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しばしの沈黙の後、龍王は噛み締めるように呟く。
「其方は蒼龍と共に生きたとして、いつか彼を遺して逝く事になったとて、後悔はないと言い切れるのか?」
龍王は紅を見据える。紅は首を傾げ、少し考える。
「先の事はその時にならないと分からないけど…蒼龍が寂しくないように、自分が生きてるうちに、たくさんのものを残していくつもりだよ」
紅の言葉に、蒼龍は息を呑んで紅を見る。アオイ、アンバー、卓も、はっと顔を上げた。
天坑から差し込む陽の光が紅を照らし、その赤い髪が炎のように輝いている。
「そんなに蒼龍の事を心配してるなんて、やっぱりあなたは蒼龍のお爺ちゃんなんだね!
でもね、孫が選んだ道を見守ってあげるのも、お爺ちゃんの役目だと思うよ!」
柘榴色の目を細めて、紅は破顔した。
龍王は目を丸く見開いた。
蒼龍の父を連れ戻したのは、龍人族の王を継ぐ者として、その役目を全うさせる為だけではなかった。
人間という、圧倒的に寿命の短い者を愛する事で、いずれ訪れる、遺される痛みを味わって欲しくない――息子を想う、親心もあったのだ。
しかし、それは本当に親として正しい選択だったのだろうか。
親ならば、子の選択を信じ、尊重し、笑って送り出すべきだったのではないか。
どれ程悔やんだところで、過ぎた時は戻せない。
だが――この先、別の道を選択する事は出来る。
龍王は天を仰ぎ、呟いた。
「…祖父は孫の幸せを受け入れ、選択した道を見守る、か……確かに、その通りかもしれぬ」
しばらく思いに耽った後、顔を蒼龍の方へと向ける。
「…もはや其方の選択を否定する事はせぬ。だが、もし赦されるならば……残り少ない我が時間を、共に過ごしてもらう事は出来ぬだろうか。
龍人族の長としてではなく…ただの祖父と、孫として」
蒼龍は紅を見下ろす。紅は蒼龍を見上げると、頷いた。
「分かった」
蒼龍は短く、しかしはっきりと答えた。
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蒼龍は、龍王の屋敷で過ごす事になった。
龍王の居室は洞窟の奥にあった。玉座の間より一回り小さな天坑が開き、陽の光が差し込んでいる。臥床の周囲を取り囲むようにして植物が生い茂り、そのほとんどが、今や見る事のない古来種だ。
臥床の傍には、側面に龍の螺鈿細工が施された美しい本榧の碁盤が置かれていた。盤面には同じ意匠の碁笥、そして詰碁をしていたのか、黒曜石と白瑪瑙の碁石が整然と並ぶ。
「せっかくだ。付き合ってくれぬか」
龍王は碁盤の前に腰を下ろし、碁石を分ける。
「いいだろう」
蒼龍も腰を下ろすと、胡座をかいた。
天坑の外の遠くから、小鳥達のさえずりが聞こえる。静かな空気の中、パチ、パチ、と、碁石を打つ音が洞窟に響く。
蒼龍も龍王も、碁盤に視線を落としたまま、会話すら交わさない。いざ二人きりになると、何を話せばいいのか分からないのだ。
ただ、白と黒の碁石の応酬が続くのみだった。
蒼龍は目だけを上げて、目の前で胡座をかく龍王を見る。
碁盤を見つめる切れ長の瞳は、自分と同じ藍色。その瞳孔は爬虫類のように、縦に細く伸びている。顔には、特に眉間を中心に深い皺が刻まれ、王として苦労を重ねてきた事が窺える。
長く伸び、無造作に垂らされた群青色の髪は、白髪が混じり輝きを失っている。対して自分は艶やかな黒髪だ。しかし、その深い青色は、前髪の一房へと受け継がれている。
襟元から覗く首、そして碁石を打つ手の甲は、これもまた自分と同じような群青色の鱗で覆われている。陽の光を受け、玉虫色に美しく輝いている。
太めで直線的な鼻筋。角張った顎。余命幾ばくもないとはいえ、無骨で大きな身体。
見れば見るほど、自分とよく似ている。
(これが血縁というものなのか)
蒼龍は初めて相対する「家族」に、僅かに戸惑いを覚えながら碁を打った。
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紅達は、祖父と孫の残り少ない時間を邪魔しないよう、「龍の谷」の空き家となっていた洞窟を借り、しばらく滞在する事になる。
思いがけない珍客に、龍人の子供達は興味津々だ。親に止められようがお構いなしで、やたらと洞窟内を覗き込んでくる。
「アタシ達、すっかり見世物ねえ」
卓は子供達に向かってにっこりと笑ってみせる。だが、子供達は警戒しているのか、洞窟の入り口の陰から動こうとしない。
「僕らはともかく、卓は妙にデカくて妙に迫力ある、妙に綺麗なオネエさんだもんね」
「…アオちゃん、褒めてるの?貶してるの?」
「さあ?」
アオイは洞窟内に残されていた古い魔道具の卓上コンロでお湯を沸かし、紅茶を淹れた。卓はジト目でその姿を睨みつけ、紅茶を受け取る。
「しかし、ここはまるで遺跡だな。タルゥ式の魔道具なんて、もう二百年以上前の化石みてえなもんだ」
アンバーはコンロを手に取り、眺めた。懐かしさに思わず頬が緩む。
シャクティが食いつく。
「アンバー、お前は魔道具に詳しいのか!?」
「詳しいってか、昔は作る側だった」
それを聞いていたのか、入り口に張り付いていた龍人の子供達がざわつく。その内の一人が、おずおずと洞窟内に入ってきた。
「…お兄さん、魔道具を直す事も出来るの?」
「ん?タルゥ式は単純な構造だからな、多分出来るぜ」
アンバーの言葉に、龍人の子は瞳を輝かせる。
「じゃあ、壊れた魔道具見てもらえる?」
「ああ、じゃんじゃん持って来い」
アンバーはニヤリと笑った。人間の子供達には「顔怖い」と言われたが、龍人の子供達には無事受け入れられたらしい。
気付けば、洞窟は龍人の子供達がひっきりなしに出入りしていた。
壊れた魔道具を次々と持ち込んで来る子供達を相手にしているうちに、紅達はすっかり打ち解けていく。
人間も龍人も関係ない。少なくとも子供達にとっては、目の前の人間達は好奇心を刺激する相手だった。
道の途中で「見てはいけません」と母に注意されていた少年が、紅をまじまじと見つめる。
「どうしたの?」
紅は少年に微笑みかける。少年は相変わらず不思議そうな表情を浮かべていた。
「…お姉さん、どこかで見た事があると思って」
少年は記憶を辿るように目を閉じ、眉間に手を当てて考え込む。やがて思い出したように目をぱちっと開け、再び紅の顔を見た。
「…やっぱりそうだ。お姉さん、昔『龍の谷』に来た事あるでしょ?」
「え?」
きょとんとする紅に、少年は言葉を続けた。
「お姉さん、龍人の歴史書に出て来る女の子と、全く同じ顔してるよ」
少年の言葉に、卓の紅茶を飲む手が止まった。




