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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
フレイムピジョン編

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第4話「足りない時間」



『着ぐるみモンスター』 コヨーテライダー編


第4話「足りない時間」


 数日後。


 青年は、図書館のいつもの席で問題集を開いていた。


 一問解く。


 時計を見る。


 答えを確かめ、間違えた箇所に印をつける。


 もう一度、時計を見る。


 予定では、今ごろ次の範囲へ進んでいるはずだった。


 青年は手帳の端に書き込んだ予定を確認し、鉛筆を握り直した。


 次は、もう少し早く。


 新しい問題へ取り掛かろうとした、その時だった。


「お兄さん」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。


 少し離れたところに、則人と悟が立っていた。


 前に注意されたことを覚えているのだろう。二人とも、声をきちんと抑えている。


「こんにちは」


 青年が答えると、二人は嬉しそうに近づいてきた。


「ちゃんと小さい声にしてるよ」


「うん。分かる」


 思わず笑みがこぼれた。


 則人が抱えていた図鑑を机へ置く。


「この前のやつ、自分たちでも調べたんだ」


「コウモリ?」


「うん」


 悟が付箋の貼られたページを開いた。


「鳥の翼とは、やっぱり全然違った」


「こっちも見たんだよ」


 則人が写真の一か所を指さす。


「骨のところ。お兄さんが言ってたみたいに、手みたいになってた」


「説明も読んだ?」


「読んだよ」


「二人で?」


「うん」


 青年の表情が、少しだけ柔らかくなる。


 自分が教えた答えを、そのまま覚えてきただけではない。


 二人はあのあと、自分たちで図鑑を開き、続きを調べていた。


「それなら、僕がいなくても調べられたじゃないか」


「でも、どこを見ればいいか教えてもらったからだよ」


 則人は当然のように答えた。


「それでね、ほかにも飛ぶのがいたんだ」


「ほかにも?」


「うん。これ」


 別のページが開かれる。


 青年は自然と身を乗り出した。


「これは――」


 見覚えのある生き物だった。


 どんな仲間なのか。


 どうして飛べるのか。


 コウモリとは何が違うのか。


 二人がどこまで調べたのか聞いてみたい。


 説明したいことも、すぐに浮かんでくる。


「これって、コウモリの仲間じゃないんだよね?」


「うん。これは――」


 そこまで言ったところで、青年の目が壁の時計へ向いた。


 表情が止まった。


 予定より遅れている。


 この問題を終えたら、次の範囲へ進むはずだった。


「あ……」


 青年は図鑑から体を離した。


「ごめん」


「どうしたの?」


「今日は、ここまでにしないと」


 則人と悟が顔を見合わせる。


 青年は申し訳なさそうに笑った。


「このあと、まだ勉強するところが残ってるんだ」


「そっか」


 則人はすぐに図鑑を閉じた。


「じゃあ、また今度にする」


「うん」


「勉強、がんばってね」


 悟も小さく頭を下げた。


 青年は一瞬、何か言いかけた。


 もう少しくらいなら。


 ほんの数分くらいなら。


 そう思った。


 けれど、視界の端に時計が入る。


「ありがとう」


 結局、それだけを返した。


 二人は青年から少し離れた席へ移った。


 そこで再び図鑑を開き、時々顔を寄せて、小さな声で何かを相談している。


 青年はしばらく、その様子を見ていた。


 楽しそうだった。


 自分も、続きを見たかった。


「……だめだ」


 誰にも聞こえないほど小さく呟き、問題集へ視線を落とす。


 今度こそ、集中しなければならない。


 もう予定より遅れているのだから。


 青年は鉛筆を持ち直した。


     ◇


 一問を終える。


 時計を見る。


 次の一問。


 また時計を見る。


 答え合わせをして、間違えた問題へ印をつける。


 解き直しは、帰ってから。


 そう考えて手帳を開き――すぐに手が止まった。


 帰宅後にも、すでに予定が入っている。


 明日に回せばいい。


 だが、明日の欄にも余白はほとんどなかった。


 今日の予定。


 昨日から持ち越したもの。


 予備校で追加された課題。


 模試で間違えた問題の解き直し。


 先へ進めておきたい範囲。


 一つ終えるたびに線を引いている。


 確かに、終わっているものはある。


 それなのに、空いている時間が増えているようには見えなかった。


「これは……明日」


 一つ移す。


 明日の欄が狭くなる。


「じゃあ、こっちを今日やるか」


 今日へ戻す。


 今度は今日の予定が詰まる。


 青年は手帳を見つめた。


 一日にできる量より、多く入れている。


 それは分かっていた。


 なら、減らせばいい。


 指が予定の一つに触れる。


 けれど、消せなかった。


 どれも必要に思えた。


 T大へ行くなら。


 まだ届いていないのなら。


 やらなくてもいいものなど、今の青年には見つけられなかった。


「……休憩を短くすればいいか」


 空いたところへ書き込む。


 昼の休憩。


 帰宅してからの休憩。


 食事。


 十分。


 二十分。


 少しずつ削れば、一問くらいは増やせる。


 青年は予定を書き直した。


 今度は、すべてが枠の中に収まった。


 少なくとも、紙の上では。


     ◇


 図書館を出ようとしたところで、青年の足が止まった。


 新しく入った本が並ぶ棚だった。


 その中に、生き物を扱った一冊がある。


 表紙の写真が目に入り、思わず近づいた。


「へえ……」


 知らない内容だった。


 どんな研究なのだろう。


 何が分かったのだろう。


 目次だけでも見てみたい。


 青年は本へ手を伸ばした。


 指先が表紙へ触れる。


 その瞬間、ポケットの中でスマートフォンが震えた。


 自分で設定しておいた、時刻を知らせる通知だった。


 画面を見る。


 予定では、もう帰り始めている時間だ。


 青年は本へ目を戻した。


 ほんの数分なら。


 いや、借りて帰ればいい。


 そう考えて――今度は別の疑問が浮かんだ。


 いつ読む?


