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通り雨が上がる頃、五人はシュタールライヒの城下町に到着した。街並みは灰茶色の石造りで整えられているが、雨に濡れた石畳はその色を濃くし、街全体が重苦しい空気を纏っている。
雨の間どこかで雨宿りしていたのだろう、軒下から続々と人々が出て来て、通りは一気に喧騒を取り戻した。しかし。
「ビリーちゃんが言ってた通り、何だか物騒な雰囲気ねえ」
卓は濡れた髪を布で丁寧に拭きながら、周囲を見渡す。市民よりも武装した兵士や傭兵が圧倒的に多い。
その中でも、白を基調とした華やかな隊服を着た兵士――国王軍の近衛兵は特に存在感を放っている。その傍には、雇われ傭兵が数人張り付いていた。市民はその姿を見ると、避けるようにして道を開ける。
「どけ!」
「わっ!」
紅は後ろから、近衛兵の一団に押しのけられる。蒼龍は紅を受け止めると、近衛兵をギロリ、と睨み付けた。人間らしからぬ気配を含んだ威圧感に、近衛兵は思わずたじろぐ。
「貴様、国王に楯突く気か?」
「楯突くも何も、貴方の態度は国王の名を借りるに値しない下劣さですよね?立派な隊服の割に随分小さな中身ですね」
「女の扱いとしてはマイナス100点だな。無駄に白い隊服ってのはモテない男の烙印か何かなのか?」
「その程度の顔で、格好つけた隊服に着られて『俺ってイケてる』つもりかしら?アンタの場合は何に着られても無駄よ」
アオイ、アンバー、卓の絨毯爆撃に、近衛兵は顔を真っ赤にしてプルプルと震える。白い隊服に赤い顔というコントラストが見事に映えた。
一触即発状態の五人と近衛兵達の間に、一人の男が割って入ってきた。軍服を着ているが、こちらは対照的に黒一色の詰め襟、実に簡素なデザインである。
「もう、街中で騒動を起こさないで下さいよ!」
男はそう言いながら、さりげなく近衛兵の手に何かを握らせる――金銭だ。近衛兵は馬鹿にしたように男を一瞥すると舌打ちし、何も言わず一団を引き連れて去っていった。
男はその後ろ姿を見送った後、五人を諌めるように口を開く。
「何を目的にこの国に来たかは知りませんが、あの人達を刺激してはいけません!僕らでも手が付けられないんですから…」
「同じ兵隊さんじゃないの?」
紅が首を傾げる。男は情けない、といった様子で眉を下げた。
「あの人は国王軍の近衛兵、僕は国家防衛軍の警備兵なんで、立場が全然違うんですよ…本当は、僕らの方が街の治安を預かっているはずなんですけどね。
ああ、申し遅れました。僕ヨハネスっていいます」
警備兵の男――ヨハネスは、人の良さそうな顔を相変わらず情けなく歪めながら、ぺこぺこと頭を下げる。後ろに結えた髪が、ひょこひょこと揺れた。
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ヨハネスは五人と軽く挨拶を交わすと、宿を探しているという五人に、教会の裏手にある、自分の実家が営む宿を紹介してくれた。
「念の為聞きますけど、紅さん達は国王軍への志願者じゃないですよね?」
「違うよ!」
「良かったあ…いや、志願者だと父が激怒して追い出すんですよ。お陰で今、商売上がったりで」
紅の返事に、ヨハネスは胸を撫で下ろす。
「それにしても、街の空気は最悪ね」
卓は道すがら、市民の活気のない顔を見渡した。近衛兵の白い隊服が見えた途端、道端で会話をする市民達はその口を閉じ、目を逸らす。傭兵達が我が物顔で食堂や酒場のテーブルを陣取り、店員に対し傲慢に振る舞う様子が伺える。
ヨハネスの表情に影が落ちる。
「ええ…今の国王になってから、市民への圧が強くなって。軍備拡大の為に税金はどんどん上がるし、暮らしもカツカツなんです。僕ら国家防衛軍は議会の管轄なので、議員達と一緒に何とかしようとしているのですが、国王側は全く聞く耳を持ってくれなくて」
ヨハネスは大きな溜息を吐いた。
突然、前方がざわめく。
見ると、先程の近衛兵の一団が、子供と、ヨハネスと同じ隊服に身を包んだ女性を取り囲んでいる。
「…クララ?」
ヨハネスが女性の名を呟く。
「どけ!そこのガキは、国王から賜った隊服を汚したんだぞ!」
「この子は、あなたが余所見しながら歩いていたところに偶然ぶつかっただけでしょう!?」
白い隊服の裾に付いた泥汚れを指差しながら迫る近衛兵を、クララは子供を背後に庇いながら、気の強そうな顔でキッと睨み付ける。その顔立ちに目を留めたのか、近衛兵がにたり、と下卑た笑みを浮かべる。
「よく見たら綺麗な顔じゃないか…警備兵なんか辞めて、俺のところへ来い。金もあるし、暮らしには困らんぞ」
全身を舐めるようにして見てくる近衛兵に、クララは心底軽蔑の視線を返した。
「その程度の顔で、格好つけた隊服に着られて『俺ってイケてる』つもりになってるあなたなんかに、誰が付いていくもんですか」
「っ…!貴様!!」
つい先刻聞いたばかりの罵倒を、一言一句そっくりそのまま再び聞かされてしまった近衛兵は、顔を鬼のように赤くすると、背後に控えていた傭兵に命じる。
「見せしめだ!近衛兵に楯突いたらどうなるか思い知らせてやれ!」
傭兵は無言でゆらりと前へ進み出ると、右腕に籠手を装着する!
