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研究所の最奥は、不自然なまでに厳重な鋼鉄の扉で閉ざされていた。
「何か変な臭いがするね」
紅が鼻をすん、と鳴らし、顔を顰める。締め切られているはずの扉の内側から、妙な臭いが漂う。
その臭気に、アンバーの顔が歪んだ。忘れる訳がない。二百年前にも嗅いだ、罪の臭い。
「…どうしようもねえ馬鹿共だな」
アンバーは呟くと、親指でシリンダーを回転させる。目的の薬室で止めると、銃口を扉へ向けた。
アオイがワイヤーを扉に向かって撃ち込む!鋼鉄の扉に、幾本もの亀裂が入る。
その中心目掛けて、アンバーは引き金を引いた!放たれた魔弾――ダイヤモンドの弾頭が分厚い扉を撃ち抜く!衝撃はワイヤーによって傷つけられた亀裂を一気に広げ、大音響と共に呆気なく扉が崩れ落ちた!
突然破られた扉に、中に居た人物達は動揺した表情を向ける。
「な…何者だ!?」
真っ白な、一際豪華な軍服に身を包んだ人物が叫ぶ――国王だ。その傍に白衣を着た研究者達が控え、更に白い隊服を着た近衛兵数人が取り囲む。薄暗い部屋の中に白が美しく映えるが、その中に所々、赤が散っている。
全員の衣服に飛んだ、赤い血飛沫。それはどう見ても、自分達のものではない。
「この臭い…!」
部屋の中に充満する臭いに、アオイが思わず鼻を覆う。血と、肉の腐る臭い。
視線を隅へと動かすと――折り重なるようにして無造作に積まれた、人間だった、何か。
「――っ!?」
クララが真っ青な顔で、声にならない悲鳴を上げた。
部屋の中央にある机上には、無数の魔石が刺さった、赤黒い巨大な心臓のような肉塊が置かれていた。天井の魔道具の照明にぼんやりと照らされ、規則正しく脈打ちながら鈍い光を放つ。
アンバーの眉間に深い皺が刻まれ、金色の目が肉塊を睨み付け、揺れた。
「『賢者の石』…!!」
低く唸ると、右手に携えた銃を握る手に力が籠り、手の甲に血管が浮き上がった。
侵入者達の姿を認め、近衛兵達が慌てて武器を構える!
応えるように、紅は鯉口を切り柄に手を掛け、蒼龍は懐から符を取り出し印を組む。アオイは背中からワイヤーを引き出し、両手で張る。
「ホント、どこまでも醜いヤツらねえ。純白が泣くわよ」
卓は顔を顰めて、顎の下を手の甲で撫でた。
アンバーは右腕をゆっくりと掬い上げるようにして持ち上げ、銃を構える。
その銃口を――ヨハネスの背に押し当てた。
「で、オレと同じ匂いがする…てめぇは一体何者だ?」
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「…え?」
クララは唖然とした顔で、ヨハネスを見た。当のヨハネスは、至極落ち着いた様子で尋ねてくる。
「……いつから気付いてました?」
「オレが街中で魔弾ぶっ放した瞬間からだ。てめぇ、魔弾やら魔装具やら『賢者の石』の事になると、微妙に口調が変わってやがんだよ。まるで別人格があるみてえにな」
アンバーは隙なく銃を構えながら、アオイを見る。アオイは頷き、視線だけをヨハネスに向けた。
「普通、アンバーの話を聞いていたら疑問に思うはず…二百年前の事なのに、どうしてそんなに詳しいのかって。でも貴方は、そんな素振りすら見せなかった」
「アオちゃんの観察力はずば抜けてるものねえ。そもそも、善人過ぎて逆に怪しかったわよアンタ」
卓も顎に手の甲を付けたまま、ヨハネスを睨む。
「アンバーとアオイが警戒していた。只者ではないとは思っていた」
蒼龍は印を組んだ手を解かず、ヨハネスを横目で見た。
「それでも、いい人だと思ってたんだけどなあ」
紅がぽつり、と呟き、残念そうな目でヨハネスを見た。
ヨハネスは思わず吹き出し、くつくつと喉を鳴らした。
「……とんでもない人達ですね。皆さん、僕の事を疑ってた訳ですか」
ヨハネスは押し当てられた銃など気にする様子もなく腕を上げると、自らの髪を括る紐を解いた。肩までの髪が、ぱらり、と溢れた。
その表情から、どこか気弱そうで人の良さそうな色が、消える。
「……もうお分かりでしょう。
僕は、あなたと同じ『時渡り』ですよ……アンバーさん」
ヨハネスの口元だけが、薄く笑みの形を作った。
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「僕の一度目の人生は二百年ほど前……『魔石革命』の時代でした。その時僕は、オルロフという名前を持っていました」
ヨハネス――オルロフは、穏やかな口調で淡々と語り始めた。
