第6話「止まって、お兄さん!」
『着ぐるみモンスター』 コヨーテライダー編
第6話「止まって、お兄さん!」
図書館へ続く道を、則人と悟は並んで歩いていた。
悟の手には、この前二人で調べた生き物について書き留めた小さなメモがある。図鑑を見て気になったところや、家に帰ってから思い出したことを、二人なりにまとめてきたものだった。
「今日は、この前の続きからだよね」
「うん。それと、前に見つけたやつも、今度はちゃんと説明まで読む」
「写真だけ見て決めない?」
「もう分かってるって」
則人が少し口を尖らせると、悟は楽しそうに笑った。
あの日、図書館で眼鏡の青年に教えてもらってから、二人の図鑑の読み方は少し変わった。
面白そうな写真を見つけて、これは何だろう、あれに似ている、と好き勝手に言い合う。それ自体は今までと変わらない。
ただ、今はそのあとに、写真の横に書かれている説明にも目を通すようになった。分からない言葉があれば別のページを探し、二人で「こっちじゃない?」「いや、こっちかも」と相談する。
自分で見つけた答えは、ただ教えてもらった時より少し嬉しかった。
「今日、お兄さんいるかな」
悟が言った。
「いるかもしれないけど、先にぼくたちで調べるんだよ」
「分かってるよ」
「勉強してたら邪魔しちゃ駄目だからね」
「則ちゃん、この前いっぱい話しかけてたじゃん」
「さとる君だって話してたでしょ」
二人がそんな言い合いをしながら歩いていると、少し先の通りから突然、大きな声が響いた。
「危ない!」
続いて、自転車のブレーキが甲高い音を立てた。
二人は同時に足を止める。
「何だろ?」
悟が首を伸ばした。
通りを歩いていた人たちが、何かを避けるように慌てて左右へ分かれている。
その間を、何かがものすごい速さでこちらへ向かってきていた。
遠くにいる間は、それが人なのかさえよく分からなかった。
けれど、距離はあっという間に縮まった。
人間ほどの大きさ。
コヨーテを思わせる着ぐるみ。
身体の各所には、バイクの部品を思わせる意匠がついている。
「怪人……?」
則人が呟いた時には、もう目の前だった。
「さとる君、こっち!」
「えっ?」
則人は悟の腕をつかみ、道の端へ引き寄せた。
次の瞬間、コヨーテライダーが二人のすぐ前を駆け抜けた。
ぶわっと強い風が巻き起こる。
「あっ!」
悟の手からメモが離れ、何枚もの紙が宙へ舞った。
近くを走っていた自転車も急ブレーキを掛け、乗っていた男性が危うくバランスを崩しかける。
「危ないだろ!」
男性が怒鳴った。
けれど、コヨーテライダーは振り返らなかった。
まるで周囲の騒ぎなど耳に入っていないように、そのまま通りの先へ走り去っていく。
「さとる君、大丈夫?」
「う、うん。びっくりしたけど」
二人は風に飛ばされた紙を追いかけた。
一枚は植え込みのそば。もう一枚は道路の端。最後の一枚を則人が拾い上げる。
「はい」
「ありがとう」
悟に返しながら、則人はコヨーテライダーが消えた方向へ目を向けた。
速すぎた。
顔を確かめる余裕などなかった。
それでも、ほんの一瞬だけ何かが引っ掛かった。
「則ちゃん?」
「……何か、変だった」
「怪人だから?」
「そうじゃなくて。何か、見たことあるような……」
何を見たのか、自分でもはっきりしない。
眼鏡だったような気もする。
鞄だったような気もする。
けれど、考えているうちに則人は別のことに気づいた。
「あっち、図書館だ」
悟も顔を上げる。
「あ、本当だ」
「行こう!」
「うん!」
二人は図書館へ向かって走り出した。
◇
図書館の前は、すでに騒ぎになっていた。
入口付近にいた利用者たちは建物から離れ、遠巻きに様子を見ている。中から出てきた人たちも、何度も後ろを振り返りながら足早にその場を離れていた。
職員らしい人も入口から少し距離を取り、困ったように声を掛けている。
その中心に、先ほどのコヨーテライダーが立っていた。