 帰れば問題が残っている。


 明日も予定が詰まっている。


 借りたところで、読んでいる時間があるだろうか。


 青年は表紙に触れたまま、少し考えた。


「……受かってからでいいか」


 手を離した。


 大学に入ってしまえば、こういう本だって好きなだけ読める。


 今は、そのための時間だ。


 そう自分に言い聞かせ、青年は振り返らずに図書館を出た。


     ◇


 駅へ向かう途中、信号が赤になった。


 青年は足を止める。


 道路の向こう側には駅が見えていた。


 ほんの数十秒。


 以前なら、気にも留めなかったはずだ。


 けれど今は、赤い表示が妙に長く感じられた。


 時計を見る。


 信号を見る。


 また時計を見る。


「長いな……」


 まだ変わらない。


 鞄から単語帳を出そうとして、やめた。


 すぐ青になれば、しまう時間の方が無駄になる。


 ただ待つしかない。


 何もできない時間。


 そのことが、妙に落ち着かなかった。


 ようやく青になる。


 青年はすぐに歩き出した。


 駅に着く。


 今度は電車を待つ。


 案内表示を見ると、到着まで数分あった。


「……またか」


 ベンチには座らず、鞄から単語帳を取り出した。


 立ったまま開く。


 数分でも使えばいい。


 何もしないよりはいい。


 電車が来るまでに一つ。


 乗っている間に、もう少し。


 家まで歩く時間も、頭の中で復習できる。


 青年は単語を目で追った。


 電車がホームへ入ってくる音がして、ようやく本を閉じる。


 乗り込んでからも、空いた場所へ立つとすぐに再び開いた。


 時間は、探せばまだある。


 そう思った。


 けれど同時に、別の考えも浮かんでいた。


 もっと早く移動できたら。


 待つ時間そのものを、なくせたら。


 同じ一日でも、もっと多くのことができるのに。


     ◇


 夜。


 青年は机に向かい、問題文を読んでいた。


 式を書く。


 途中で手が止まる。


「……違う」


 消す。


 もう一度読む。


 また計算する。


 答えを確かめる。


 不正解。


 青年の眉が寄った。


「なんでだよ」


 解説を開く。


 数秒後、動きが止まった。


 問題文の条件を、一つ読み違えていた。


 難しい問題ではなかった。


 見直せば、すぐに気づける間違いだった。


 青年は眼鏡を外し、目元を指で押さえた。


 目が重い。


 頭も、さっきから少しぼんやりしている。


 疲れている。


 それくらいは、自分でも分かった。


 少し休んだ方がいい。


 そんな考えも、一瞬だけ浮かんだ。


 けれど、すぐに打ち消す。


「こんなのまで間違えてたら……」


 休んでいる場合ではない。


 机の上の時計を見る。


 今日の予定は、まだ終わっていない。


 手帳を開く。


 残っている。


 また残っている。


 一つ、線を引けなかった。


 昨日から持ち越したものもある。


 明日へ回せば、明日の予定が増える。


「時間が……」


 そこまで言って、口を閉じた。


 机の端には、T大の資料が置かれていた。


 その隣には、予備校の講師から渡された別の大学の案内が重なっている。


 青年の目は、迷わずT大の方へ向いた。


 資料を開く。


 研究内容を紹介するページを通り過ぎる。


 以前なら何度も眺めていた施設の写真にも、今日は目が止まらない。


 開いたのは、入試に関するページだった。


 必要な科目。


 過去の問題。


 自分に足りないところ。


 どうすれば届くのか。


 何を増やせばいいのか。


 何を、もっとやるべきなのか。


 青年はノートへ書き出していった。


 生物学を勉強したい。


 それが始まりだった。


 以前なら、T大という名前の向こう側には、大学で学ぶ自分の姿があった。


 知らないものを知る。


 自分で調べる。


 誰もまだ知らないことを、いつか自分でも確かめてみたい。


 けれど今、青年の頭を占めているのは、合格するために明日何をするかだった。


 その違いに、本人はまだ気づいていない。


「あと一問」


 問題集を開く。


「これが終わったら……」


 手帳を見る。


 次の予定が残っている。


「いや、こっちもやらないと」


 青年はページをめくった。


     ◇


 しばらくして、シャープペンシルの芯がなくなった。


 ノックする。


 出てこない。


 もう一度。


 やはり出ない。


「……こんな時に」


