ガンマンは死ねない・後
彼を知り己を知れば百戦危うからず、まずは件の亡霊、百五十年前の伝説のガンマンとやらについて調べる事にした。
五人は手始めに、町の図書館を訪れる。
「アンバーすごいね!絵本にもなってるよ」
紅は「せいぎのじゅうつかい」と銘打たれた絵本を手にしていた。表紙には橙色の髪に金色の目、そして二丁拳銃を手にした男が、絵本にはそぐわない凶悪な顔で笑っている。
しかし、当人のアンバーはテーブルに肘を付き、項垂れていた。
「……違え」
「何がよ?」
古い新聞を読みながら、卓が尋ねる。新聞の日付は百年前、既に伝説となったガンマンが義賊だという社説が延々三面に渡って書かれている。
「喜びなさいよ、こんなに長々と特集組んでくれてるのに。『二丁拳銃を携え、早撃ちを得意とした彼は、強きを挫き、弱きを助けた義侠の銃士であり――』」
「だから違えんだよ」
アオイが卓の肩越しに新聞を覗き込むと、記事を一つ一つ読み上げる。
「『街を襲った三十人の無法者をたった一人で制圧した』」
「十五人だ。倍にすんな」
「『貴族や商人から財宝を奪い、貧しい人に分け与えた』」
「奪ってねえよ。イカサマ博打で巻き上げただけだ。しかもその日の内に全部飲み代で使い切った」
「『役人の不正を白日の元に晒した』」
「気に入らねえ役人殴ったら、たまたま碌でもねえ奴だった」
「『生涯でただ一人の女性を愛し――』」
「一人じゃねえけど、色んな女とよく遊んでた」
「『妻となった女性と添い遂げた』」
「結婚なんかしてねえ。誰だよその女」
「…全部違うじゃないの。どういう事?」
あまりの捏造記事っぷりに、卓は呆れた顔でアンバーを見る。
「オレが聞きてえよ」
アンバーはテーブルに突っ伏した。
「ではこれも捏造か」
他の新聞を読んでいた蒼龍が記事を見せる。
日付はちょうど百五十年前、町を十五人の無法者達が襲い、複数人の子供を人質に取った立て籠もり事件が発生した。保安官達が尻込みする中、たった一人で突入し無法者達を制圧、子供達を無事救い出した――という記事だった。
アンバーは顔を上げて記事を確認する。
「…これは身に覚えあんな。ガキ共救うのに必死だった」
「人質が居る状態で単独突入とは、無鉄砲にも程がある」
「うるせえよ」
蒼龍の指摘にアンバーは顔を背ける。紅は嬉しそうな笑顔を向けた。
「アンバー、昔から優しかったんだね!」
「…くそ」
アンバーは照れたように右手で首筋を掴むと、壁に掛けられた肖像画の一つに目を留める。
義賊の割には相当人相の悪い、自分によく似た顔のガンマンが、こちらに向かって不敵な笑みを浮かべていた。
「オレだったりオレじゃなかったり…一体誰なんだよてめぇは」
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続いて、直近の犯行現場である商人の家を訪れる。
「この窓から、まるで煙のように現れて消えていきました…」
手に包帯を巻いた商人が、アンバーの顔を怯えたようにチラチラ見ながら説明する。アンバーは、まるで今しがた三人くらい撃ってきたような目で商人を睨み返す。
「これ以上冤罪のタネ撒いてどうすんのよ」
卓は肘でアンバーをつつき、嗜めた。
アオイは窓枠を丹念に調べ、何かに気付く。
「この傷…随分新しいね」
アオイが指でなぞる。木製の枠に、細い何かが食い込んだような痕が、薄らと残っていた。続いてその場にしゃがみ込んで、床を指で撫でる。恐らく窓枠から削れた際に舞い落ちたのであろう、粉末になった塗装が指に付いた。
「…ワイヤーだね。多分向かい側の建物と繋ぐように固定して、それを使って中空を飛んでいるように見せてる。足音をさせないのは簡単。靴の裏に緩衝材でも貼り付ければいい」
「じゃあ犯人は…」
「人間に決まってるでしょ」
アオイは立ち上がり、どこか安心したような表情を浮かべて結論付けた。
「そうか、人間か」
アンバーの顔が、みるみるうちに晴れやかになっていく。
「人間なら心置きなくぶん殴れるな」
「発想がアオちゃんみたいになってるわよ」
不敵な笑みを浮かべて拳を鳴らすアンバーに、卓は呆れた眼差しを向けた。
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その夜。
「誰か……強盗だあ!亡霊だああ!!」
町中に響き渡る声。
月明かりの中一人の男が、建物の間をすり抜けるようにして中空を飛び回る!橙色の髪を靡かせ、金色の瞳は月の光を反射して不気味に輝いている。
が、突如その身体ががくり、と傾ぎ、中空から地面に落ちていく!
