1
太古の昔、一人の人物がいた。
その者は、炎、氷、そして雷の力を宿す石――魔石の力を引き出し、人の手で扱える道具を設計した。
炎を生み出し、熱を作る。
氷を生み出し、水を作る。
雷を生み出し、明かりを灯す。
生活の中で利用する「魔道具」は、またたく間に世界中へと広がる。何度も試行錯誤を繰り返し、その者が亡くなった後も研究と改良が続き、人々の暮らしに欠かせないものとして、今もなお深く根付いている。
その者の名は長い歴史の中で埋もれていき、今では断片を残すのみ。
しかし、その功績だけは『魔工の祖』として、後世に末長く語り継がれている。
-----
やがて時が流れ、今より二百二十年ほど前。
とある大陸で、魔石の力をより強く、より効率的に引き出す技術が確立された。その革新的な技術は世界へと伝わり、進歩は目覚ましく、魔道具の性能は飛躍的に向上した――「魔石革命」である。
そんな時代の中、とある王国の片隅で、とある男児が産声を上げる。橙色の髪に金色の目をしたその男児は幼子の癖に妙に達観していて、読み書き計算は既に知っているかのようにこなし、誰が教えずとも地図も読めれば野営も出来る、加えて銃の扱いや体術にも優れるという奇妙な子供だった。
十歳を迎えると同時に国一番の錬金術師の元へ弟子入りすると、その才覚はますます開花していく。魔石の構造をより深く理解し、技術へと転化させる。
男児は師匠と共に、ひたすら研究に没頭する日々を送り、やがて成人を迎え一人の男へと成長していった。
男にとって、成人を迎えるのは四度目だった。
-----
「小僧、いるか?」
王国内に数多くある魔道具工房の一つで、錬金術師が奥を覗き込んで声を掛ける。工具や魔石をはじめとした材料が雑然と積み上がる中から、橙色の頭がひょっこりと現れた。
「何だよ師匠。また厄介事か?」
掛けていた小さな丸眼鏡を額に上げる。金色の瞳が、薄暗い工房に灯るランプに照らされてきらりと光った。
「俺の厄介事じゃない、お前のだ。今度は隣町の酒場で騒動起こしたろ。傭兵達が凄い形相でお前を探してるぞ」
呆れた様子で言う師に、男は視線を明後日の方向に向ける。一昨日辺り、どこかの傭兵達に博打を仕掛けて金を巻き上げたが、イカサマがバレたのだろう。
「お前は何でそう問題ばかり起こすんだ…この前も二区画先の金持ちのお嬢さんに手出してからに」
「あれはオレだけじゃねえ。向こうも乗り気だった」
「合意だとしてもその後が駄目だろ」
当然、父親が血相変えて工房に乗り込んで来た事を指している。師が何とか取り成して事なきを得たばかりだ。
男はどこ吹く風といった様子で丸眼鏡を掛け直すと、再び作業に戻る。
「まあ、連中が来たら教えてくれよ。オレが何とかするから」
「…ったく…」
師は、成人を迎え、酒と博打と女を覚えてしまった自らの弟子の素行の悪さに、大きな溜息を吐いた。
やがて外が騒がしくなり、大きな足音を立てて傭兵らしき者達が三人、工房内へと押し掛けてきた。
「いたぞ!あいつだ!」
「てめえ、よくも俺らを騙してくれたな!」
橙色の頭を見付け、傭兵達は怒り心頭だ。散らかった工房内の道具を蹴散らすようにして男へと近付いていく。
「ちょっとあんた方、工房のものを壊さんでくれ!」
「うるせえ!」
師が傭兵達を押し止めようとして、逆に押し除けられる。師は床に転がり、痛みに顔を顰めた。
その瞬間、銃声と共に稲妻が走り、傭兵の一人が白目を剥いてぶっ倒れる!残りの二人は呆気にとられた。
「お前らがうるせえよ」
工房の奥で男が振り向きもせず、肩越しにスペンサー銃を構えていた。そのままゆっくりとこちらに振り返る。そのこめかみには、青筋。
