9
爆風が荒れ狂う中、アンバーが叫ぶ!
「お前ら聞け!オレは『賢者の石』なんざ作ろうとする馬鹿野郎共の為に、破壊する方法をずっと考えてた!」
二百年前、暴走を止められなかった後悔――転生を重ねる中で、頭の中で導き出した方法。
「『賢者の石』を作る魔石の力――炎と氷と雷の内どれか一つを消した上で、三つの力を纏めてる生命力を完全に解放しちまうんだ!そうすりゃ『賢者の石』としての力は保てなくなる!」
「『賢者の石』を構成する要素自体を壊すって事…!?方法は!?」
アオイが自らの脇腹に布を強く押し付け止血しながら、戸惑いの目を向ける。
「目の前にあんだろが!」
アンバーの瞳は、小さな少女を見つめている。地獄のように残酷で、天のように浄らかな、不思議な美しさを持つ、炎。
「炎帯人の炎なら――出来る!!」
アンバーは右手の銃のシリンダーを開き、空になった薬莢を排出する。鈍い金色が大理石の床に落ち、軽く弾けるような音を立てた。
懐から弾丸――ダイヤモンドの弾頭を持つ魔弾を取り出すと、薬室に装填する。シリンダーを親指で押し戻す。
そのまま左手を添え、血の滲む額に銃の頂板を押し当て、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
二百年前の光景が、瞼の裏によぎる。
「今度こそ……一気に決めるぞ!」
アンバーは目を見開くと、額から銃を離し撃鉄を起こし、衝撃の中心にある「賢者の石」を睨み付けた!
-----
亀裂が入り、至る所をぼろぼろと崩しながらもなお、オルロフは立っていた。
もはや口なのかすら判別出来ない器官を大きく開き、圧縮した衝撃波を放ってくる!
「敕!」
全員の前に立ち塞がった蒼龍が、符を掲げた右腕を突き出し、気合いを吐く!符界術――見えない障壁が現れ、衝撃波と激突する!衝撃波は相殺されるが、捌き切れなかった余波が蒼龍の腕を襲う!蒼龍の腕が、みしり、と嫌な音を立てた。
「悪りぃな蒼龍!」
「構わん」
蒼龍と背中合わせになり、アンバーは魔弾を撃ち込む隙を狙う!続いて紅と卓が、アオイを庇いながら攻撃の機会を待つ。
「…また来る!」
隙間から覗き込むアオイが叫ぶ!オルロフが再び口を開き、衝撃波を放とうと息を大きく吸い込む。胸が前に突き出され、硬い外殻に走っていた亀裂が大きく開く!
「――そこだ!!」
アンバーは身を捩り、蒼龍の脇の下から右腕を通すと、胸の中心――「賢者の石」目掛けて引き金を引いた!
銃声と共に、力強い一筋の光が疾る。
最硬質を誇るその魔弾は、迫り来る衝撃波の僅かな隙間を突き抜け、「賢者の石」を覆う外殻の亀裂に撃ち込まれる!外殻は衝撃に耐えられず吹き飛び、赤黒く脈打つ「賢者の石」の内部が剥き出しになった!
同時に衝撃波が蒼龍を襲い、符界術が破れる音が響く!
「ぐっ…!」
腕の骨が折れる鈍い音と共に、蒼龍の身体が後ろに傾ぐ!巻き込まれ、つんのめって倒れるアンバーは、アオイをひったくるように抱えながら紅と卓に告げる!
「行け!」
「うん!!」
「任せなさい!」
紅は打刀を握り直し、卓は腰に携えた脇差と小太刀を素早く抜き払い、左右から同時に床を蹴って飛び出した!二人の身体から蒸気が噴き、刀身が炎に包まれる!
オルロフは抵抗するように、二人目掛けて触手を伸ばしてくる!
「…敕!」
「させるかよ!」
倒れたままの蒼龍が折れた腕を無理矢理掲げて、木遁――突風を起こし、アンバーがしゃがんだ姿勢のまま魔弾を撃ち込む!触手は引き裂かれ、吹き飛んでいく。
紅と卓、二人の前の射線が開いた!
「はああっ!!」
紅の打刀、卓の脇差と小太刀――三本の刀身が炎の柱となって「賢者の石」に突き立つ!二人は刀を握る手に力を込め、石の中にありったけの炎を叩き込む!
「賢者の石」を構成する氷の力が、炎帯人の炎に焼き尽くされ、完全に消滅していく!石が、まるで悲鳴のように軋んだ音を立てる!やがて、「賢者の石」が大きく脈動し、蒸気が噴き出した。
「氷の力が、消えた…!」
アンバーが呟く。
その時、最後の足掻きとばかりに、死角から触手が紅に襲い掛かる!
「紅ちゃん!」
卓が刀から手を離し、触手を鷲掴みにして紅を庇う!触手が卓に巻き付き、生命力を吸い上げる!卓の身体から力が抜けて、足元がよろめく。
「卓!?」
「アタシの事はいいから…!アンタはその石っころから『みんな』を解放しなさい!!」
青ざめながら不敵に笑う卓に紅は頷くと、右手に自分の打刀、左手に突き立ったままの卓の脇差と小太刀を纏めて掴み、両眼を大きく見開く!柘榴石の瞳が煌めいた!
小さな身体から、蒸気が勢いよく噴き上がる!
「みんな…ごめんね!!」
紅が叫ぶと同時に、両手から最大火力の紅蓮の炎が渦巻き、三本の刀を伝って「賢者の石」を包み込んだ!
