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アオイと蒼龍に応急処置を施した後、アンバーがアオイを背負い、五人とクララは研究所を出た。
外には警備兵団の他に、司法当局の捜査官達の姿があった。魔装具という禁術を開発していただけに留まらず、議員を不当に拘束した上に「賢者の石」という禁忌を犯していたのだ。流石に看過出来なくなったのであろう。
「シュタールライヒ国王及び本件の関係者全員を、法の名の下に逮捕する!」
捜査官が宣言すると、国王を捕える。それを皮切りに、警備兵団が研究員達と近衛兵団、そして傭兵団を次々と拘束していった。近衛兵団の一部は抵抗しようと、サーベルに手を掛ける。
「やめよ!」
国王の鋭い声が響く。
「もう良い…我々は不相応の力に手を出そうとし、数多くの人命を犠牲にしたのだ。その罪は、身を以て償わなければならぬ」
国王の言葉に、近衛兵団は諦めたようにその動きを止めた。
国王は何かを思うように研究所に視線を巡らせ、そこから出て来たばかりのアンバー達に目を止める。
「そなた…」
少し不機嫌そうに眉を顰めながら、それでいてどこか吹っ切れたような金色の目をした男の顔に、国王は悟る。
「…止めてくれた事、感謝する」
国王はアンバーに向かって、深く頭を垂れた。
アンバーはただ、無言で頷いた。
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事件後の一週間は、目まぐるしく過ぎた。
元来三権分立が機能していた国だけあり、議会と司法が事態の収拾に動き、国王の身柄が拘束されても国全体が大きく混乱する事はなかった。
蒼龍とアオイは、あの後すぐに治療院送りとなった。
蒼龍はまず、身体を覆う鱗で治癒師達を驚愕させると、翌日には折れた骨が半分以上くっ付いた事で更に白目を剥かせた。三日ほどであっさりと全快し、治癒師達の知的好奇心を存分にくすぐったが、本人は全く取り合わずとっとと治療院から退散し、ヨハネスの両親が営む宿へと戻っていった。
アオイの傷は深かったものの、本人による適切な応急処置のお陰で大事なく回復に向かった。そればかりか患者の癖に、やたら口うるさく治療方法に指示を出す。
「そうじゃない」
「ここはこう」
「それ違うから。貴方本当に治癒師ですか?」
容赦ない指導に、治癒師達は半泣きだ。結局治療の大半を自分の手で済ませ、アオイも無事退院する。
「これからも治癒師として、もっと技術の研鑽に努めて下さいね」
「…ありがとうございました…」
一週間に及ぶ入院中、手持ち無沙汰に任せて書き溜めた治療技術の覚書の山を院長に手渡し、アオイはにっこり笑って去っていく。治癒師達はげっそりとした顔で見送った。
ヨハネスの事は、クララが「殉職」として周囲に報告した。報告を受けた両親は当然、遺体も残らなかった息子の死を悲しむ。特に母親の慟哭は、思わず顔を背けたくなるものだった。
「少し…話さないか?」
アオイが宿に戻って来たその日の夜、五人が過ごす部屋をヨハネスの父親が訪れた。アンバーが椅子を引いて、座るように促す。
父親の話は、何の変哲もない、ただの思い出話だった。息子が生まれた日の事、成長していく様子、警備兵団に入団した日の事、そして、ヨハネスの人となり。
「優しい息子だった…最期まできっと、何かを守りたいと思っていたんだろう。我が子ながら誇りに思うよ。だが…」
父親は目頭を押さえ、俯く。
「親より先に逝くなんて…残された方はどうすればいいんだよ……」
「そのまま生きてくしかねえだろ」
アンバーが立ち上がり、父親の肩に手を添える。父親が涙に濡れた顔を上げた。
「あいつが守りたかったのはきっと、あんたらの変わらねえ生活そのものだ。哀しみばっかに囚われねえで…でも、あいつの事を忘れずに、これから続く日々を懸命に生きてけばいい」
「……辛いな」
「ああ。残していく方も、遺された方も、な」
父親は困ったように微笑む。アンバーも眉を寄せて、僅かに目尻を下げた。
