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オルロフの喉が、こくん、と鳴り、何かを呑み込むように動く。
瞬間、激しい旋風が周囲を薙ぎ払う!国王や研究者、近衛兵達が机ごと纏めて吹き飛ばされた!蒼龍は紅と卓、そしてクララを抱え込んで伏せ、アンバーはアオイを引っ掴んでその場にしゃがみ込む!
旋風が収まり、紅達は顔を上げ――絶句する。
オルロフが立っていた場所には、既に異形へと変貌した、何かが立っていた。
アンバーの額から、一筋の汗が落ちる。
「こいつが『賢者の石』の完成形…なのか……?」
形こそかろうじて人の形を保っているものの、その顔は溶け崩れ、目や口を塞ぐように皮膚が垂れ下がっている。髪は逆立ち、その一本一本が意思を持つ生物かの如くゆらゆらと蠢く。身体と衣服は一体化したように境目を消し、表面はまるで真っ黒な甲虫類のように固く、照明の光を照り返す。
そして、その胸の中心には、衣服も皮膚すらをも突き破り、露出した心臓――ではない。
規則正しく脈打ち、鈍く輝く、赤黒い「賢者の石」が、胸の奥から根を張るようにして突き出ていた。
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オルロフは半分閉じた目を赤く光らせ、周囲をぎょろりと見回す。アンバーの姿を認めると、垂れ下がった皮膚を裂くように口を大きく開ける!
空気が弾ける音と共に、圧縮された激しい衝撃波が吐き出される!
「敕!」
蒼龍が床に手を付き、鋭く気を吐く!土遁――大理石の床が障壁へと変わり、衝撃波とぶつかる!爆発するような大音響が上がり、土遁の壁に大きなひび割れが走る!
蒼龍がクララを抱え、全員が壁から飛び退る。同時に、障壁は土のように脆く崩れ落ちた!
「何て威力だ…炎も氷も雷も、取り込んだ生命力も、全部混ざってやがる!」
アンバーが崩れた大理石を見て舌打ちをする。蒼龍はオルロフから離れた場所に、クララを降ろした。
「国王達を連れて、全員外へ避難させろ」
「…分かったわ!」
クララは頷くと、衝撃波に腰を抜かして動けない国王や研究者達の尻を蹴り飛ばして立たせ、近衛兵達と共に部屋から退避した。
紅は刀を抜き炎を纏わせ、果敢に斬り込んでいく!
「はああっ!!」
大上段から振り下ろした炎の刃が、オルロフの左肩を捉える!が、硬化した外殻を前に、甲高い鋼鉄音を残して身体ごと弾き返された!
「紅ちゃん!」
卓が紅を受け止めようと腕を伸ばし――その腕を、横から伸びてきた何かが絡め取る!
「え!?」
卓の腕には、オルロフの頭部から伸びる、灰紫色の蛇のようなものが幾重にも絡み付いていた。瞬間、卓の身体から力が抜け、足から崩れ落ちる!
「…っ!?」
「卓!」
アオイが太腿からスローナイフを抜くと素早く投げ、灰紫色のそれを断ち切る!卓はその場で膝を付くと、腕に絡み付いたものを乱暴に引き千切った。余程強い力だったのか、腕には赤い跡が残る。
「何よこれ…力が吸い取られる!」
卓は青ざめた顔でオルロフを睨み付ける。絡み付いてきたのは、オルロフの髪。しかしそれは既に髪ではなく、無数の触手と化していた。
「触手に捕まんな!『賢者の石』がまだ、生命力を求めてやがんだ!」
アンバーは両手の銃から「賢者の石」目掛けて、交互に魔弾を撃つ!炎と氷の魔弾が同時に叩き込まれ、双方の力が反発し、白い蒸気を吹き上げて爆発した!
そこへ蒼龍が偃月刀を、弾かれたもののすぐに立て直した紅が炎の刃を振るう!二つの刃が左右から、オルロフの首を挟み込む!
魔弾の蒸気が掻き消え――「賢者の石」には傷一つ付いていない。
オルロフは紅と蒼龍の攻撃を避ける事なく、そのまま首で受け止める!
「かった!斬れない!!」
紅は腕を伝ってくる振動に、思わず顔を顰めた。
オルロフはそのまま、口を開き再び衝撃波を放った!蒼龍は咄嗟に紅を引き寄せ、避けようと身を捻るが間に合わない!
「あうっ!!」
「っ…!」
二人は向かい側の壁まで纏めて吹っ飛ばされ、叩き付けられる!壁には放射状の亀裂が入り、二人は崩れ落ちる。
「紅!蒼龍!!」
アオイが駆け寄ろうと動いたその時、オルロフから伸びた触手が槍のように鋭く形を変え、アオイの脇腹を抉る!鮮血が勢いよく飛び散った!