「賢者の石」から、溢れんばかりの紅花翁草が芽吹き、灰となり、また芽吹く。
炎帯人の炎は、破壊と再生――「賢者の石」に取り込まれた命は、循環の炎に巻かれ、次々と焼き尽くされていく!
だが、それはただの消滅ではない。縛り付けられていた器から、ようやく解放される「死」であった。
-----
最後の紅花翁草が咲き、灰と化して散る。
オルロフの身体の外殻は剥がれ落ち、触手はその動きを止め、ただの毛髪に戻っている。「賢者の石」は、腐った果実のように崩れそうに、しかしまだかろうじてオルロフの胸にしがみ付いていた。
「みんな…消えた?」
刀を握ったまま、紅は全身から汗を滴らせて呟く。
その瞬間、オルロフの真っ赤な目がぎょろり、と動き紅を睨み付けると、「賢者の石」が大きく脈を打つ!青白い稲妻が走り、刀を伝って紅の身体に絡み付いた!
「!!」
声にならない悲鳴を上げ、紅は思わず刀から手を離し、仰け反って倒れる!
「紅ちゃん…!」
生命力を吸われた卓が、よろけるようにして紅を受け止め、もんどり打って床を転がった!
胸の「賢者の石」に三本の刀を突き立てたまま、オルロフはまだ、立っていた。身体を青白い雷と、赤い炎が包んでいる。
「まだ力が残ってやがる…オルロフとの結合が切れてねえからか…!」
アンバーが魔弾を装填しようと懐に手を突っ込む!蒼龍も立ち上がると、折れた腕を庇いながら残った手で印を組もうと構える!
その姿を認め、オルロフは手を突き出す!炎と雷が同時に放たれ、蒼龍とアンバーに猛然と襲い掛かる!
「敕!」
蒼龍は水遁を繰り出して炎を消し雷を遮るが、オルロフの力が僅かに勝る!パチパチと爆ぜる火の粉が勢いよく降り掛かる!
「っ…!」
「くそっ…!」
二人はアオイを庇い、身を屈めてやり過ごすしかない。その間にもオルロフは次の攻撃を繰り出そうと構える!
「何よ…こんなの、本物のバケモノじゃないの!」
卓は雷に打たれ朦朧とする紅を抱えたまま、戦慄に身体を震わせた。
「化け物じゃないわ!」
後ろから上がった声に、五人は振り向く。
破壊した扉の向こう側に、黒い隊服を着た女性が一人、立っている。
「化け物じゃない…!オルロフとかいう錬金術師でもない!
あなたは、シュタールライヒ王国の国家防衛軍直属、警備兵団の一兵卒よ!」
女性――クララは、続けて叫ぶ!
「思い出しなさい!あなたは、警備兵として何をしたかったのか…何を守りたかったのか!
思い出して――ヨハネス!!」
クララの言葉に、オルロフ――ヨハネスの身体が動きを止める。身体に纏わりついていた炎と雷が霧散し、虚空に消えた。
ヨハネスの両手が「賢者の石」にかかり、石を引き剥がそうと掴む。ぐずぐずになった「賢者の石」が胸から離れ、まるで祈りを捧げるかのように高く掲げられる――が、血管のような根が張り付き、剥がれない。
ヨハネスのすっかり崩れてしまった顔が、まるで苦悶の表情を形作る。
その時、真っ白い色が音もなく、ふわりと宙を舞った。
ヨハネスが、口のような器官を僅かに動かす。安堵の呟きが漏れる。
「あなたが…僕を滅ぼしてくれるんですね」
「ええ…もう、安らかに眠って下さい」
アオイが、仄かに慈愛を含む眼差しを浮かべ、静かにワイヤーを引く。
一筋の光を残し、ヨハネスと「賢者の石」の繋ぎ目が、断ち切られた。
-----
アオイは静かに着地する。足を付いた際に傷口が開いたのか、苦痛に顔を歪め、脇腹を押さえてその場に蹲る。
「アオイ!」
四人が慌てて駆け寄る。アオイは脂汗を浮かべながら顔を上げた。
「僕は大丈夫…それより、ヨハネスは…?」
アオイは背後のヨハネスを見ようと振り返り――その頭に、アンバーが静かに手を乗せる。アオイはアンバーを見上げた。
「ありがとよ」
「…どういたしまして」
アンバーの表情に、アオイは困ったような顔で微笑みを返した。
「賢者の石」は、ヨハネスという「命」との繋がりを失い、床に投げ出された瞬間にガラスが割れるような音を残し、呆気なく砕け散った。残された三本の刀が、軽い音を立てて床に転がり落ちた。
ヨハネスはそのまま、仰向けに床に倒れた。ヨハネスもまた、「賢者の石」という繋がりを絶たれ、その身体は徐々に、ボロボロに崩れていく。
ヨハネスは薄れゆく意識の中、ぼんやりと思う。
シュタールライヒでの平凡な日々。
両親と暮らした、温かくて小さな宿。
クララや仲間達と過ごした、警備兵としての自分。
「…守りたかったなあ」
その言葉を最後に、ヨハネスは灰となって、崩れ去った。
クララが歩み寄り、膝を付く。崩れ去った場所に手を置くと、静かに呟いた。
「…お疲れ様、ヨハネス」
アンバーもクララと同じように歩み寄り、膝を付く。手を置くと、静かに告げた。
「今度こそゆっくり、永遠に眠れ…オルロフ」




