↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第十二話 約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/90

4

 龍王は蒼龍の姿をまじまじと眺め、やがて口を開く。

「なるほど…確かに強者の目をしている」

 品定めされていると感じ、蒼龍の眉間に微かに皺が寄った。

「俺はただ、お前の言い分を聞きに来ただけだ。要件があるなら手短に話せ」

「王に向かって無礼な!半端者の分際で!」

 玉座の傍で控えていた龍人の一人がいきり立つ。

「…半端者?」

 偏見に対して厳しい卓が、露骨に片眉を跳ね上げた。

「聞き捨てならないわね。アンタ達、ロンロンの何を知ってるのよ?」

 腕を組み、空色の瞳でギロリと周囲を睨み付ける。

「これは嬢ちゃんが言ってた、『一発ぶん殴って帰る』案件でいいんじゃねえか?」

「まあ、呼びつけられたからわざわざ来てやったのに、侮辱される謂れはないよね」

 アンバーは不愉快そうに拳を握り、指を鳴らす。アオイは肩に手をやり、首を捻った。

 妙な威圧感に龍人達は狼狽するも、負けじと睨み返してくる。人間という種族に対する軽蔑の視線が、一斉に五人に向けられた。

「この者は自分の出自を知らなかったのだ!もしお前達が、この者を龍人族の長として迎え入れたいと本気で考えているならば、然るべき説明をすべきではないか!?」

 険悪になった場を収めようと、シャクティが声を上げた。龍王が瞠目して蒼龍を見る。

「出自を、知らなかったと…?」

「ああ」

 呟くように漏れた言葉に、蒼龍は頷く。

「父はお前達が連れ去ったのだろう。母はまだ幼い俺を、狐狸精(こりせい)の群れから庇って喰い殺された。その後俺は、燈照仙人(とうしょうせんにん)という者に育てられた。

 俺には、父母どちらの記憶も殆ど残っていない。ましてや、両親が何者だったかなど知る訳がない」

 淡々と語る蒼龍に、龍王は思わず言葉を失った。


「…其方はあの時、父だけでなく母をも失っていたのか」

 ややあって、龍王が絞り出すように言う。踵を返すと、降りてきた時とは打って変わり、よろめくようにして玉座へと戻った。深く腰掛けると顔を伏せ、眉間に手を当てて、溜息を吐く。

「其方の喪失感も知らずに、心無い振る舞いをした。申し訳ない」

 体調を気遣い、杯を差し出してくる龍人に片手を上げて制すると、龍王は顔を上げて再び蒼龍を見た。

 今度は品定めをするような目ではなく、どことなく哀しげな、後悔の念を含んだ視線だった。蒼龍も僅かに目元を緩める。

「改めて、我が孫として…話を聞いてくれぬか。蒼龍よ」

「…いいだろう」

 龍王の頼みに、蒼龍は頷いた。


-----


 今より二百年ほど前、龍人は最盛期を迎え、谷のみならず、世界各地に散らばり生きていた。

 市井に混じり生活を送ると同時に、度重なる戦乱、そして人類の愚かな振る舞いを目の当たりにする。

「人間に至っては、『賢者の石』などという悍ましいものまで造り出そうとしていた」

「何で知ってんだよ…」

 アンバーは顔を背け、舌打ちをした。

「我々は一千年近い時を生きる。二百年前など、つい最近の話だ」

 次第に龍人達は自らを「神聖なる種族」と考えるようになり、人智を超えた力を振り翳すようになった。他の種族をあからさまに軽視し、驕り高ぶる。

 このままでは自分達が「災厄」と化し、世界の脅威となる――状況を憂いた先代である八代目龍王は、龍人達を連れ戻し、反抗する者には容赦なく制裁を下し、龍人族を「龍の谷」へと集め、外部との接触を固く禁じた。

 龍人は圧倒的な力を持つ故か、生殖能力が低い。これまで他の種族と交わる事で種を繋いできたが、それが閉ざされた事により、二百年のうちに個体数は十分の一まで減っていった。


「その様な時代に、其方の父――我が息子である龍人と、華國(かこく)の皇帝の娘は出会い、愛し合うようになった。

 龍人も人間も、互いの種族に偏見があったのは確かだ。ましてや王族同士、我々に限らず、華國の者達も、二人の仲を引き裂こうと躍起になった。

 だが二人は、姿を消した。娘の胎に宿った其方と共に」

 龍王は、蒼龍から目を離さずに語り続ける。

「我々は次の世代を導く存在として、我が息子を慈しみ育てていた。それが居なくなれば…優秀な指導者が居ない種族の末路など、目に見えているだろう。

 我々は必死で行方を捜し、遂に見つけ、そして……我が息子を無理矢理連れ戻した。其方の母は、其方を抱いて必死に山道を追い掛けて来たが…その後どうなったかまでは、知らなかった」

