」


「だから言ったろ! 追いかけっこってのは面倒なんだよ!」


「まだ追いつける!」


「簡単に言うねえ!」


再び加速する。


追いつく。


今度は勢いがつきすぎて、また追い越す。


戻る。


追いつく。


今度は左へ曲がられる。


「左!」


「もう過ぎた!」


「戻って!」


「分かってるよ!」


直線なら勝てる。


速さそのものなら、ターボババアの方が上かもしれない。


なのに、ちっとも捕まらない。


則人は何度目かの行き過ぎで背中にぐったりしながら、前方を走るコヨーテライダーを見つめた。


あちらは自分の行きたい道を、自分のタイミングで曲がる。


こちらは、それを見てから追いかける。


しかも速すぎて、追いつけば追い越し、曲がられれば止まり切れない。


「……あ」


そこで、則人は顔を上げた。


「おばあちゃん!」


「誰がおばあちゃんだい!」


「今度は追い越していい!」


「さっきから追い越すなって騒いでたのは誰だい!」


「いいから! 思いっきり!」


ターボババアは呆れたように舌打ちした。


「ほんっとに勝手な小僧だねえ!」


それでも、速度が上がる。


ぐんぐんコヨーテライダーとの距離が縮まり、横へ並んだと思った次の瞬間には、そのまま一気に追い抜いた。


「よし!」


「何がよしなんだい!」


「もうちょっと先!」


「はいはい!」


今回は追い越して終わりではない。


十分な距離まで前へ出てから、ターボババアは大きく回り込む。


急に方向を変えるのではなく、広い道を使って速度を落としながら向きを合わせていく。


やがて、正面からコヨーテライダーが近づいてきた。


「来た!」


「見えてるよ!」


「今度は速くしすぎないで!」


「分かってる!」


「追い越さないでね!」


「分かってるって言ってるだろ!」


「曲がったら――」


「まだ曲がってない!」


言い合いながらも、今度はうまくいった。


ターボババアがコヨーテライダーと同じ方向へ走り出し、少しずつ速度を合わせていく。


そして――ついに横へ並んだ。


「やった!」


「やったじゃないよ! お前を背負って何往復したと思ってるんだい!」


則人は、すぐ横を走る青年へ顔を向けた。


「お兄さん!」


青年もこちらを見る。


「また君か!」


「ねえ! なんでそんなに急いでるの!」


「急いでるんじゃない!」


青年は速度を落とさない。


息も乱さず、前だけを見ながら答える。


「決めたことをやっているだけだ!」


「決めたこと?」


「何時までに何をするか。どこまでやるか。何時に次へ移るか。全部、自分で決めてる。それを守らないといけないんだ!」


「でも、そのためにずっと走ってるじゃん!」


「止まったら時間がなくなる!」


則人は、思わず言葉を失った。


青年は、前を向いたまま走り続けている。


誰かに追いかけられているわけではない。


誰かに「急げ」と命令されているわけでもない。


それなのに。


まるで、一度でも立ち止まったら、積み上げてきた何もかもが崩れてしまうとでも思っているようだった。


「お兄さん――」


もう一度声をかけようとした瞬間、コヨーテライダーが突然横道へ入った。


「あっ!」


「またかい!」


当然、ターボババアは同じようには曲がれない。


勢いのまま真っ直ぐ進んでしまう。


「うわあああっ!」


また行き過ぎた。


ようやく止まったところで、則人は背中から振り返る。


コヨーテライダーの姿は、曲がった道の向こうへ消えかけていた。


「……あの人」


則人がぽつりと言った。


「どこまで急ぐつもりなんだろ」


「知らないよ」


ターボババアは肩で息をしながら、うんざりした顔をした。


「あたしゃ、もう疲れたよ。小僧一人背負って、同じ辺りを何回行ったり来たりしたと思ってんだい」


「お願い。もうちょっとだけ!」


「まだやるのかい!?」


「うん」


則人は、青年が消えた角から目を離さなかった。


追いつくことはできた。


横へ並ぶこともできた。


けれど、ちゃんと話せたとは言えない。


「あの人、ぼくたちから逃げてるわけじゃないんだよね」


「は?」


「ずっと、自分で決めた時間に追いかけられてるみたい」


ターボババアが、ちらりと則人を見る。


則人は少し考えてから、もう一度その背中につかまった。


「だから、もうちょっとだけ。今度はちゃんと話したいんだ」


ターボババアは、これ見よがしに長い長いため息をついた。


「……ほんっとに面倒くさい小僧だねえ」


そう言いながらも、背負った則人を降ろそうとはしなかった。


「今度『もっと速く』なんて言ったら置いてくからね」


「言わない!」


「本当だろうね?」


「……たぶん!」


「たぶんをつけるな!」


再び風が巻き起こる。


ターボババアは、青年が消えた角を目指して走り出した。


速さだけなら、もう追いつける。


だから今度は――ちゃんと、あの青年の話を聞かなければならない。


――つづく。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。