「!?」
男は手元に握っていたワイヤーを見ると、建物に固定していた片方が切られている事に気付く!男は咄嗟にワイヤーの先端を別の建物へ投げつけた!分銅が壁面に食い込み、身体が大きく振られる。何とか落下速度を落とし地面に着地した。
そこには、一人の男が立っていた。
「よお、亡霊退治に来てやったぜ」
月明かりを背に、男――アンバーがニヤリと笑い、片手を上げる。
手配書に描かれた伝説のガンマンと、全く同じ顔の男が目の前にいた。
「……ぼ、亡霊だあぁぁぁぁあ!!」
男は叫ぶと、懐からニンニクと塩、自作の聖水、よく分からない札を出すと、一斉にアンバー目掛けて投げつけた!十字架を手に必死に祈祷する!
「悪霊退散!払いたまえ清めたまえ!急急如律令!!エロイムエッサイムぅぅぅう!!!」
「…てめぇ」
ニンニクを頭に乗せ、塩と水でドロドロになったアンバーが、貼り付いた札を握り潰しながら青筋を立てる。
「人の顔見て勝手に亡霊扱いしてんじゃねえ!人間だ!!」
「え?」
男は振り乱していた腕を止めると、はたとアンバーの顔を見て、そのまま視線を足へと落としていく。
「…足がある」
「だろ?」
「人間…ですか?」
「そうだっつってんだろが」
目の前に立つのは至極機嫌の悪そうな生身の人間と認識し、男はその場にへなへなと座り込んだ。
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紅達が駆け寄ってくる。紅はアンバーの頭からニンニクを取ると、匂いを嗅いで「美味しそう」と呟いた。
「全く、大した腕前だね。ワイヤーで建物間を飛び回るなんて、そうそう出来る技術じゃない」
アオイは感心したように、切ったついでに証拠品として回収した犯人のワイヤーを手に掲げた。
「…そうでしょう!?僕頑張ったんですよ!」
「何をだよ」
褒められたと取ったのか、顔を輝かせる男の様子にアンバーは首を傾げる。男は嬉々として語り出した。
「僕、子供の頃から『せいぎのじゅうつかい』の絵本が大好きで!いつか伝説のガンマンみたいになりたいって思ってたんです!
だから二丁拳銃とか早撃ちもたくさん練習して!伝説っぽくしたかったからワイヤーアクションも練習して!見た目だけはどうしようもなかったから、それっぽいカツラとカラーレンズで何とかしてますけど!」
そう言って男はウィッグを取り去る。下からは、綺麗に刈り上げた坊主頭が現れた。
「百年前の新聞を読んで、悪を倒して弱い人を救うあの人の姿にますます憧れました!だから僕も、同じように金持ちから盗んだお金を貧しい人に分け与えようと思って!