 恐らくその時、狐狸精の群れに襲われて、蒼龍一人を遺して命を落とした――自らの判断が招いたかもしれない悲劇に、龍王は今更ながら顔を歪ませた。

「なんて事……」

 卓が口元を覆った。


「『龍の谷』へ連れ戻した我が息子を、我々は次期龍王として閉じ込め、再度教育しようと試みた。

 だが…出来なかった。息子はひたすら、其方と其方の母への愛を叫び、そして我々への呪詛を吐きながら、食を断ち、死んだ」

『愛する者達と引き離された私の痛みなど、父上には解らないだろう…!人の心を持たぬ龍人など、滅んでしまえばいい……!』

 龍王の脳裏に、息子の悲痛な叫びが蘇る。

「自分の命を失う程の、愛……」

 アオイは目を伏せ、呟いた。


 龍王は蒼龍を見つめ続ける。

「龍王は代々、血縁を重んじる。我が息子亡き今、我が血縁は其方一人しかいない。

 其方は父も母も失った。しかも、己が半龍半人として、この世界ではどちらともつかぬ、孤独な存在だと理解しているのではないか?」

 蒼龍の眉間に、微かに皺が寄る。

「我々なら、其方に居場所を――家族を与えてやる事が出来る。王として、種族を護る役目を与えられる。

 蒼龍よ、我が跡を継いで、龍王になるが良い」

 龍王は蒼龍を誘うように、ゆっくりと手を伸ばした。


-----


 蒼龍は一度も目を逸らす事なく、また、いつも顔面に貼り付けている無愛想な表情を崩す事もない。

 ただ静かに、一言だけ答えた。

「断る」

 龍王は思わず目を細める。蒼龍は構わず、言葉を続ける。

「確かに俺の中には龍人の血が流れている。お前の孫だというのも事実だろう。

 だとしても所詮、俺は人間とも龍人とも言えない『半端者』だ。自らの存在を、呪わしいと思った事さえあった。故に孤独を選んだ事もある」

 自らの意思に反して龍と化し、大切な「祖父」たる燈照仙人を傷付けてしまった。また誰かを傷付けるくらいなら、いっそ孤独の中で生きていこう――そう思っていた。

 蒼龍は目を閉じて、一息付く。

「だが、紅と出会い、アオイ、アンバー、卓と共に旅を続け――俺はこれまでの旅路で、自分が孤独ではないと知った」

 蒼龍は目を開き、自分の横に並ぶ四人の姿に視線を送る。


 冷静で合理的で落ち着いた、怪我をすれば呆れた顔で治療を施し、それなのに人一倍信頼を寄せてくる少年。

 飄々としていい加減で掴みどころのない、気付けば互いに背中を預け合い戦う、誰よりも情が深い男。

 陽気で辛辣で破天荒で、人の迷惑を考えずにはしゃぎ回る癖に、何故か人の機微には恐ろしく敏感な人物。


 そして――お人好しで、小さな身に誰一人取り残さない深い愛情を湛えた、温かい炎のような少女。

 初めて、この先も共に生きていきたいと思えた、かけがえのない存在。


「血の繋がりや種族だけではない。共に過ごし、生きていきたいと思える大事な存在こそが、家族というものだろう。

 俺の居場所は『龍の谷』ではない。今ここに居る四人が、俺が護りたいと思う、居場所だ」

 蒼龍は静かに、きっぱりと言い切った。


-----


 龍王は蒼龍の言葉にしばし黙り込む。伸ばしていた手を静かに下ろすと、蒼龍の傍に並ぶ四人を順に眺めた。

「其方にとって、その者達はそれ程まで大事だと言うのか」

「そうだ」

「…己に流れる龍人の血に叛いてまで、その四人を選ぶと?」

 蒼龍の眉が、ぴくりと動く。

「何が言いたい」

「龍人の血が流れている以上、其方も一千年の時を生きる可能性がある。即ち、その者達との別れは早い。

 それに、人間は脆い。其方も、自分の身体が人間とは異なる事くらい、既に承知のはずだ」

「…龍の鱗……それと、異常な回復能力…」

 アオイが呟き、蒼龍を見た。服に隠れているが、蒼龍の肩や背中、脇腹などは、部分的とはいえ頑丈な鱗に覆われている。加えて、どんなに重い怪我を負おうとも、一週間もすればほぼ完治してしまう。

 それは、蒼龍の身体に流れる龍人の血が成せる事だったのだ。

「人間の寿命などせいぜい百年も持たぬ。龍人の社会で家族を築くのであれば、同じ時を同じように、共に過ごしていける。

 人間を相手にする以上、愛する者達が自分より早く居なくなる事実は、どう足掻いても変えられぬ。其方は耐えられるのか?」

 龍王の言葉に蒼龍は詰まり、拳を握り締める。

 アオイ、アンバー、卓も、思わず顔を伏せた。自分達はあくまで人間――いずれ、蒼龍一人を置いて、この世を去らなければならない。

 種族の隔たりという、突然降って湧いた現実に、言葉が出ない。


 その時、ずっと黙っていた紅が、一歩前に進み出る。

「あなた、蒼龍のお爺ちゃんなんだよね?」

「…は?」

 おもむろに発せられた紅の言葉に、何を今更、といった様子で、龍王は呆けた顔をする。


 紅は気にも留めず、言葉を続ける。

「お爺ちゃんなら、どうして孫に家族が出来た事を素直に喜んであげられないかなあ?どんな形であれ、孫の幸せを受け入れるのが、お爺ちゃんの愛情なんじゃないの?」


 玉座の間の空気が、ぴたりと止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。