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翌朝、五人はシュタールライヒを出立する。外門には、クララが見送りに来ていた。
「これからも変わらず…ヨハネスが守りたかったものを守っていくわ」
クララは胸に手を当て、身に付けた隊服を軽く握り締める。ヨハネスは身体はおろか、身に纏った隊服ごと消滅してしまった。黒色の、地味だが仕立ての良い、警備兵団としての誇りを示すその服こそが、ヨハネスとの繋がりを感じさせる、唯一遺されたものだった。
アンバーが、ふ、と軽く笑い、手を差し出す。クララは胸に当てていた手を解き、アンバーの手を取る。二人は握手と共に、視線を交わした。
「じゃあな」
「ええ…元気で」
アンバーはクララの手を離すと身を翻し、歩き出す。四人もその後に続く。
シュタールライヒから伸びる街道は、到着した時の暗い雨とは打って変わって、優しい陽の光に照らされていた。
しばらく進んだところで、紅がアンバーに尋ねる。
「アンバー、いつの間にかクララさんと仲良くなってたんだね!」
「ん?…まあな」
アンバーは視線を明後日の方向へ向け、首筋を掴みながら答えた。若干気まずそうなその様子に、卓ははたと思い至る。
「…アンタまさか」
卓は紅に聞こえないよう、アンバーに耳打ちする。アンバーはニヤリと笑い、卓の耳元でぼそっと呟いた。
「あんないい女、オレが放っとく訳ねえだろ?」
蒼龍とアオイが入院していた夜、紅とアンバー、卓の三人は、クララの誘いを受けて酒場で夕飯を食べた。「飲み足りねえ」と抜かすアンバーを置いて、卓は紅を連れて宿に戻った。当然、クララと二人きりだったはず。その後は……知らない。
「…ホントにアンタってヤツは……」
卓はこめかみに手を当てて、盛大に溜息を吐いた。
「その享楽的な生き方どうにかしなさいよ」
「何だよ、誰にも迷惑掛けてねえだろ。それも含めて人生だ」
アンバーは笑いながら言うと、遠ざかるシュタールライヒの方を振り返る。
「…まあ、人生繰り返してりゃ道を踏み外す事だってあるだろ。もしかしたらオレ自身がヨハネス…オルロフみてえになってたかもしんねえからな」
アンバーの顔から笑みが消え、遠い目になる。風がざあっと吹き、橙色の癖毛を揺らす。
「だからこそ、オレがオレであるうちに…九回目のこの人生で、オレという存在を終わらせてえ。
最後の人生で思いっきり笑って泣いて、愛する女抱いて、ジジイになってから死んでみてえ」
「じゃあそうしようよ!」
後ろから聞こえてきた声に、アンバーは振り向く。紅が満面の笑みを浮かべていた。
「『刻喰い』…だっけ?見つけて、ぶっ飛ばせば何とかなるんじゃない?」
あっけらかんとした紅の言葉に、アンバーは呆気に取られる。
「一理はある」
「あのねえ…君は相変わらず解決法が雑過ぎる」
妙に納得した様子の蒼龍に、アオイは呆れて肩を竦める。卓は笑いを噛み殺していた。
アンバーはしばらく呆けていたが、やがて目を細めると、歯を見せて笑う。
「…嬢ちゃんが言うと、何かホントに出来そうな気がするわ」
八度の転生を繰り返し、九度目の人生を生きる男の、昔から変わる事のない金色の瞳が、嬉しそうに光った。
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紅はふと歩みを止めて、街道を挟む草原の向こうを眺める。
研究所を出た時、司法当局の捜査官の中に、とある人物の姿を見つけた。
目を離せば、顔も姿も記憶からこぼれ落ちてしまいそうな、奇妙な儚さを持つ人物だった。声を掛けようとした時には、もう見失っていた。
今はもう、顔も姿も思い出せない。しかし、その人物が「居た」という事は、鮮明に覚えている。
「……次会ったら、殴らせてね」
誰にともなく呟き、紅は柔らかく微笑む。
そのまま、少し先に進んだ四人の背中を追って、駆け出した。
少し強くなった風が、草原を揺らし、駆け抜けていった。