「僕はとある国の国王直属の錬金術師として暮らしていました。一応、その国一番の技術を持っていましたからね。
……だからこそ、他国で魔弾が開発された時は衝撃でした。僕が出来なかった事を、他の誰かがやってしまった……それが、あなたです」
「オレが『時渡り』だってのを、魔弾で気付いたのか」
「ええ……既に失われた技術、しかもあれ程完成度の高いものは開発者にしか作れませんから」
アンバーは思わず舌打ちをする。オルロフは言葉を続けた。
「その後もあなたは、魔装具の術式を編み出したりと散々やってくれました。生命力を引き出す術式……素晴らしく美しいものでした。お陰で僕の矜持はズタズタです。
僕に残された道はただ一つ……その術式を使って、誰も成し得ていない『賢者の石』を完成させる事だけになりました」
アンバーの肩が、ぴくり、と反応する。
「でも……完成しなかった。どんなに魔石を使おうとも、どんなに命を注ぎ込もうとも、完成しないんです」
オルロフは遠い目を、机上で不気味に光る「賢者の石」へ向けた。
「やがて僕は老い、絶望の中で人生を終えようとしていました。
その時……現れたんです。あの人が」
アンバーの片眉が跳ね上がり、眼光が鋭くなる。
「名前は知りません。顔も、声も、姿も……果たして、そんな人物が本当に居たのかさえも忘れました。
あの人は僕に言いました。時代を超えて転生を繰り返せば、永遠に『賢者の石』を追い求められる、と。
だから僕は――『時渡り』になりました」
オルロフは恍惚とした表情を浮かべた。
「…『刻喰い』」
アンバーは低い声で、絞り出すように呟いた。
「『時渡り』になった僕は、二度目の人生も『賢者の石』の研究に捧げました……たくさんの命を注ぎました。それでもやっぱり、完成しない。どうしても最後の答えが導き出せなかった。
そして三度目の今、ようやく新しい可能性に到達しました。そんな時に、僕と同じ……いや、僕以上の技術と知識を持つあなたが現れた。運命としか思えません」
オルロフはアンバーの方へと向き直る。アンバーは銃を構えたまま、動かない。
「……あなたとなら、絶対に出来る。共に『賢者の石』を完成させましょう」
オルロフは不気味に微笑むと、誘うようにその手を差し出してくる。
アンバーが、その手を取る事はなかった。
「…馬鹿じゃねえの」
鋭い金色の目が、オルロフを射抜く。
「お前は二百年分の人生を、世界をぶっ壊す道具の為だけに捧げたのかよ。くだらねえ」
アンバーは吐き捨てるように言うと、右腕を更に上げ、銃口をオルロフの眉間に突き付ける。
「オレはな、普通の人間の営みってもんにずっと憧れてんだよ。笑って、泣いて、愛して、歳取って死ぬ。
それを奪い去るようなもんを作るなんざ――死んでもお断りだ」
アンバーの親指が撃鉄を起こす。かちり、という音が鳴った。
オルロフの両眼が零れ落ちんばかりに見開かれ、口は裂けるように、ニタァっと笑う。
その表情は――狂気。
瞬間、常人とは思えない身のこなしでオルロフは飛び上がると、音もなく『賢者の石』が置かれた机の前へと着地する!オルロフは『賢者の石』を右手で鷲掴みにすると、目の前に掲げ上げる。
「何を…!?」
動揺する国王や研究者達を尻目に、オルロフはアンバーに語り掛けた。
「僕が見付けた可能性……一つは、命の『質』です。死刑囚や罪人……ただ己の欲望のままに生きる人間の命なんかじゃない。もっと高潔な、信念を持った人間の命を使ったらどうなるか。
例えば……市民の為に尽力する議員や、そこに居る女のように」
オルロフの視線がクララへ向く。蒼龍が前に出て、卓とアオイがクララを自らの背後へ押し込む。紅は柄を握る手に力を込める。
アンバーは銃口を、オルロフに狙いを定めたまま外さない。
だがオルロフは、その様子を一瞥したのみ。
「その女も議員達も、僕が仮説を立てただけなのに、近衛兵達が勝手に連れて来たんです。別にその女じゃなくてもいい……高潔な魂を持っている者は他にもいます」
自身の胸に左手を当てて、心臓を掴むかのように衣服を握り締める。
「僕…ヨハネスです」
オルロフは『賢者の石』を自らの口元へと持っていく。アンバーの目が見開かれる。
「てめぇ、まさか…」
「ええ。そして、もう一つの可能性……『賢者の石』を作り出した本人の命を捧げたらどうなるか。
僕は『時渡り』だから、例え失敗しても、何度でも試す事が出来ます」
アンバーの全身が総毛立つ。
「……やってみましょう」
オルロフは一言残し、大きく口を開けて、「賢者の石」を飲み込んだ。