籠手にあしらわれた柘榴石が妖しく輝き、右腕が禍々しい炎の渦に包まれる!傭兵の顔が苦悶の表情に歪む。その目に、既に生気は宿っていない。そのまま、まるで籠手に操られるように腕を振り上げた!
クララは咄嗟にしゃがみ込み、子供を守るように抱き締める!
「クララ!!」
ヨハネスが真っ青な顔で叫び、腰に下げたサーベルを抜き払って駆け出す!しかし距離は遠く、とても間に合わない!
瞬間、一発の銃声が響くと同時に、後方から一筋の冷気がヨハネスの頬すれすれを駆け抜けていく!
「え……!?」
ヨハネスは思わず頬を抑える。
同時に、傭兵の振り上げた籠手の柘榴石が甲高い音を立てて砕け散り、その右腕がみるみるうちに凍り付く!
「……!!」
傭兵は悲鳴にならない息を漏らすと、操り人形の糸が切れたように、その場に崩れ落ちた!
ヨハネスは目の前の光景に驚きを隠せない表情で、銃弾が放たれた方向を振り向く。
そこには、右腕を前に伸ばして銃を構え、眉間に一層深い皺を刻んだ男――アンバーが立っていた。
「…っざけんなよ」
アンバーは、ぎり、と奥歯を強く噛み締め、唸った。
「は…!?」
近衛兵の一団は呆然と、倒れた傭兵の凍り付いた腕を眺める。
その隙を見て、クララは子供を抱えてその場から逃げ出す!ヨハネスも我に返ると、五人に声を掛ける!
「ひとまずここから離れましょう!」
「行くぞ」
銃を構えたまま微動だにしないアンバーの肩を、蒼龍が掴んで促す。
アンバーは動かない――怒りで動けない。その視線は、砕け散った柘榴石を凝視している。
「アンバー!!」
紅が叫び、アンバーの腕を思いっきり引っ張る。そのままヨハネスの後に続いて、路地へと駆け込んだ。
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細く入り組んだ路地を駆け抜け、しばらくしたところで五人とヨハネスはようやく立ち止まった。どうやら近衛兵の一団は追っては来ていないようだ。
「あの傭兵、死んでないよね?」
紅はアンバーの腕から手を離す。アンバーは少し落ち着いた様子で、安心させるかのように紅の頭に手を乗せた。
「だいぶ生命力を吸われてたみてえだが、多分大丈夫だろ」
「あなた、一体何者なんですか……もしかして、あの籠手の事をご存知なんですか?」
ヨハネスは言葉と共に荒く息を吐くと、額に浮かんだ汗を袖で無造作に拭い、アンバーを見た。アンバーは眉間に皺を寄せ、逆にヨハネスに迫る。
「知ってるも何も、オレ達ぁこの国が変な研究してるって噂聞いて来てんだよ。こっちこそ聞きてえ事がある。あの籠手――魔装具を作ってんのは国王軍だな?」
アンバーの只事ではない鋭い剣幕に、ヨハネスは思わずごくり、と喉を鳴らし、頷いた。アンバーは舌打ちをする。
そこへ、一足先にその場から逃れていたクララがやって来た。子供は無事、親元に送り届けたようだ。
「びっくりしたわ…まさか籠手を破壊する人が出てくるとはね」
「クララ、その事なんだけど…」
ヨハネスはクララの耳元に口を寄せ、何かを囁く。クララは一瞬だけアンバーに視線を送ると、すぐにヨハネスに向かって頷いた。
「…アンバーさん、皆さん、今日はこのまま僕らと一緒に、議会議長のところへ来てくれませんか?そこで、今この国に起きている事をお話しさせて欲しいんです。
僕らではどうにも出来なかったあの籠手を壊せるなんて……それを見込んでお願いします。どうか僕らに、力を貸して下さい」
ヨハネス、そしてクララは、アンバーに向かって丁寧に頭を下げた。
二人の拳は、微かに震えていた。