ついでに素敵な奥さんも貰えたらいいなあって!!」
「……………」
男の異常な熱量に、五人は呆気に取られるしかない。
「…ただのファンだって事?」
「そのようだな」
「熱意と努力の使い方が間違ってる」
「ガチ勢って恐ろしいわね」
思わずヒソヒソ声で話す四人。アンバーは男を見下ろし、複雑な表情を浮かべていた。
「ただ僕はこんな顔ですから、どうしてもあの顔だけは真似出来なくて…せめてあなたみたいに、平気で人を殴れそうな顔をしていればもっと近付けたんですけど」
「殴るぞ」
人の良さそうな顔を自嘲気味に歪めて宣う男に、アンバーは眉間に深い峡谷を刻んで一息吐く。
「…あのな、お前は伝説ってのがまんま事実とでも思ってんのか?」
「え?」
「この際だから教えといてやる。お前の憧れのガンマンってのは義賊でも聖人でもねえ。
人質取られて十五人相手に必死こいて戦って、金持ちから博打で巻き上げた金を一晩で飲みに使って、気に入らねえからって理由で役人殴り飛ばして、何人もの女泣かしたスケコマシ野郎――ただの人間だ。
伝説なんざ、長え時間掛けて色んなモンがこんがらがって出来た、幻想みてえなモンなんだよ」
アンバーは肩を竦めて、淡々と言い放った。
男の肩がふるり、と震える。
「……嘘だ、あの人はそんな奴じゃない!」
逆上した男の腕が動き、右腰に携えた銃把にかかる!そのまま素早く抜くと、アンバーに銃口を向け、その身体を撃ち抜く!
――事はなく、男の銃は鋭い銃声と甲高い金属音を残して弾き飛ばされた!続く銃声は左腰のホルスターごと銃を撃ち落とし、最後の銃声は男の足元に穴を開ける!その間、僅か1秒足らず。
アンバーの右手には、いつの間に抜いたのか愛用のスイングアウト式リボルバー銃が握られていた。銃口から薄ら煙が立ち昇る。男は呆然とした顔で、微動だに出来ない。
「もう一つ教えといてやる。
人の金なんか奪ってねえで、てめぇの腕で稼いだ金使って慈善事業でもした方が、よっぽど伝説だぜ」
アンバーはニヤリと笑うと、銃をホルスターに仕舞った。
「アンバー、たまにはいい事言うね!」
「たまにはって何だよ」
後ろから声を掛けてくる紅に、アンバーは肩をがくっと落として月を仰いだ。
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男を保安官に引き渡した翌朝、町を出る直前に五人は墓地を訪れていた。
目の前の墓石には『伝説のガンマン、ここに眠る』と刻まれている。
「よく考えると不思議よねえ。本人が本人の墓参りなんて」
珍妙な光景に、卓は思わず眉を寄せた。アンバーはスキットルを取り出すと、中の酒を墓石にダバダバとぶっ掛ける。
「本物のオレはどっかで野垂れ死んだっつったろ。そもそもこの墓ん中にはオレはいねえし、眠ってもねえよ。墓なんて所詮、記念碑みてえなもんだ」
「うん、だってアンバーは今ここで生きてるもんね!」
紅がアンバーに微笑む。アンバーは一瞬黙ると、金色の目を細めた。
「…まあ、そういうこった」
一陣の風が舞い、アンバーの橙色の髪がふわり、と揺れた。
その時、墓の裏からガサリ、と音がする。
アンバーとアオイが肩を揺らすと、蒼龍の背後にさっと隠れた。
「…アンタ達」
「墓場だぞ!苦手なんだよ!!」
「言ったでしょ、殺せないものは無理って」
呆れる卓に二人は言い返す。蒼龍は眉間に手を当てて溜息を吐いた。
紅が墓の裏に回ると、何かを捕まえる。
「猫だよ!」
「……」
アンバーとアオイは互いに顔を見合わせた。蒼龍の背中だけではなく、互いの服の裾まで握っている事に気付き、慌てて手を離す。アオイは恥ずかしそうに片眼鏡を押し上げた。
「全く、情けない男共ねえ」
「うるせえ…」
揶揄うように笑う卓に、アンバーはバツの悪そうな顔を返して、右手で首筋を掴んだ。




