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「……紅ちゃん!紅ちゃんなの!?」
紅に呼ばれた金髪の人物、卓は、紅の姿を認めると満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。そしてそのまま、意外と逞しい腕で紅を抱き締めると、愛おしそうに頬擦りする。
「アナタこんなところにいたのね!急にいなくなっちゃうんだから、緋夕のババア共が怒り狂って大変だったのよ!」
「えへへ、ごめんなさい!
蒼龍、この人卓っていうの。私の従兄というか何というか…」
「そこはオネエ様って紹介してちょうだい!」
卓は紅を名残惜しそうに解放すると、腕を組んで蒼龍の方へ向き直る。笑顔は崩さないものの、警戒の色を含んだ水色の瞳で値踏みするように睨む。
「アンタ何者?」
「楊蒼龍だ。縁あって少し前から紅と共に旅をしている」
蒼龍は卓の、決して好意的ではない視線を気にする事なく、ごく自然に名乗る。それだけ。卓は眉をひそめ訝しむ。
「…アンタ、アタシに対して何か違和感とか感じない訳?」
「何がだ?」
「アタシ男よ?オ・ト・コ。初対面の連中は大抵みんな変な顔するんだけど」
「お前は卓という名で、紅と親しい間柄なのだろう。俺にとってはそれだけだ」
蒼龍の予想外の反応に、卓は一瞬目を大きく見開いて呆けた顔をする。そのまま口を大きく開けて、大笑いを始めた。
「あっはっは!オネエになってから五年くらい経つけど、そんな事言われたの初めてだわ!」
卓は目尻の笑い涙を指で擦りながら、蒼龍の肩をぽんと叩いた。
「いい男じゃない。気に入ったわ」
「そうか」
「蒼龍だから『ロンロン』ね」
「その呼び方はやめろ」
ひとまず落ち着こうと、応接用のテーブルを挟み、東西二人が対峙してソファに座った。紅と蒼龍も玄斎を挟むようにして腰を下ろし、ベロニカの隣には卓が足を組み優雅に腰掛ける。
玄斎とベロニカの間には見えない火花が散っている。玄斎の使用人が両人の間にサッとお茶を用意すると、そそくさと退散していった。
「改めて聞きたいんだけど、アンタが一週間前に飼い始めた魔物は確かに一匹だけなのね?」
茶碗を啜り、ずい、と身を乗り出しながら尋ねる卓の圧に、玄斎は若干萎縮しながら答える。
「…っ!だから何度もそう言っているだろう!ベロニカの方こそ、一匹と言いつつもう二匹増えてるだろうが!」
「あたしのとこだってずっと一匹よ!言い掛かりはよしてちょうだい!」
「じゃあ一昨日東側の生ゴミ漁ってた二匹は何なんだ!私の所の魔物はずっとここに居たぞ!何度も確認している!」
「西側なんて昨日三匹現れて、干し肉ごっそり咥えて持ってかれたわよ!ウチの子なら卓ちゃんがしっかり見張ってたわ!」
再びぎゃいぎゃいと怒鳴りあう二人。紅はうるさいとばかりに耳を塞ぎ、蒼龍は眉間の皺に手を当てている。
「ちょっと落ち着きなさいよ」
卓は笑顔のまま、ガチャン!と勢いよく音を立てて茶碗を茶托に直した。その音に、ベロニカは思わず口を閉じ、玄斎は「ひぃっ!」と小さく叫び隣の蒼龍に縋り付く。
「おかしいじゃないの。どちらも飼っているのは一匹ずつ。じゃあ夜になると出て来る五匹は一体何なのかしら?」
卓の言葉に、蒼龍が顔を上げる。
「もしかしたら、姿形の似た他の魔物が街中に入り込んでいるのかもしれん」
手を顎に当て、なるほど、と頷く卓。はたと手を打つと、紅と蒼龍に言った。
「アンタ達、今夜街中で何が起きているのか調べてきなさい」
「私達が?」
「夜更かしは美容の敵なの。報酬はこの二人からたんまり払わせるから、頼んだわよ」
玄斎とベロニカの「え?」という顔を無視して、卓は勝手に話を進めていく。
「蒼龍、どうする?」
「路銀の事を考えると引き受けるしかあるまい」
「うへぇ…」
こうして、紅と蒼龍は深夜のマルメッタを調査する羽目となった。
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マルメッタは賑やかな街だが、遅くまで営業していた酒場が閉まると人通りも少なくなり、喧騒が嘘のように静かになる。夜もすっかり更け寝静まった街の通りを、紅と蒼龍は並んで歩いていた。恐らく魔道具であろう、ほんのりと光る街灯が石畳に二人の影を幾重にも描く。
紅は欠伸をしながら目を擦る。
「調べるっていっても、どこを調べればいいんだろ」
「魔物は食物を求めている。食糧庫や、食堂の残飯を集める場所を調べれば見つかるだろう」
「そっか」
食糧庫などは腐敗を避けるため、日が当たらない路地裏にあるはずだ。二人は大通りを外れ、街灯のない狭い路地を進んでいく。建物の間、入り組んだ道を進むと、やがて大きな食糧庫のある袋小路に辿り着いた。
「何もいなかったね」
「いや」
蒼龍が周囲の塀の上に隙なく目を配り、懐から符を取り出す。紅も続いて気配を察知し、鯉口を切り柄に手を掛ける。
纏わり付くような生温い風が二人の間を通り抜ける――
その瞬間、塀の上に幾つもの不気味な光が一斉に現れた!
