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アンバーを指差した傭兵は、大きく見開いた目からぼたぼたと涙を流し始めると、顔をくしゃくしゃに歪める。みるみるうちに鼻の頭が真っ赤になっていった。
「まさかまた生きて逢えるなんて思ってなかったっス!炎帯人のお嬢ちゃんも、龍の兄貴も、清楚な顔して物騒な坊ちゃんもお変わりなく!」
傭兵は四人の顔を見て、モヒカン頭を揺らし喜びを目一杯表現しながら一気に捲し立ててきた。
対して、四人はぽかんとした顔を見合わせる。
「……誰だっけ?」
「誰だ」
「誰?」
「誰だよこいつ」
「酷え!!俺っスよ俺!?元空賊の!あんたらの事散々お世話してやったでしょうが!!」
オレオレ詐欺のような傭兵の言い様に、アンバーは眉を顰め目を細めると、立ち上がった傭兵の頭のてっぺんから足の先までじろじろと見る。ややあって、何かに気付いたように目を開くと声を上げた。
「…ああお前か、ハリー。ちょっと太った?」
「ビリーっス!!人の腹見ながら思い出すんじゃねえ!!」
傭兵――ビリーは、相変わらず雑な元お頭の態度にツッコミを入れた。
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ビリーは椅子を引き寄せると、五人のテーブルに割り込む。ふと、向かいに座る卓に目を留める。
「何か随分キレイなお姐さん連れてるんスねえ…お頭も隅に置けないっスねえ」
妙に美人で妙にでかくて、妙に圧倒的。ビリーは頬を赤らめて、その表情をふにゃりと歪めた。卓はにっこりと微笑むと、赤いネイルで美しく彩られた手をひらひらと振る。
「ありがと♡お姐さんじゃなくてお兄さんだけど♡」
「……は?」
ビリーは卓とアンバーを交互に見ながら、口をぱくぱくさせる。アンバーはビールを飲みながらさも当然のように答えた。
「見た目がややこしい、態度がデカくてやたら騒がしいただの男だ」
「失礼ね!!」
抗議の声を上げる卓を無視して、アンバーはビリーに尋ねる。
「ところでハリー、お前今何してんだ?」
「ビリーっスよ…俺、飛空艇降りた後、傭兵やりながら色んな国巡ってるんス。お頭、空賊時代に散々鍛えてくれたっしょ?お陰で大抵の依頼は難なくこなせるっス」
「そうか」
ビリーの言葉に、アンバーは少し嬉しそうに頬を緩めた。
「ただ、こっからすぐの所でちょっとヤバそうな依頼があって…」
ビリーが周囲を気にするように、声のトーンを落とす。五人は自然と顔を寄せて、ビリーの言葉に耳を傾けた。
ここ国境沿いの宿場町の東側は、シュタールライヒという国の土地である。立憲君主制を掲げ、国王、議会、司法による三権分立を打ち立てている国家だ。
だが、現国王が三年前に即位してからというもの、不穏な空気が漂う。
王太子時代に国家防衛軍の軍務総監に就いていた国王は、即位する際、自分に忠実な高級将校や要人を引き抜き、新たに「国王軍」という、自らの直属軍を編成した。国王の意志のみで動く私兵同然の組織の登場により、当然、三権分立は崩れ、国王の権力だけが強くなる。たった三年で、国王の力は議会や司法の力を遥かに凌ぐものとなった。
そして国王は「国防強化」と銘打ち、更なる軍事力強化に乗り出す。国内外から研究者を募り、新たな軍事研究を始めたのだ。
「……で、最近新しい武器が完成したとか何とかで、それを使わせる傭兵を募集してるんスよ。王命だけあって給料はいいし、飯も寝る場所も着るもんも全部用意してくれるって事で、結構みんな飛び付いてるんス。多分ここに居る傭兵達も、これからシュタールライヒに行く奴らじゃないっスかねえ」
