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背高く生い茂った草むらを掻き分けながら、蒼龍が声を掛ける。
「紅、そちらに追い込むぞ」
「了解!」
草むらの外で紅は応える。草むらの中からは恐らく蒼龍が水遁を使っているのだろう、あちこちで勢いよく水柱が上がる。草むらの中を駆け回る気配は徐々に追い込まれ、こちら側へ迫り来る!
「ふんっ!」
気配が勢いよく飛び出して来たところに、紅は刀を抜き払――う事なく、代わりに大上段に構えていた巨大な網を被せた!
網の中には、一匹の大型犬がじたばたしながら収まっていた。
「本当にありがとうございました!チャッピーちゃんがいなくなってから私、ショックでどうにかなってしまいそうでしたわ!」
とある宿場町の屋敷の前で、全ての指に指輪をジャラジャラ付けた御婦人が蒼龍の手を取り礼を言う。握られた手に指輪がメリケンサックのように突き刺さり、蒼龍は痛みに眉を顰めた。
紅はチャッピーの頭を優しく撫でる。捕えられた当犬のチャッピーは、今は鎖で繋がれて大人しく座っているが、顔には「また遊んで!」と書いてある。どうやら捕物劇は彼にとって遊びの延長だったようだ。この様子だと、近い内に再び脱走するに違いない。
約束の報酬を受け取り屋敷を後にする二人を、チャッピーは尻尾をぶんぶんと振り見送った。
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桔梗の里を発った二人は、行く先々で魔物退治から盗賊討伐、脱走したペット捜索など、様々な依頼を受けながら旅を続けていた。
チャッピー一家と別れた二人は、次の街を目指している。
「次の街は美食で有名だそうだ。街の東西で、全く異なる種類の食べ物が楽しめる」
「美食…!」
地図を見ながら言う蒼龍の言葉に、紅の目は既にうっとりしている。こうなったらもう、頭の中は食べ物の事しかない。歩が自然とスキップになっている。
「蒼龍、早く行こう!」
数歩先を行き手招きをする紅の様子に、蒼龍は思わず苦笑した。その先にはもう、次の街が見えている。
嶺國より遥か南へ下った先、海と山に挟まれた土地に、都市国家である美食の街マルメッタはある。海と山の幸が豊富に採れることから、世界中から腕利きの料理人が集まりその腕を磨き、また美食家達はその料理を堪能する為に集う。初めての大きな街、その人の多さに二人は圧倒された。
既に夕刻、夕飯を求める人混みをかき分けて、とりあえず手頃そうな大衆食堂に入る。
「五人前お願いします!」
「俺にも同じ量を頼む」
席に着いた瞬間明らかに計算の合わない注文をする二人に、店主は絶句する。しかし二人にとっては普段通りの量。出された十人前を、あっという間に平らげていく。むしろ料理の美味しさも相まって、物足りなさすら感じる。
「すみませーん!お肉追加で!」
「魚もだ」
次々とテーブルに運び込まれる料理。周囲の客も、思わず食事の手を止めて注目する。
「あいつら、フードファイターか?」
「俺らより痩せてるのに怖えな……」
二人は注目されている事などお構いなしで、ひたすら食べ続けた。
腹も満たされたところで、食後のお茶をいただきながら、紅は店主に尋ねる。
「この街で何か困っている事とか、誰か困っている人とかいないかな?」
「それなら、東の旦那のところへ行ってやってくれないか」
聞けば、元々この街では、料理の方向性を巡り東西の有力者である料理人がお互いにいがみ合っているのだが、最近になってそれが悪化して、住民達は皆迷惑しているのだと言う。
加えて最近、西側は腕利きの護衛を雇ったらしく、やたらと圧が強くなってきているらしい。
「ウチの料理は東流で、旦那には世話になっているんだ。話だけでも聞いてやって欲しい」
「何か気乗りしないなあ」
「そうだな」
自分達から尋ねておいてそれはないだろう…と呆れる店主を尻目に、会計を済ませようと蒼龍は財布の中を覗く。
「……」
