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「……っ!」
夜明けまでは程遠い薄暗い部屋の中で、アンバーは息を呑むようにして目覚めた。寝台の中で仰向けになり、右腕を天井に伸ばしたまま、荒い息を繰り返す。身体は汗だくだ。
しばらくその姿勢のまま天井を凝視していたが、やがてゆっくりと右腕を下ろし、目を閉じて右手で顔を覆う。
今日は――あの夢だったか。
アンバーは毎晩、過去八回の人生のうち、どれか一つの夢を見る。生まれ、成長し、誰かと出会い、誰かと生き――そして突然、何もかも奪われて、死ぬ。
どの人生も同じような結末の繰り返しだが、アンバーにとって最も重く、辛いのは、四回目の人生――錬金術師の人生だった。
国一つが滅び、数多の命が奪われた、あの瞬間。
(……ごめん)
夢を見る度に、どうしようもない罪の意識に苛まされる。
アンバーは一息付くと、むくり、と起き上がり、近くの椅子に放り投げていた自らのシャツを羽織る。その気配に、隣で眠っていた女が目を覚ました。
「…あら、もう行くの?」
「ああ」
顔も向けず答えるアンバーに、女は白い腕を絡めてくる。
「もう少し居てくれてもいいじゃない」
アンバーは振り返るとその腕を優しく解き、少し残念そうな顔をした女の額に軽く口付けを送った。
「悪りぃけど」
居住まいを正し、最後にジュストコールを羽織る。
「じゃあな」
「…じゃあね」
名前も知らない相手同士、互いに後腐れなく挨拶を交わし、アンバーは女の部屋の扉を閉めた。
夜闇のヴェールに覆われた街を、アンバーはジュストコールのポケットに手を突っ込んで一人歩く。酒場から微かな光と共に喧騒が漏れ聞こえるのみで、人通りはまばらだ。
ふと立ち止まり空を見上げると、幾つもの星が瞬いている。今日は新月だ。
一瞬、夢の中の光景が脳裏をよぎる。アンバーは軽く舌打ちをする。
「…寝直すか」
その光景を払うかのように頭を振ると、再び歩き出した。
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宿に戻ると、足音をなるべく立てないようにして部屋に滑り込む。食費で常にジリ貧の五人は、節約の為に宿に泊まる時は男女オネエ関係なく大部屋だ。
アンバーは各々が眠る寝台に、順番に視線を送る。
紅は寝相が悪い。今日も寝台から落ちるか落ちないかギリギリのラインで寝ている。寝ている間も落ち着きがないのは、元気な証拠だという事にしておく。
向かい側の寝台では蒼龍が寝ている。大きな身体を真っ直ぐにして、規則正しい寝息を立てている。窮屈そうに見えるが本人にとってはこれが普通なのだろう。
その隣の寝台には、アオイ。寝息まで気配がないので心配になるが、布団が上下している限り大丈夫だろう。寝顔はあどけなく、虫一匹殺さないような表情をしている。
紅の隣には卓が寝ている……はずだが、その寝台は空っぽ。昨日一緒に夜遊びに繰り出して、途中で別れてからまだ戻っていないようだ。どうせ帰って来るのは明け方だろう。その辺は卓の事だから何の心配もない。
「……よし」
誰に確認する訳でもなく、アンバーは僅かに口角を上げて呟いた。
そのまま、アオイの隣の自分の寝台に、ジュストコールもブーツも脱がず仰向けに倒れ込んだ。
女と遊んだ後の疲れだけじゃない。あの夢のせいで、酷く疲れている。
それでも、三人の変わらぬ寝顔に微かな安堵を覚えつつ、アンバーは再び眠りについた。
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翌朝、宿の食堂にはいつも通り、五人に対して二十人前分の料理が所狭しと並んでいる。宿の亭主は既に振り切れているのか、朝から良い運動をした、とばかりの爽やかな顔をしていた。
「いただきます!」
