1
シュタールライヒを出立してから一月と少し、五人は相変わらず行く先々で、魔物退治から盗賊討伐、荷馬車の護衛、恋敵同士の決闘の立ち合いから二人纏めてフラれるまでを見届けるなど、様々な依頼を受けながら旅を続けていた。
途中で立ち寄った山奥の小さな村で、子供達への読み聞かせを頼まれる。芸の引き出しが多いアンバーが任せろとばかりにしゃしゃり出たが、「おじちゃん顔怖い…」と子供達にビビられて、無情にも選手交代を告げられる。
結局、卓が読む事になった。こちらも芸達者なのは天性だろうか、妙に上手い語り口調に、子供達は夢中になって聞き入った。
――むかしむかし、あるところに龍の王子さまと人間のお姫さまがいました。森の中で出会った二人は仲良くなり、やがて恋に落ちました。
龍と人間の恋は許されません。二人は逃げて逃げて、山奥の小さな小屋で暮らしはじめます。やがて二人の間にはかわいい子どもが生まれ、三人で静かに幸せに暮らしていました。
しかしある日、怒った龍の王さまがあらわれて、王子さまを自分の国へ連れ戻してしまいました。お姫さまは悲しみのあまり、死んでしまいました。
一人ぼっちになった子どもは、泣いて泣いて、やがて龍となってお空へ飛んでいきました。――
「…何かどっかで聞いた事ある話だけど、可哀想だよね」
紅は絵本相手に本気で憤慨している。
「子供向けとは思えない」
アオイは片眼鏡を押し上げて、溜息を吐く。
「童話なんてのは意外と容赦ねえんだよ」
アンバーは自分が読み手を断られた事を、まだ根に持っているらしい。
「オネエちゃん…一人ぼっちになった龍の子は飛んで行った後、どうなっちゃったの?」
「そうねえ…」
悲しそうな顔をする村の子供達に問われ、卓は頬に手を当てて考え込む。ふと蒼龍が目に留まった。
「…多分、飛んでった先で新しい家族を見付けたんじゃないかしら」
「それなら寂しくないね!」
子供達は、ほっとしたような笑顔になる。
「お前、たまにいい事言うじゃねえか」
「失礼ね、アタシはいつもいい事しか言わないわよ」
揶揄うようにニヤつくアンバーの発言に、卓は不服そうに髪を掻き上げた。
蒼龍はただ、腕を組んでじっと聞いていた。
人間と龍の間に生まれた子供――自分と同じ境遇だ。
だが、蒼龍は両親について、ほぼ何も知らないと言っても過言ではない。自分を拾ってくれた燈照仙人からは、母親は自分を狐狸精の群れから庇って死んだ、と聞いている。父親に至っては行方知れずだ。そもそも父親はおろか、母親の記憶でさえ朧げなものだ。
自身の身体の特徴から察するに、父親は龍人、母親は人間。半龍半人の、異形のもの。満月の日には龍に変身し、理性は消え本能しか残らない。
人間とも龍ともどちらともつかない自分に、一時は絶望し、誰とも関わらずたった一人で生きていくと決めた事もあった。
しかしある日、一人の少女と出会った事で全てが変わった。
人一倍お人好しで、まるで周囲を温かく包み込むような炎を持つ少女。
一人で旅をしていた少女の「ちょっと寂しい」という一言に、咄嗟に「一緒に行く」と応えてから一年半が過ぎた。
二人だった旅はいつの間にか五人になり、依頼を受け路銀を稼ぎ、飯を囲み、笑い、泣き、毎日が騒々しく過ぎていく。
――絵本の子供も、自分と同じような日々を送れていたら良いと、心から思う。
「蒼龍どうしたの?何か嬉しそうだけど」
紅が蒼龍の顔を覗き込んでくる。蒼龍は少し顔を俯け、自分よりも随分背の小さな紅の顔を見下ろした。