暴れているわけではない。
誰かを追いかけているわけでもない。
むしろ、図書館へ入りたいのに入れず、どうしたものかと困っているように見えた。
「ですから、勉強したいだけなんですけど……」
その声を聞きながら、則人と悟は近づいた。
そして、立ち止まっているコヨーテライダーの顔が見えた瞬間、二人は同時に目を見開いた。
「お兄さん!?」
「えっ、この前のお兄さん!?」
身体は奇妙な着ぐるみに覆われている。
それでも顔は隠れていない。
眼鏡を掛けたその顔を、二人が見間違えるはずはなかった。
青年も二人の声に気づいて振り向く。
「ああ。この前の二人か」
あまりにも普通の返事だったので、則人の方が一瞬何を言えばいいのか分からなくなった。
悟も青年の身体を上から下まで見ている。
「どうしたの、その格好!」
則人がようやく声を上げる。
「僕にもよく分からないんだ」
「分からないの!?」
「うん。予備校で気づいたんだけど……」
青年は自分の身体を軽く見下ろした。
だが、すぐにまた図書館の入口へ視線を戻す。
「まあ、帰ってから考えればいいかなって。今は、こっちの方が困ってるんだ」
「こっち?」
「ここで勉強する予定だったから」
「……そっちなの?」
則人は思わず聞き返した。
自分の身体がこんな姿になっている。
普通なら、それだけで何も手につかなくなりそうな出来事だ。
なのに青年が困っているのは、怪人のような姿になったことではない。
図書館に入れないことだった。
「それより、お兄さん!」
「何?」
「さっき危なかったよ!」
「さっき?」
「ここに来る途中だよ。ものすごい速さで走ってたでしょ!」
青年は少しだけ考えたあと、
「……ああ」
と頷いた。
「みんな、お兄さんを避けてたんだよ。自転車の人も急に止まってたし、さとる君の紙だって全部飛んじゃったし!」
青年は悟の方を見る。
「そうだったの?」
「うん。則ちゃんが引っぱってくれたからよかったけど、すぐ近くを通っていったよ」
「……そっか」
青年は、自分が走ってきた道の方へ目を向けた。
少し考えてから、二人へ頭を下げる。
「それは、ごめん」
その謝り方に、ごまかそうとする様子はなかった。
本当に知らなかったのだと、則人にも分かった。
だからこそ、続く言葉に驚いた。
「でも、誰にもぶつかってはいないよね?」
「ぶつからなかったらいいんじゃないよ!」
思わず声が大きくなった。
青年が少し驚いた顔をする。
「みんな、お兄さんを避けるために急に動いてたんだよ。転びそうになってる人もいたし、自転車だって危なかったんだから!」
「……そうか」
青年は今度こそ真剣に考え込んだ。
則人は少し安心しかけた。
けれど、青年が出した答えは違った。
「分かった。次からは気をつける」
「次?」
「人が多いところでは、もっと離れて走ればいいんだろ?」
「違うよ!」
則人は一歩、青年へ近づいた。
「そうじゃないんだって!」
青年は困ったように眉を寄せた。
「でも、今日はまだ予定が終わってないんだ」
「予定?」
「ここで勉強するつもりだった。でも、この格好じゃ無理そうだから、別の場所を探さないと」
青年は時計を確認した。
ほんの短い動作。
けれど、則人には妙に気になった。
この人は、さっきから何度時計を見ただろう。
図書館に入れないと分かった時も。
自分が怪人みたいな格好になっている話をしている時も。
危なかったと言われた時でさえ。
気づけば、すぐ時計へ目が戻っている。
「お兄さん」
「何?」
「ちょっと休んだ方がいいよ」
青年の表情が止まった。
「休む?」
「うん。一回、止まった方がいいよ」
「今?」
「今!」
青年は少し不思議そうに自分の足元を見た。
「でも、今は止まってるけど」
「そういう意味じゃないよ!」
「……?」
本当に分かっていない顔だった。
確かに、身体は今ここに止まっている。