男は金色の目を不機嫌そうに細め、再び銃を構える。傭兵達が思わず後退る。
「騙すも騙されるも含めての博打だろうが。後になってぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねえ。さっさと失せろ」
もう三発くらい平気でぶっ放しかねない剣幕に、傭兵達は倒れた仲間を引き摺るようにして逃げていった。
男は銃を無造作に作業台へ放ると、腰をさする師を片腕で引き上げた。
「それを簡単に人に向けるなと言ったろう」
「売られた喧嘩を買っただけだ」
師は再び大きく溜息を吐く。そして、作業台の上に並ぶ、先程男がぶっ放したものと同じ、色とりどりの宝石のような銃弾に目を向けた。
薬莢こそごく普通の真鍮製だが、雷管には術式が刻印され、薬莢には火薬の代わりに細かく削り出した魔石を充填し、宝飾用の天然石を特殊な形に研磨して弾頭としてかしめる。雷管を打ち抜くと術式が発動し、魔石の力が増幅され天然石に伝わり、炎、氷、雷の威力を持つ弾頭となって発射される――師と男が共に作った「魔弾」だ。
まるで「能力者」のような力を発揮する小さな弾丸は、作るには高度な技術を要する。だが、完成した魔弾は、銃さえ扱えれば誰もが簡単に使える武器として、瞬く間に軍や傭兵達の間へ広がっていった。
「俺達が作っているのは、下手すれば人を殺せるものだ。忘れるな」
師に咎められた男は、やにわに工具を片付ける。
「気分が乗らねえから今日は帰るわ」
言い捨てて、チャコールグレーの上着を羽織ると工房から出て行った。その後ろ姿を見送りながら、師は今日三度目となる大きな溜息を吐いた。
-----
男は自分の寝床に向かって、街を歩く。
「おや、また師匠に叱られたのかい?」
「あの親父、グチグチうるせえんだよ」
商店の店主に肩を竦めて答える。
「兄ちゃん!このピカピカ光るおもちゃ、すっごく面白いね!」
「だろ?誰が作ったと思ってんだ」
道端で遊ぶ子供達にニヤリと笑う。
「あんた!今日は寄ってってくれないのかい?」
「悪りぃが今日はやめとくわ。またな」
酒場の女給に軽く投げキッスを送る。
夕暮れの街に、魔道具の街灯が灯る。
魔石コンロで作る夕飯の匂いが漂う。
魔石を使った浄水器から水を汲み、沸かす湯気が窓から漏れる。
その間を人々は家路につき、あるいは食堂や酒場へ集まり、家族や仲間といった誰かと過ごすのだろう。
何の変わり映えのない、ごく普通の営み。
その繰り返しの日々がどんなに大切で貴重な事なのか、この男は誰よりも知っていた。
-----
ある日を境に急に魔弾の注文が増え、男の仕事は多忙を極めた。
国の軍関係者へ大量の魔弾を何とか納期通りに納め、男は工房へ戻る道すがら、街の雰囲気が変わってきている事を感じ取る。
酒場に傭兵や兵士が増えた。
税金や物資の徴収が増えた。
そして、今回の軍関係者による大量注文。魔弾だけではない、武器屋の話では、武器や防具の注文も増えている様子だった。
工房に戻ると、錬金術師が妙にご機嫌な様子でスキットルからウイスキーを煽っていた。
「昼間からどうしたんだ?ご機嫌だな」
「小僧、例のもんが遂に出来たぞ」
破顔する師に、男は少し眉を寄せる。そんな表情に構う事なく、師は傍に置いた籠手を取り上げた。手甲には複雑な紋様に囲われて、燃えるように真っ赤な柘榴石が輝く。内側には、炎系の魔石が埋め込まれていた。
「試してみるか?」
師に言われ、男は籠手を右手に嵌めた。
瞬間、右腕が焼けるような熱さに見舞われ、血液が籠手に吸い取られていくような感覚に襲われる!
男が顔を顰めると同時に、右手から炎が吹き上がった!