「…卓が、随分良い事を言うと思っただけだ」
自分を真っ直ぐに見つめてくる柘榴色の瞳。その視線を少しくすぐったさを感じつつ、蒼龍は僅かに口角を上げた。
-----
すっかり寝静まった村の空高く、少し欠けた月が昇る。
カーテンの隙間からぼんやりと差し込む月の光に、蒼龍は目を覚ます。ゆっくりと身体を起こすと、部屋に並ぶ寝台を見渡した。
紅はうつ伏せの状態で身体をくの字に折り曲げた、芸術的な姿で寝ている。アオイは気配こそないが、確かに寝台の中にいる。アンバーは十秒に一度寝返りを打ち、鼾をかきながら眠る。卓はナイトキャップを被り胸元で手を組み、まるで姫のようにスヤスヤと寝息を立てている。
蒼龍は皆を起こさぬよう静かに寝台から降りると、夜着から普段の旅装に着替える。いつもの群青色の道着は羽織らずに、部屋から出た。
宿を出ると、月の光を背に一人の青年が立っていた。神秘的な碧い瞳と薄い金色の髪、そして肩に担いだ巨大な槍斧が、朧夜に幻想的に浮かび上がる。
「よっ!」
青年はご近所で出会ったかのような気軽さで、左手を上げて馬鹿でかい声を掛けてくる。
「お前、楊蒼龍だな!?」
「そうだ。お前は誰だ」
眉をひそめて訝しむ蒼龍の表情に対して、青年は笑顔を崩さない。
「オレはシャクティ!ユピテルだ!お前を捜していた!」
青年――シャクティの言葉に、蒼龍は首を傾げる。勿論、捜される覚えなどない。
シャクティはお構いなしに喋り続ける。
「龍人の王に、お前を龍の谷へ連れて来るように頼まれてる!大人しく着いて来るなら」
「断る」
「だよな!」
間髪入れずに言い放つ蒼龍に、シャクティは歯を見せてニヤリと笑う。担いでいた槍斧を下ろして両手に持ち替えると、大上段に構える。
その身体を電流が覆い、パチパチと音を立てる。
「じゃあ…力づくで連れて行く!」
シャクティの目が一瞬凶暴に光る。同時に、地面が雷鳴と共に青白く爆ぜると、その身体が蒼龍に向かって電光石火の如く突っ込んできた!
-----
「敕!」
蒼龍は符に気合いを入れ、金遁で棍を造り出すと、振り下ろされたシャクティの槍斧を受け止める!
そのまま二人は打ち合う!シャクティが槍斧を横薙ぎに振るえば蒼龍は棍を立てて受け止め、蒼龍が棍を上段から振り下ろせばシャクティが槍斧の鉤で流す。武器がぶつかり合う度、鋭い金属音と共に青白い火花が飛び散った!
「やるな!」
互いに決定打を入れられないにも関わらず、シャクティは嬉しそうに笑う。槍斧を握っていた左手を離すと、身体に纏っていた電流を集中させる!
「だが、これはどうだ!?」
左手を突き出し、蒼龍目掛けて雷電を放出させる!
蒼龍は組み合わせていた棍を手放し、懐から符を抜き取る。「敕!」と気合いと共に、符は方天戟へと変化した!蒼龍は襲い掛かる雷撃を刃で受け止め絡め取ると、武器ごと横に放り捨てる!雷を纏った方天戟は地面に突き刺さり、巨大な落雷音を轟かせた!
蒼龍はそのままシャクティの懐に潜り込むと、体術を仕掛ける!
「おいマジか!?オレに触れたら感電するぞ!」
雷を身に纏ったままのシャクティが、思わず焦りの声を上げる!
しかし蒼龍は臆さない。その手には、いつの間にか水遁――混じり気のない真水の膜が張られていた。水の奔流がシャクティの雷を受け流し、その力を逸らせる!
蒼龍はそのまま、シャクティの鳩尾に渾身の掌底を叩き込んだ!
「がっ…!!」
強烈な一撃にシャクティは白目を剥き吹っ飛ばされ、仰向けに地面に倒れる!そのまま意識を失い、動かなくなった。




