3
シャクティの案内で、五人は華國は蓬莱山の奥深くにある「龍の谷」を目指す。
「蓬莱っていうくらいだから、もっと風光明媚かと思ってたのにい…」
卓がぜえぜえ息をしながら呟いた。
「蓬莱山」とは名ばかりで、実際には花崗岩の峰々が屏風のように連なった、険しい断崖が続いていた。狭い獣道には熊笹が生い茂り、葉先が肌を容赦なく突いてくる。
加えて、藪や岩陰に潜んでいた魔物達がひっきりなしに襲い掛かって来る。
「オレ達ぁ秘境目指してんだろ?のんびり登山って訳にはいかねえよ」
アンバーがシリンダーから空の薬莢を排出し、魔弾を装填する。足元には眉間を撃ち抜かれた狐狸精が転がっていた。その躯は、まるで雷に打たれたかのように所々焦げ付いている。
「銃で『能力者』と同じような力を発揮するとはな!お前の武器は非常に興味深い!」
シャクティはアンバーの操る魔弾に興味津々だ。禁術という事は全く気にしていないらしい。
アンバーは得意げに笑うと、シリンダーを親指で閉じた。
「威力は到底及ばねえけどな」
「いや充分だ!その辺のユピテルよりよっぽど強いぞ!」
「アンバーとシャクティ、すっかり仲良しだね!」
紅が嬉しそうに声を掛けると、アンバーはシャクティと肩を組む。
「こいつ、何か初めて会った気がしねえんだよ」
「オレもそう思っていた!お前とは何故か波長が合うな!」
すっかり意気投合した二人は、互いに顔を見合わせると豪快に笑った。その様子を、アオイが冷ややかな目で見つめていた。
「…混ぜてはいけない二人を混ぜてしまっている気がする」
蒼龍は金遁で造り出していた偃月刀を一振りする。偃月刀は光の粒子となって符の姿へ戻り、役目を終えた符は灰となって、虚空へと散った。
辺りには斬り捨てられたり撃ち抜かれたりした狐狸精達の屍が転がっていた。その合間には、紅花翁草が可憐な花を咲かせている。紅の炎に焼かれた灰から生まれた、破壊と再生の象徴だ。
ふと、初めて紅と出会った日を思い出す。あの日もこうして、桔梗の里に害を成そうとする狐狸精達を二人でひたすら討伐していた。
そんな血生臭い場所で、二人は互いの異形を知った。だが、炎帯人である事も、満月の夜に龍へと変貌する事も、相手を拒む理由にはならなかった。
あの時から、二人の間には不思議な信頼関係が生まれていた。いや――思えば、出会った瞬間からそうだったのかもしれない。
「ならば、一緒に行くか」
自然と口にしていた言葉。
その言葉から始まった旅は、いつしか五人の旅となった。道中で出会った数々の人との繋がりを通じて、蒼龍の「心」の修行は続いていく。
そして、その旅の中心には、当然のように紅が居る。誰一人取り残さず、周囲を温かく包み込む、強くて優しい炎。
「会ってみない?」
紅の一言に背を押されるようにして、蒼龍は今、自分自身の起源へと歩を進めていた。
-----
蓬莱山へ入って数日、花崗岩の険しい峰々はいつしか姿を消し、石灰岩が長い歳月をかけて削られた、奇妙な岩山が広がっていく。切り立った断崖に挟まれ、深い霧に覆われていた景色がふいに開けた。
そこには、カルスト地形の只中に一つの集落があった。険しく切り立った岩山と同化するように石造りの家屋が建ち並び、岩山同士は天然のアーチを築く。渓谷の底には巨大な湖が横たわる。エメラルドグリーンのその水は恐ろしいくらい透き通り、水の中では流木を苗床に水中植物が繁茂し、まるで森のように湖底に広がっていた。
そして、渓谷の間を縦横無尽に飛び回る、数々の龍の姿。
「すごい…」
幻想的な光景に、紅は思わず嘆息する。
「龍の谷」が、眼前に広がっていた。
谷へ降り、龍王の屋敷へと赴く途中、龍人達とすれ違う。
龍人達は顔立ちも四肢も人間と近い。だが、顎周り、更に首より下はびっしりと鱗で覆われている様子が、衣服の隙間から見て取れる。本来なら耳がある場所からは鰭のようなものが生え、髪はおおよそ人間ではあり得ない、鮮やかな色をしている。
「…でっか」
顔見知りであろう、シャクティと挨拶を交わす龍人を見て、紅が思わず呟く。龍人達は総じて背が高く、長身の蒼龍でさえ小さく見え、紅に至ってはもはや小人である。
「その辺はやっぱり龍ならでは、ってところなのかしらねえ」
ヒールのお陰もあって高身長のはずの卓も、その巨体に圧倒されていた。
五人はやがて、龍人達が自分達へ向ける視線に、妙な気配が含まれている事に気付く。
「あまり歓迎されてないみたいだね」
アオイが道行く龍人達の顔色を伺いながら言う。その言葉通り、龍人達は五人を目にすると、爬虫類のような瞳を細め、一瞬で目を逸らしていく。
そこに含まれる感情は、恐らく――侮蔑。
「流石にいい気分はしねえな」
アンバーが眉を顰めて、不愉快を露わにする。
「龍人達には『人間は弱き者』という認識があるんだ!オレ達ユピテルは古くから交流があるから表面上は上手くやっているが、内心どう思われているかは分からん!」
シャクティはガハハ、と笑い、その肩を勢いよくバシバシと叩いた。あまりの激しさに、アンバーの眉が更に顰められた。
紅は向かい側からやって来る、龍人の母子と目が合う。
紅と同じ背丈の少年だが、恐らく年は見た目よりも幼いだろう。紅達を不思議そうに見つめてくる。
「お母さん、あの人…」
「見てはいけません」
母親にぴしゃりと言われ、少年は目を伏せる。そのまま、挨拶すら交わす事なくすれ違った。
紅は振り向き、母子の後ろ姿を見送る。その目は、少し寂しそうに細められていた。
-----
龍王の屋敷は、断崖絶壁に出来た洞窟を利用した、無骨なものだった。シャクティの姿を認めた側近の者達が近付いて来ると、すぐに中へと通された。
洞窟の先、天坑が開き陽の光が差し込む玉座に、一人の老人が厳しい顔付きで座っていた。龍人特有の外見に加え、群青色の長い髪には白い毛が混じり、顔色は芳しくない。しかし、深い藍色の目は未だ衰えを見せず、眼光は鋭い。
シャクティが前に進み出て、片手の拳をもう一方の掌で包み、胸の前で抱拳礼をする。
「龍王殿!龍人の善き隣人である雷の民、シャクティが、貴殿の孫である蒼龍をここへお連れした!」
洞窟中に響き渡る大きな声に、老龍人――龍王は玉座よりゆっくりと立ち上がると、悠然とした足取りで向かって来た。
そして、蒼龍の前に立つ。蒼龍よりも頭一つ大きな龍王は、視線のみを落として蒼龍を見下ろす。
「其方が我が孫…蒼龍か」
落ち着き払った声は、蒼龍とよく似た色を滲ませる。
威圧的な態度に臆する事なく、蒼龍は目の前に立つ龍王を見据えた。
「お前が俺の祖父か」
二対の藍色の瞳が、真っ直ぐに互いを射抜いた。