 替えを探して引き出しを開ける。


 ない。


 鞄の中も探す。


 見つからない。


 明日の朝に買ってもいい。


 だが、まだ勉強を続けるつもりだった。


 青年は時計を見る。


 近くのコンビニなら、それほど掛からない。


 上着を羽織り、財布を持って外へ出た。


 夜の空気が冷たかった。


 青年は早足でコンビニへ向かう。


 シャープペンシルの芯を手に取り、ついでに残り少なくなっていたルーズリーフも買った。


 会計を済ませる。


 店を出たところで、すぐに時刻を確認する。


「急ごう」


 帰れば、まだ続きをできる。


 青年は来た道を戻った。


     ◇


 住宅街へ入ったところで、人影が見えた。


 黒い服を着た男だった。


 街灯の下に、一人で立っている。


 青年は特に気に留めず、その横を通り過ぎようとした。


 黒服の男が動いた。


 青年の足が止まる。


 男が、こちらへ片手を差し出していた。


「……僕ですか?」


 返事はない。


 青年は周囲を見回した。


 ほかに人はいない。


「何ですか?」


 黒服は答えない。


 差し出した手も、そのままだった。


 手のひらには、小さなものが乗っている。


 何に使うものなのか、見ただけでは分からなかった。


 青年は眉をひそめる。


「これを……僕に?」


 黒服が、手をわずかに前へ出した。


 そして、一言だけ告げた。


「どうぞ」


 それだけだった。


 何なのか。


 何に使うのか。


 どうして自分へ渡すのか。


 何一つ説明しない。


 青年は黒服の顔と、その手のひらを交互に見た。


「いや、でも……」


 思わず時計を見る。


 こんなところで立ち止まっている時間さえ、今は惜しかった。


 黒服は何も言わない。


 急かしもしない。


 ただ、手のひらを差し出したまま立っている。


 青年は数秒迷った。


 そして、小さなものを受け取った。


 黒服の手が下がる。


「あの、これ――」


 尋ねようとした時には、もう黒服は背を向けていた。


「え?」


 青年が声を掛けても、振り返らない。


 そのまま静かに歩いていく。


 青年は手の中のものと、遠ざかっていく背中を交互に見た。


「何なんだよ……」


 追いかけようかとも思った。


 けれど、また時計へ目が向く。


 今日の予定が頭に浮かんだ。


「……もういいか」


 青年は渡されたものをポケットへ入れた。


 そして、家へ向かって足を速めた。


     ◇


 机へ戻ると、新しく買った芯をシャープペンシルへ入れた。


 問題集を開く。


 手帳を横へ置く。


 一問。


 答え合わせ。


 次の問題。


 時計を見る。


 手帳を見る。


 また問題集へ戻る。


 しばらくして、ポケットに何か入っていることを思い出した。


「あ……」


 青年は、黒服から受け取ったものを取り出した。


 机の上へ置く。


 改めて眺めても、何なのかは分からない。


 あの男のことも、よく分からなかった。


 一言だけ。


「どうぞ」


 それだけ言って、渡してきた。


「変な人だったな……」


 青年は小さく呟き、すぐに視線を手帳へ戻した。


 終わっていない予定が並んでいる。


 時計の針は、止まってくれない。


 一日は増えない。


 問題を一つ多く解けば、その分だけ別の時間が減る。


 復習を増やせば、先へ進む時間が減る。


 移動。


 食事。


 休憩。


 少しずつ削ってきた。


 それでも、まだ足りない。


 もっと速くできれば。


 もっと速く移動できれば。


 もっと速く問題を解ければ。


 同じ一日の中へ、もっと多くのことを詰め込めるのに。


 青年は眼鏡を押し上げた。


 そして、机の上に置かれた小さなものへ、もう一度目を向ける。


「……時間が足りないんだ」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 黒服から渡されたものは、何も答えない。


 青年も、それ以上は考えなかった。


 問題集へ視線を戻し、ページをめくる。


 あと一問。


 もう一問。


 できるところまで。


 時計の針だけが、そんな青年とは関係なく、いつもと同じ速さで進み続けていた。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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