「……っ!!」
男は急いで籠手を取り外し師へと投げ付けると、自分の右腕をさすった。熱さに反して火傷はないが、手の甲、ちょうど魔石が当たる部分だけが僅かに赤く腫れていた。
「すごいだろう…!これで俺達普通の人間が、ますます『能力者』と同じような力を振るえる!お前が考えた術式の計算通りだ!」
師は狂気を含んだ笑みを浮かべて籠手を受け取り、愛おしそうに撫でた。
反して男は、ますます顔を顰める。
「…それがどういう事か分かってんのかよ」
「うん?」
「オレの術式が正しかったっつう事は……使う奴の生命力を吸い取って魔石の力をぶち上げてるっつう事だろうが。
…そういやそうだったな、オレ達ぁ『下手すりゃ人を殺せる』モンを作ってたんだな」
男は師の手の中にある籠手を、自嘲を含んだ目で睨み付ける。美しい意匠とは裏腹に、禍々しく感じられた。
男は小さく舌打ちをすると、身を翻して工房を出て行く。
「小僧!お前が何を思ってるか知らんが、この『魔装具』はこの国の為…平和の為に必要な武具だぞ!忘れるな!」
師の言葉が虚しく響いた。
平和の為と謳った軍備拡張は、もはや止まる事を知らず、静かに広がっていった。
-----
暦が変わる頃、街にはきな臭く、陰鬱な空気が忍び寄っていた。子供達の笑い声が消え、武器を持つ兵士の足音がひっきりなしに響く。
その中に、魔装具を身に付けた傭兵達も混じる。その顔は生気を失い、ただ戦う為だけの兵器と化しているようだった。
男は自分の部屋で、ひたすら魔弾を作っていた。あの日以来、師匠の工房には行っていない。
雷管を取ろうと手を伸ばし――空っぽなのに気付く。どうやら在庫が尽きてしまった。恐らく工房に行けばまだあるだろう。
「……くそ」
男は呟くと、丸眼鏡を外して立ち上がり、上着を羽織った。
-----
工房に足を踏み入れた瞬間、鼻を突く妙な臭いに男は思わず顔を顰めた。異様な雰囲気が漂っている。
錬金術師が工房の奥で、作業台の上の何かをじっと見つめていた。視線の先には、赤黒い大きなものが、脈打つように蠢き、鈍い光を放っている。
それはまるで、巨大な心臓。
「まさか……」
男の額から汗が滴り落ちた。
師が、何かに取り憑かれたような顔で振り返る。
「小僧か…良いところに来てくれた。
こいつの…『賢者の石』の最後の術式がどうしても分からんのだ。一緒に考えてくれんか?」
瞬間、男は師に飛び掛かり、胸倉を掴んで壁に押し付けた!
「あんた…何考えてんだ!こんなクソみてえなモン作りやがって、人類滅ぼす気かよ!?」
「平和の為だ!強大な力を持てば抑止力になる!皆を守れる……平和を保てるだろう!!」
迷いなく答える師に、男は思わず手を緩め……そして、ふと思い当たる。
「賢者の石」の材料は、大量の魔石。そして、知性を持つ生物――人間の、命。
男はようやく、工房の中に充満する臭いの正体に気付く。
それは――血と、肉の腐る臭い。
視界の隅に映るのは――折り重なるようにして積まれた、人間だった、何か。
「――てめぇっ!!」
頭に血が上った男は再び師を、今度は殺しかねない勢いで締め上げる!
「…罪人だ!どうせ死ぬ命だ!!平和の為なら当然の犠牲だ!!」
「それを決めるのはてめぇじゃねえだろ!!平和だろうが何だろうが、誰かの命を奪っていい理由にはなんねえだろうが!!」
「綺麗事を言うな!!あいつも言ってた!平和は犠牲の上に成り立つと!!」
「あいつってどいつだよ!?」
「分からん…名前も顔も声も、何もかも!!」
師の言葉に、男の顔から一瞬で血の気が引く。
名前も顔も声も、何もかも分からない――あいつ。
その時、空間を裂くように、ぴしり、と音が響く。二人は音の方向に目を向ける。
作業台の上の「賢者の石」に無数の亀裂が入る。
「まずい…!術式を間違えたか!?」
師は男を振り切ると、何かを注入しようと手に取り、「賢者の石」へと向かう!
「もうやめろ!!」
男は「賢者の石」を取り上げようと手を伸ばす!
二人の手が「賢者の石」に触れようとした、その瞬間。
目の前が、真っ白な閃光に包まれた。
-----
男は、全身を焼く痛みに瞼を開いた。
うつ伏せに倒れていたが、僅かに動く頭を上げて――その光景に、絶句した。
師も、工房も、人も、街も――国も。
何もかも、なくなっていた。
一瞬にして、全てが消えた。
男の目から、涙が溢れる。
真っ黒に焦げた自らの右腕を、どこへともなく、伸ばす。
「……ごめん」
何に対する、誰に対する謝罪だったのか。
その言葉を最期に、男の四回目の人生は、終わった。




