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茶を啜りながら一息付いた紅と蒼龍は、野営地を片付けていた。蒼龍は土遁で大きな荷台を作り、龍化した事により意図せず行われた森の伐採で発生した薪を載せる。
紅は荷物を背嚢へ仕舞い、焚き火に砂を掛けて火の処理をする。ふと、ちらほらと咲く紅花翁草の合間に、青くキラリと光るものを見つけた。拾い上げると、それは掌と同じ位の大きさをした、龍の鱗。
「それは俺の鱗だ」
土遁に薪を載せ終えた蒼龍が、紅が拾い上げた鱗を見て言った。
「龍に変貌する時に何枚か抜け落ちる。全て拾ったと思っていたが、まだ残っていたか」
「拾った鱗はどうするの?」
「売る」
「売る!?」
「漢方や防具の材料になる。高値で売れるから、ひと月分の食費には充分事足りる」
「蒼龍…想像以上にオカンだね」
「何だそれは」
驚く紅に、蒼龍は平然と答える。戦闘では万能、家事全般も得意ときて、財政対策も完璧。非の打ち所がない。
紅は手に取った鱗を朝日に翳す。薄ら透ける群青色の鱗は朝焼けの陽の光を通して、ところどころ玉虫色に美しく輝く。紅はしばらく眺めた後、蒼龍に尋ねる。
「蒼龍、この鱗貰っていい?」
「好きにしろ」
紅は新しい玩具を貰った子供のような笑顔で、鱗を懐へ、大切に仕舞い込んだ。
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庵へ戻ると、蒼龍は手早く朝食を作り食卓へ並べた。よほど腹が減っていたのであろう、二人は凄い勢いで掻き込む。
「昨日は炎出し過ぎたからお腹空いちゃって」
「俺も龍になった次の日は腹が減る」
言い訳じみた言葉を交わしながらひたすら食べて、体力を回復させる。十人前はあったろう食事は、あっという間になくなった。
朝食を食べ終え片付けを終えた蒼龍は、いつものように桔梗の里の見回りへ行く支度を始める。紅は自分の荷物を背嚢へ纏め直していた。
「これからどうするつもりだ」
何気なく尋ねる蒼龍に、紅は背嚢の口を閉じながら言う。
「特に決まってないよ。ひたすら歩いて、色んなところを見て回るつもり。ただ…」
紅は手を止めて、荷物に目を落としたまま寂しそうに笑った。
「一人だとちょっと寂しい。
一人の旅も良いけど、私は誰かと一緒に過ごす方が向いてるみたい」
細められた紅い瞳、少し八の字に下げられた眉、少し尖らせたように笑みの形を作る唇。その影のある笑顔が、妙に切なくて――
蒼龍の口から、自分でも驚くほど自然に言葉が零れた。
「ならば、一緒に行くか」
「え?」
紅は驚き弾かれたように顔を上げ、蒼龍を見つめる。蒼龍は紅の傍に立つ。
「一緒に旅に行くか、と言った。ここで出会ったのも何かの縁だろう。一人より二人の方が効率も良いだろうし、お前の事だから、腹を空かせて再び遭難しかねない。
それに、火の育て方もまだ教えていない」
「…いいの?」
「今更断るな」
紅の顔に、種火から広がる灯のように徐々に満面の笑みが広がる。立ち上がると、蒼龍の首に抱き付いて飛び跳ねた。
「やった!ありがとう蒼龍!」
「近い」
困ったように呟きつつ、蒼龍もどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
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紅を桔梗の里へ連れて行き、今朝拾い集めた龍の鱗を渡して薬師に売るよう言い含めた蒼龍は、土遁を使って崑崙山脈を一気に駆け上がり、山中深くにある燈照仙人の庵を訪れた。仙人は昼間だというのに、寝所の臥床に寝転がって酒を呑みながら、一人碁を打っている。簾を捲り部屋に入って来た蒼龍の方は見向きもしない。
「三年も音沙汰なしとは…随分と薄情な弟子じゃ」
「弁明の余地もない」
「それで、何の用じゃ?」
蒼龍は臥床の前に膝を付いて乞う。
「旅に出る事にした。留守の間、桔梗の里の事を頼みたい」
「嫌じゃ」
「……」
「面倒臭い。手土産もない、酒も持って来ない、おまけにお前は相変わらず」
辛気臭い、と言い掛けたが、仙人は蒼龍の顔を見て言葉を切る。
三年前、この庵を出て行く時、蒼龍の目は孤独しか映していなかった。この世界の誰とも関わらず生きていく事を決意したような、暗く悲しい目。
しかし今は違う。相変わらず無愛想な顔で仙人を見据えているが、夜空のように深い藍色の眼差しは、強く優しい意志を宿している。その瞳の奥に、孤独の影はもうない。
仙人は起き上がり、臥床より降りて蒼龍を見下ろす。
「『心』の修行…他者と関わる気になったか」
「ああ」
「そうか。やっとじゃのう」
仙人は白く豊かな髭を感慨深げに右手で撫でると、その下にある口元を安心したように緩めた。
「すまない」
「何がじゃ」
「面倒を掛ける」
「弟子は師匠に面倒を掛けてなんぼじゃ。気にするでない」
仙人は蒼龍の頭に、ぽん、と手を置き、無造作に纏められた黒髪を優しく撫でた。
「心の赴くまま、好きに生きるがいい。それもまた『心』の修行じゃ。
里は逃げんし、儂もまだまだ死なん。お前の帰って来る場所くらい、いくらでも守ってやる」
蒼龍はその言葉に立ち上がり、仙人に向かって静かに一礼した。
「感謝する」
「気を付けて行って来い」
「…ああ。行って来る」
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日が傾きかける頃、蒼龍は桔梗の里へと戻って来た。入り口では、いつの間に仲良くなったのか、子供達と戯れる紅の姿。誰とでもすぐに打ち解けるのは紅の才能だろうか、その光景に蒼龍は微かに笑みを浮かべる。
紅は蒼龍の姿に気付くと、子供達に別れを告げて駆け寄ってくる。
「蒼龍遅い!待ちくたびれた!」
「すまない」
紅は鱗を売って得た金銭を蒼龍に渡した。蒼龍はそれを自らの懐に仕舞う。二人は背嚢を背負い直した。
「では、行くか」
「うん!」
二人は山道を、並んで歩き出した。夕日が二人の姿を照らし、長い影を作り出した。
その後ろ姿を、水仙が里の中から静かに見送っていた。その表情は少し寂しそうだが、優しく微笑んでいる。
「行ってらっしゃい、ツァン兄さん」
呟くと水仙は、振り返る事のない二人の背中に向けて、小さく手を振った。
孤独だった龍と強く優しい炎は、共に新しい旅へと歩き始めた。