「うっ…!!」
脇腹を押さえて転がるアオイに、触手はなおも襲い掛かる!
「アオちゃん…っ!」
卓がしゃがみ込んでいた身体を跳ね起こし、アオイを抱えて飛び退く!何本もの触手がその身体を掠め、卓の身体に傷を付ける!
「くそっ!!」
アンバーは再び銃を構える。だが、触手の方が速い!アンバーの首に素早く巻き付くと締め上げ、生命力を吸い上げる!
「う、ぐ……!」
アンバーは触手を引き剥がそうとするが、指先に力が入らない。
身体から何かが抜けていく。意識ごと、昏い淵に引き摺り込まれるような――これまで八回味わってきた「死」の感覚。
それでもアンバーは足掻き続ける。
右手に持った銃ごと、触手を握り締める。手の甲から腕に、血管が浮き出る。
「…っざけんな……!こんなもんに…オレらの人生終わらされてたまるかよ……!!」
金色の目をぎらつかせ、声を絞り出すようにして強く唸った!
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その時、空間を裂くように、ぴしり、と音が響く。アンバーは思わず目を見開く。
紅の炎が宙を奔り、アンバーを締め上げていた触手を焼き切る!
「アンバー、大丈夫!?」
その場に蹲り、喉を押さえて咳き込むアンバーの元に、埃と打ち身だらけの紅と蒼龍が駆け寄ってきた。傷だらけの卓も、脇腹を押さえるアオイを支えながら駆け寄ってくる。アオイの傷は相当深い様子で、ただでさえ白い顔が蒼白になっている。
アンバーは傍にしゃがみ込んできた紅の肩に手を掛ける。
「大丈夫だ、それよりも…」
アンバーは顔を上げ、オルロフを見る。
「賢者の石」を中心に、オルロフの身体に無数の亀裂が入っていく。
「……マジかよ」
あの時――錬金術師の工房で見た、二百年前と同じ光景。
アンバーの顔から、一気に血の気が引いた。
一瞬、オルロフが激しく痙攣したかと思うと、凄まじい爆風が巻き起こる!
「今度は何なのよ!」
卓が吹き飛ばされまいと、アオイと共に蒼龍にしがみ付く。
「暴走だ…『賢者の石』の、制御が効かなくなってやがる!」
「どういう事…!?」
アオイは脇腹の痛みに顔を顰めながら問う。アンバーは微かに震える声で答える。
「石ん中の、魔石の力と生命力の均衡が崩れた!生命力を取り込み過ぎたのか……っ!?」
そこまで言うと、アンバーは何かに気付き、悟ったように絶句した。
生命力――それはいわば、人間の生きようとする意思そのもの。
ヨハネスの「市民を守る」意思。
オルロフの「『賢者の石』を完成させる」意思。
触手を伝って一瞬流れ込んだアンバー自身の「最後まで生きる」意思。
それだけではない。これまで取り込まれてきた、数えきれない人間の、数えきれない意思。
それらがもし、全て「賢者の石」の中に残っているとしたら――
「…そういう事かよ」
アンバーは項垂れ、絶望を噛み締めるように呟いた。
「生命力は全部、人間の意思……命を注ぎ込むほど、石の中で色んな意思が衝突して、均衡を崩し、暴走する…。
『賢者の石』ってのは、最初から…永遠に完成しねえシロモノだったって訳か…!」
手にした銃床で、床を殴り付ける。二回、三回。
「クソが…そんなもんの為に!どんだけの馬鹿共が!どんだけの命を奪ってきたんだ!!」
遂には、自分の額を床に打ち付ける。血が滲み、床に赤い痕を残した。
「結局またあの時と、同じ事の繰り返しなのかよ……!!」
一国が一瞬にして消し飛んだ、真っ白な閃光――アンバーの脳裏に、四回目の人生の最期に見た光景が、蘇った。
「アンバー!!」
自分の名を呼ぶ声に、アンバーは床に付けていた顔を上げる。
声の主――紅が、全身から蒸気を噴き上げ、燃える刀を握り締め、両足をしっかりと踏ん張って立っている。
「どうすればいい!?私は、最後まで諦めない!!」
アンバーに向ける、柘榴石のような目は炎の光を受けきらきらと輝き、こんな状況なのに微かな笑みを湛えている。
その表情には、不思議なほど迷いがない。
その姿――力強く燃え上がる炎を見て、アンバーは目を見開いた。
「…そうだ、あの時とは違う!」
金色の目に、紅の炎が映る。アンバーの口元が、僅かに吊り上がった。
「暴走を止めるどころじゃねえ……『賢者の石』を、破壊出来る!!」