思った以上に金がない。紅を加えて二人分となった食費が家計を圧迫どころか押し潰さんという勢いになっている。頼みの綱である月イチの鱗が収穫(?)出来るのは恐らく十日後。しかもこの街は総じて物価が高い。食事代と宿代を支払ってしまうと、路銀が一気に心許なくなるのは明白だ。
「金は使えば減る」
「それくらいは分かるよ!」
「ならば稼ぐしかない」
「うわぁん…」
二人は渋々、東の有力者の元へ向かう事にした。
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翌日、二人は大衆食堂の店主に教えてもらった通り、街の東側に位置する巨大な料理店「開陳楼」を訪れた。
「ベロニカの奴めっ…!」
目の前の人物は、目を血走らせて机をダンッ!と叩いた。オーナーの東雲玄斎は痩せぎすの身体にてっぺんがだいぶ寂しくなってきた頭、青い顔、こけた頬、目の下には濃いクマとあまり健康的ではない。しかし、東側一派の中では一番の腕前で、最高の料理を提供する事で有名だ。
玄斎の話は以下の通りである。
西側一派を仕切るマダム・ベロニカが最近魔物を飼い出した。魔物を飼うのは金持ちの道楽みたいなもので、別段珍しい訳ではない。
しかし、そいつが夜な夜な東側の街中を徘徊して、ゴミは荒らすわ食糧庫は荒らすわで大変なのである。加えて、夜闇に光る双眸と地獄の底から湧き出てくるような鳴き声が不気味な事この上ない。追い払おうとした住人の中には怪我人まで出ている。
それならばと、番犬も兼ねてこちらも魔物を飼う事にした。
すると向こうまでも同じような被害を訴え出した。魔物には二十四時間見張りを付けているので徘徊などするはずもない。いちゃもんを付けられた挙句、今度は最近西側に出入りしている護衛の妙な奴までもが脅してくる。
だからこちら側も護衛を雇う事にした。護衛してくれ。
「……」
「…帰ろっか?」
子供の喧嘩レベルの話に、呆れて部屋から出て行こうとする二人。玄斎は慌てて、引き留めようと必死に足元へ縋り付いてくる。
「頼む!報酬は弾むから!!向こうの護衛、変に威圧感あって怖いんだよう!!」
紅はドン引きの顔で玄斎を見下ろし、蒼龍は眉間に手を当てて溜息を吐く。
その時。
「玄斎イィィィィイ!!出てきなさいよおぉぉぉぉお!!!」
窓の外から馬鹿でかい声。窓ガラスが砕けんとばかりにビリビリ震える。
「来たね」
「来たな」
紅と蒼龍は、窓越しに外を覗く。
そこには、ド派手な女性が仁王立ちしていた。紫色のカールさせた髪。お粉を叩き過ぎて真っ白になった顔に、バサバサと音を立てそうな睫毛と真っ赤に塗り潰された唇。背は高くないものの、玄斎の三倍はあろうかという巨体をいかにも高級そうなワンピースで包んでいる。西側で随一のレストラン「セント・ネル・コーレ」のオーナー、マダム・ベロニカだ。
ベロニカは「出て来い」と言ったにも関わらず、地響きのような足音を立てて玄斎の部屋へと乗り込んできた。
「玄斎ィ!あんた魔物を三匹増やしたそうじゃない!!馬鹿なの!?おかげで西側の食糧庫はグチャグチャよ!!」
「お前の方こそ、また二匹増やしているだろ!!こっちだって生ゴミ荒らされたりで迷惑しているんだ!!」
「はぁ!?」
売り言葉に買い言葉。紅と蒼龍は遠い目で二人の言い争いを見つめていた。
「あーら、ベロニカ落ち着いて?今日は話し合いに来たんでしょう?」
遅れて、ベロニカの護衛らしき人物が、ゴッゴッとブーツのヒールを鳴らしながら部屋に入ってくる。
すらりとした美しい肢体に、恐らく人工的に色を抜いたであろう透き通るような柔らかい蜂蜜色の髪が、腰の辺りまで豊かにかかる。造形の整った顔の中には、長い睫毛に縁取られ少し垂れた目に、レンズで調整しているようなくっきりとした空色の瞳。ぴったりとしたノースリーブトップスにゆるくフィットしたカーゴパンツ。腰には意匠性が高い脇差と小太刀の二本を差している。
そして――一見すると絶世の美女だが、身体つきは男性。圧倒的存在感。
紅はその人物を見て、驚いたように声を上げた。
「……卓!!」