けれど則人には、青年がずっと走り続けているように見えた。
時計を見る。
問題集を見る。
予定を見る。
一つ終わったら、また次。
何かを終えても、そこで一息つくのではなく、その次へ行かなければならないと思っているように見える。
前に図書館で会った時の青年は、こんな顔をしていなかった。
コウモリの翼の話をしていた時は、楽しそうだった。
則人たちが図鑑から答えを見つけた時には、自分のことのように笑ってくれた。
時間のことなど忘れて、生き物の話をもっと続けたそうにしていた。
「お兄さん、前に生き物の話してた時――」
「ごめん」
青年が言葉を重ねた。
「本当に、今は時間がないんだ」
「でも――」
「今日も予定どおり進んでないし、ここへ来るまでにも時間を使った。でも、今なら前より速く動ける」
青年は、自分を覆う着ぐるみを少しだけ見下ろした。
「移動が早くなれば、その分を勉強に回せるから」
「それで誰かが危ない目にあったら駄目だよ!」
「だから、気をつける」
「だから違うって!」
則人が必死に伝えようとしても、青年には別の話に聞こえているようだった。
人にぶつからなければいい。
人の多いところを避ければいい。
危ないと言われたなら、次からはもっと上手に走ればいい。
青年の頭の中では、それで問題は解決している。
そして次の瞬間には、もう勉強のことへ意識が戻っている。
「また今度、ゆっくり話そう」
青年が鞄を持ち直した。
「待って!」
則人が手を伸ばす。
だが、その手が届くより先に、青年は走り始めた。
「お兄さん!」
一歩、二歩。
それだけで一気に距離が開く。
周囲にいた人たちが慌てて道を空け、その間をコヨーテライダーが駆け抜けていった。
「また今度じゃ遅いよ!」
則人の声は、あっという間に遠ざかっていく青年の背中へ届かなかった。
◇
「則ちゃん……」
悟が不安そうに、青年の消えた方向を見ていた。
「追いかけるの?」
「うん」
則人は迷わず答えた。
このままにはできない。
青年は誰かを襲おうとしているわけではない。
悪いことをしてやろうと考えているわけでもない。
むしろ、自分が周囲をどれだけ危ない目に遭わせているのか、そのこと自体を十分には分かっていない。
だからこそ、ちゃんと止めなければならない。
「さとる君、ちょっと待ってて」
則人は人の流れから少し外れた場所へ移動し、青年が走り去った方向をもう一度確かめた。
もう、ずっと遠い。
それでも、何もしないわけにはいかない。
則人は息を整える。
「配信開始」
そして、すぐに片手を上げた。
「ちょっと待ってね」
着替え袋を開く。
もちろん、その袋は忘れ物小僧の力で、周囲の人たちには見えていない。
すると、どこからともなく聞き慣れた声が響いてきた。
『今日のお着替えも、内田則人くん、お着替えの時間です』
「お兄さん、行っちゃうよぉ……」
思わず情けない声が漏れた。
こんな時でも、お着替えだけはいつものお約束どおりだった。
急いでいるからといって、途中を飛ばすわけにはいかない。
則人は焦る気持ちを押さえながら、一つずつ身につけていく。
早く。
でも、ちゃんと。
青年の姿がどんどん遠ざかっていることを考えると、手元まで焦りそうになる。
「もうちょっと……」
最後まで整える。
「よし!」
お着替えを終えた則人は、すぐに道路へ戻って駆け出した。
けれど、そこで初めて現実を思い知らされた。
「……あれ?」
見えない。
お着替えを始める前には、まだ遠くに小さく見えていたコヨーテライダーの姿が、もうどこにもない。
それでも則人は走った。
次の角まで行き、右を見る。
いない。
反対を見る。
やはり、いない。
「お兄さーん!」
呼んでも返事はない。
遠くから聞こえるのは、人々のざわめきや車の音ばかりだった。
「則ちゃん!」
後ろから悟が追いついてくる。
「もう見えないよ!」
「分かってる!」
則人は息を弾ませながら、さらに辺りを見回した。