紅の挨拶と共に朝ご飯にありつく。紅と蒼龍はものすごい量をどんどん食べ、アオイはご飯を早々に済ませ、朝からパンケーキを10枚頬張っている。
卓は半開きの目で、機械的に朝食を口に運んでいた。髪は珍しく乱れ、目の下には薄らクマが浮かんでいる。
「卓、今日は元気ないね」
「大丈夫よお…昨日ちょっと遅くまで眠れなくってねえ……」
心配する紅に、卓はぼやんとした笑顔を返す。結局空が白み始める頃に帰って来たらしい卓の頭は、フラフラと左右に揺れていた。アオイは何かを察しているらしく、呆れた顔で卓を見ている。
「…何よアオちゃん」
「別に」
「眠いなら昼まで寝ておけ。出立はその後にする」
「ロンロンありがと……」
蒼龍に言われ、卓は大欠伸をしながら10個目となるクロワッサンを口に放り込んだ。
アンバーは珍しく黙々と朝食を食べていた。いつもなら朝だろうが「酒持ってきてくれ」と言い、朝から晩まで飲み続けているのだが、今朝はそれがない。
「アンバーも元気ないね」
毎度の如くアンバーの皿からハムを掠め取ろうとした紅が、その様子にフォークを引っ込める。一応遠慮という概念はあるようだ。
「ん…そうか?」
アンバーは何でもないように言うと、危うく紅に取られかけたハムを齧る。
「オレもちっとばかし寝不足だ。気にすんな」
「…そういえばアンタも顔色悪いわねえ」
「お前に言われたくねえよ」
アンバーと卓はお互いに顔を見合わせると、軽く目配せした。二人の暗黙の了解など、他の三人は知る由もない。
アンバーは自らの皿に目を落とす。さっき食べたはずのハムが増えている。
「元気ない時はたくさん食べればいいよ!」
紅が屈託のない笑顔で、自分のハムをアンバーの皿へと取り分けていた。アンバーは思わず笑みを漏らす。
「そうだな…あんがとな、嬢ちゃん」
アンバーは再びハムを齧る。僅かに塩気を含んだ、優しい味が口に広がった。
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ローエングラードでの騒動から、五人は寄り道を挟みつつ東へと向かっていた。東の国で妙な研究が流行っている――アオイが賭博場で小耳に挟んだ噂話がどうも気になっているのだ。
国境近くの宿場町に宿を取り、食堂で夕飯を囲む。
五人のテーブルは、既に大量の料理で溢れんばかり。
「美味しいねえ!」
「嬢ちゃんは何でオレの皿からニシンパイを取るんだよ!?」
「アンタがずっと酒ばっか飲んでるからよ!」
「油断してる方が悪いと思う」
「紅、食べたいなら注文するから言え」
紅が食べ、蒼龍も食べ、卓も食べる。アオイは食後のデザートを見越して食べる。アンバーの目の前にはいつも通り、ビールのジョッキが所狭しと並ぶ。
当然、周りの客はドン引きだ。
「あいつら、胃袋に穴でも開いてんのか?」
「どこに垂れ流してんだ……」
五人は周囲の視線などお構いなしに、ひたすら食べ、飲んでいた。
「それにしてもこの町も、やたら傭兵が多いわねえ」
きっちり二十五人前を食い尽くし、ようやく腹が満たされた卓が店内を見渡す。どの席も、それなりの装備に身を包んだ傭兵で埋め尽くされていた。
「もしかして、ローエングラードみたいな事になってるのかな」
アオイがデザートのプディングをスプーンで掬い、口へ運ぶ。既に7個目だ。アンバーはジョッキを煽り、嫌な予感に顔を顰めた。振り返ると、自分の背後に座っている傭兵の一人に声を掛ける。
「なあお前。ちょっと聞きてえんだが、この辺で何か割の良い仕事でもあんのか?」
「ん?」
傭兵は骨付き肉を頬張ったまま振り返り――そのまま固まった。目をこれでもかと大きく見開き、骨付き肉が口から落ちる。
「ああ、もったいない…」
紅が呟くが傭兵は気に留める事なく、紅、蒼龍、アオイ、そしてアンバーを順繰りに指差しながら、口をぱくぱくさせる。
ややあって、傭兵は再びアンバーを指差して叫んだ。
「……お頭ぁ!?」