ビリーはここで周囲に視線を巡らせ、更に一段声を落とす。
「でも…妙なんス。雇われた傭兵の中に、突然姿を消す奴が出てるとかいう噂が回ってて。
俺も一旦は志願したんスけど、何つーか…支給される武器はヘンテコだし、街の雰囲気も変だし、何となく落ち着かなくて。結局、契約書にサインせずに引き返して来たところなんスよ」
「賢明な判断かもな」
「お頭のお陰っスよ。危ねえ事には首突っ込まねえ方がいいって、お頭の世話してたら嫌でも学習するっス」
「どういう意味だよ」
得意げに鼻の下を擦るビリーを、アンバーはジト目で睨んだ。
「その、変な武器ってどんなものなの?」
アオイがビリーに尋ねる。ビリーは口元に手を当て、唸るような仕草をした。
「武器っつーか…どっちかってと見た目は防具っスね。厳つい籠手なんスけど、外側にすっげえでけえ宝石が付いてて、やたら綺麗な模様が入ってるんスよ。確か、内側に貼り付けた魔石の力を使って攻撃するもんだって言ってたっス」
ビリーの言葉に、アンバーの顔色が変わった。
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翌日、ビリーと別れた五人(ビリーは名残惜しそうにしていたが、アンバーに最後まで「ハリー」と呼ばれ若干キレていた)は、一路シュタールライヒの城下町を目指した。街道には同じように、城下町を目指す傭兵達の姿がある。
傭兵達に混じるように、五人は歩く。その足取りは傭兵達の期待に満ちたものとは違い、どこか緊張感を含んでいる。
街道の向こうの空は、真っ黒い雲で覆われている。どうやら一雨来そうな、湿気を含む纏わり付くような空気が漂っていた。
「アンバー、いつもより顔怖いけど大丈夫?」
紅がアンバーの顔を覗き込む。
昨日ビリーの話を聞いてからというもの、アンバーは眉間に皺を寄せたまま、険しい顔をしていた。心なしか歩く速度も、いつもより速い。
「あの男が言っていた、妙な武器でも気になるのか」
蒼龍に問われ、アンバーは視線を前に向けたまま答える。
「ああ…多分そいつは『魔装具』ってヤツだ」
「魔装具?」
卓が首を傾げる。アオイが思い出したようにアンバーを見た。
「ヴァルムラで、藍白が付けてた…」
「藍白……」
藍白の名前を聞き、紅の顔にさっと影が差す。アオイはその様子に一瞬言い淀むも、言葉を続けた。
「今は禁術になってる武器だよね?それをシュタールライヒの国王主導で復活させてるって事?」
「多分な。それだけでも充分問題だが、そもそもお前ら、どうして魔装具が禁術になったか知らねえだろ」
アンバーは足早になっていた歩みを一度止める。四人はアンバーを囲むようにして立ち止まった。
「魔装具ってのはな、使う奴の生命力を吸い取って魔石の力を引き出して、まるで『能力者』の連中と似たような力を発揮するとんでもねえ武器だ。てめぇの命が削られてんだから、使えば使うほど確実に寿命を持ってかれる。
命と引き換えになる武器なんざ、危険以外の何もんでもねえ。禁術になって当然のシロモノだろ」
魔装具を付けた藍白の腕は、その命を吸い取られるように白く凍て付いていた――紅は藍白の姿を思い出し、顔を歪めた。
アンバーは紅を一瞥し、手を握り締めて吐き出すように告げる。
「んでもって、そんな武器の術式を考え出しちまった大馬鹿野郎は……二百年前、錬金術師だったオレだ」
四人は思わず息を呑んだ。
いつの間にか暗雲は五人の頭上にも重く立ち込め、やがて冷たい霧のような雨が降り出す。
「ったく、とんでもねえ研究掘り返しやがって……あんな歴史、繰り返してたまるかよ」
アンバーは濡れた髪の隙間から、街道の先に見えるシュタールライヒの城下町を睨み付け、呟いた。