道はいくつにも分かれている。
どちらへ曲がったのかも分からない。
何より、追いつける速さではなかった。
お着替えをしたからといって、則人自身の足がコヨーテライダーと同じ速さになるわけではない。
さっきの走り方を思い出せば、それは考えるまでもなかった。
「あんなに速かったら……追いつけないよ」
則人は悔しそうに拳を握った。
「どうするの?」
悟に聞かれ、則人は黙り込んだ。
追いかけたい。
でも、自分では追いつけない。
しかも、もうどちらへ行ったのかも分からない。
その間にも青年は走っているはずだ。
また人の多い場所へ飛び込めば、今度こそ誰かとぶつかるかもしれない。
「うーん……」
則人は必死に考えた。
自分一人で無理なら、どうする。
速い相手を追いかけられる方法。
どこへ行ったか分からない相手を見つける方法。
そんなことを、自分よりずっとよく知っていそうな人――。
「あ!」
則人が勢いよく顔を上げた。
「どうしたの?」
「親分!」
「親分?」
「こういう時は、ぬらりひょんに聞けばいいんだ!」
妖怪たちの親分。
則人が知らないことでも、ぬらりひょんなら知っているかもしれない。
自分には追いつけなくても、速く動ける妖怪や、相手を追いかけられる妖怪を知っているかもしれない。
そう思った瞬間、則人の顔が明るくなった。
そして、大きく息を吸い込む。
その様子を見た悟が、嫌な予感でもしたように耳へ手を当てた。
「則ちゃん、まさか――」
「ぬらりひょーーーーん!!」
則人の大声が、通りいっぱいに響き渡った。
近くを歩いていた人たちが、一斉にこちらを振り返る。
悟は慌てて両耳を押さえた。
「そんな大声で呼ぶの!?」
「だって、あのお兄さん、どんどん行っちゃうんだもん!」
「でも、ぬらりひょんって今ここにいるの?」
「分かんない!」
「分かんないの!?」
悟が目を丸くした。
則人は周囲を見回す。
返事はない。
ぬらりひょんが姿を現す気配もない。
「……聞こえなかったかな」
「普通、聞こえないと思うけど」
「じゃあ、もっと大きく呼ぶ!」
「ええっ!?」
則人は、さっきよりさらに大きく息を吸い込んだ。
「ぬらりひょーーーん! 助けてーーー!」
二度目の声が、建物の間を抜けて遠くへ響いていく。
道行く人たちが何事かと振り返る。
それでも則人は気にしなかった。
今は、お兄さんを追いかける方が大事だった。
しばらく待つ。
やはり返事はない。
悟が耳を押さえたまま、恐る恐る則人を見る。
「……まだやるの?」
「やる」
「やっぱり?」
「だって、聞こえてないかもしれないでしょ」
則人は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
今日一番の大声を出すつもりだった。
「ぬらりひょーーーーん!! お願い、助けてーーーーっ!!」
声が通りを抜ける。
建物の壁に響き、さらにその向こうへ消えていった。
則人は息を切らしながら、青年が走り去った道の先を見つめた。
コヨーテライダーの姿は、もうどこにもない。
どちらへ行ったのかさえ分からない。
それでも、やるべきことは決めた。
自分だけでは追いつけないのなら、助けてもらう。
青年を捕まえて懲らしめたいわけではない。
もう一度、ちゃんと止まって話をしたい。
前に図書館で見た、あの楽しそうな顔で生き物の話をしていたお兄さんに戻ってほしい。
「お願い、ぬらりひょん……」
則人は小さく呟いた。
返事は、まだ聞こえない。
けれど、もう一人で追いかけようとはしなかった。
自分にできないことなら、できる誰かに助けてもらえばいい。
則人は悟と並んで道の先を見つめた。
そして、遠くへ届くように、もう一度だけ大きな声で妖怪たちの親分の名を呼んだ。
「ぬらりひょーーーーん!!」
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