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!!」
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
同時に響き渡る、地獄の底から湧き上がるような何とも形容し難い鳴き声!
「汚ったなっ!」
紅は思わず耳を塞いだ。蒼龍は印を組むと、符に向かって「敕!」と念じる。符は火遁となって燃え、辺りを明るく照らす。
塀の上には、幾つもの巨大な毛玉。
大きさは大人が両手でギリギリ抱えられるかといった具合、ふさふさの毛が全身を覆い、丸いフォルムを形作っている。毛玉からちょこんと飛び出す手足の先には、引っ掛かれたら痛そうな爪。毛玉の中央にキュッと寄った顔のパーツ、本来ならば黒くて丸い可愛らしい瞳でもありそうなものだが、代わりにあるのは猫のような吊り目。瞳孔が光を反射してギラギラと光っている。
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!」
そして、独特の汚い鳴き声。
「ポメラーニャンか」
蒼龍が毛玉の姿を認めて、その名を口にした。
「見た目は結構可愛いけど、魔物なの?」
「ああ。殺傷能力は低いが、農村部ではたまに大量発生して村民を困らせる」
「大量発生?」
紅が言うと同時に、ポメラーニャンの内一匹の毛玉がむくむくと膨らみ――ぽんっ、という軽い音を残して、その体は分裂した。
「……え?」
呆気にとられる紅。
「分裂型だ。適切に管理しないと際限なく数を増やす」
蒼龍は符を懐から何枚か取り出し、ポメラーニャン達の顔目掛けて投げつける!
「敕!」
素早く符呪術を唱える!ポメラーニャン達に貼り付いた符に「封」という文字が浮かび、一瞬輝いた、かと思うと、符はポメラーニャンの中へ吸い込まれるように消えた。恨めしそうな顔で一斉に蒼龍を睨むポメラーニャン達。眉間に皺の寄った顔がちょっと怖い。
「この場に居る奴らは、これ以上増えないように封印を施した」
ポメラーニャン達の抗議の顔をものともせず、蒼龍は続けて金遁で捕獲網を錬成すると、紅に手渡す。
「じゃあ後はこの子達を捕まえればおしまいだね!」
「ああ、見た目に反して凶暴だから気を付けろ。噛まれたり引っ掻かれたりで怪我したら後々感染症を引き起こすから、必ず言え」
「はーい!」
捕獲網を受け取り、ポメラーニャン達に飛び掛かる紅。汚い唸り声を上げながら抵抗するポメラーニャン達だが、次々捕えられていった。蒼龍は自らも捕獲網を操り、ポメラーニャン達を捕獲していく。
同時に、懸念。
ポメラーニャンの分裂に必要なのは、豊富な肉。性格は凶暴なものの殺傷能力の低いポメラーニャンは、あまり狩りをせず、大抵は動物の死骸などから微量を摂取している。農村部で大量発生するのは収穫祭などで残飯処理を適切に行わなかった結果である事が多い。
しかし、ここは人が多く住む街中。「肉」には困らないはず。
そして、殺傷能力が低いといえ、魔物は魔物。下手に手を出せば当然大怪我だ。人間にとっては害を為す存在である事には変わりない。
野良ポメラーニャンは五匹と聞いていたが、紅と蒼龍が放った捕獲網の中にいるのは、何故か合わせて十二匹。
(果たしてこれで全匹なのか)
蒼龍の嫌な予感は、翌日とんでもない形で的中する事となる。




