ガンマンは死ねない・前
今から百五十年前、とある荒野の町に一人のガンマンが現れた。
橙色の髪に金色の瞳、そして腰に携えるのは二丁の拳銃。
街を襲う三十人の無法者達をたった一人で制圧し、弱き人々を守る。極悪貴族や悪徳商人から財宝を奪い、貧しき者達に分け与える。卑劣な役人の不正を暴き、正義を貫く。そして、生涯でただ一人の女性を愛し、添い遂げた。
その男は今、この町の墓地の片隅で、静かに眠っている。
はずだった。
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東の王国を目指して旅を続ける五人は、中継地として荒野の中に佇む町を訪れる。何の変哲もない、小さな町。
しかし、至る所に保安官が立ち、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「何か落ち着かないね」
「大きな事件でもあったのかしら」
紅と卓は、腹が減ったとばかりに食堂を探している。蒼龍は無自覚の内に保安官達に威圧感を与え、アオイは隙なく周囲の様子を伺っている。アンバーは愛用のスキットルから酒を煽りつつ、退屈そうにぶらぶら歩いていた。
その姿を見た保安官の一人の顔色が、さっと変わった。アンバーに駆け寄ると、その顔をまじまじと見る。
「…何だよ」
突然至近距離で見つめられて、アンバーは不愉快そうに眉を顰める。
保安官は冷や汗をだらだらと流しながら、慌てて懐から一枚の紙を取り出す。アンバーと見比べると、悲鳴にも似た声で叫んだ!
「か…確保ぉ!!」
「何でだよ!?」
周囲の保安官達が一斉にアンバーに飛び掛かり、折り重なる!アンバーはなす術もなく、保安官達の下敷きになった!
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アンバーは保安官達の詰所へと連行された。当然、紅達も付いて行く。
「だから知らねえっつってんだろ!!オレ達ぁさっきこの町に着いたばっかなんだよ!」
アンバーは怒鳴ると、取調室のテーブルを掌で思い切り叩き付けた!指輪がテーブルとぶつかり、ガゴンッ!とものすごい音を響かせる。保安官は思わず身を竦ませた。
「いや…ですから最近この町で頻発している強盗の容疑者とあなたの顔が酷似しておりまして……」
「はあ!?」
アンバーは青筋を立て、下手をすれば相手を殺しかねない形相で睨み付ける。その剣幕に保安官は涙目になる。どちらが取り調べを受けているのかもはや不明である。
「手配書もあるんですが…本当に同じ顔をなさっているんです……」
「大体何だよその手配書って!?人様に言えねえ事は散々やらかしてきたが、この世で手配されるような覚えはねえぞ!」
「そこは否定しないんだ」
アオイが呆れた眼差しをアンバーに送る。そして保安官に、手配書を見せるよう促した。
差し出された手配書には、橙色の髪に金色の目をして二丁拳銃を構えた、とんでもなく人相の悪い男の肖像画が描かれていた。
「…………」
四人は黙り込み、アンバーと手配書を見比べる。
「……アンバーだ!」
「アンバーだな」
「アンバーだね」
「アンバーねえ」
「お前らどっちの味方なんだよ!?」
四人の容赦ない判定に、アンバーは嘆くようにテーブルに突っ伏した。
「…あら、でもこの手配書変ねえ。随分古いわよ」
卓が何かに気付いたように手配書を指差す。そこには、手配書の発行日が記してあり、その数字は――今から約百五十年前。
「おい」
アンバーはゆっくりと顔を上げると、眉間の皺を一段と深くして保安官を睨み付ける。
「百五十年前の人間が、まんまその姿で生きてるとか本気で思ってんのか」
「お、思ってません…」
「じゃあ何なんだよ」
保安官は逡巡するように視線を泳がせた後、やがて意を決したように口を開いた。
「実は…強盗犯の正体は百五十年前の伝説のガンマンの亡霊なんじゃないかって言われているんです!!」
あまりにも斜め上の発言に、取調室の空気が凍り付いた。
「どういう事だ」
表情一つ変えず尋ねる蒼龍に、保安官は心底怯えた様子で、手配書をバンバン叩きながら答えた。
「信じられないくらい似ているんです!髪や目の色だけじゃなく、二丁拳銃を巧みに操り金持ちばかり狙って、奪った金品はスラムに流されていて…この町に伝わる伝説のガンマンそのものなんです!
いやもう、馬鹿馬鹿しい事を言っているのは百も承知ですよ!?でも、音もなく犯行現場に現れたり、金品を持って中空を飛んでいったり…とても亡霊としか思えなくて!」
「それで、実際亡霊らしき者が現れたから慌てて確保した、という訳か」
「はい…」
保安官はしょんぼりと肩を落とした。紅は保安官を慰めるように言った。
「残念だけど、アンバーは生きてるから別人だよ?犯人が亡霊だったら私も会ってみたいけど」
ねえ?と同意を求めるように紅はアンバーを見て――その異変に気付く。
アンバーは先程までの威勢はどこへやら、顔色を失って呆然としていた。
「アンバー、どうしたの?」
尋ねる紅に、アンバーはぽつりと呟く。
「嫌だ」
「え?」
「嫌だ…オレは会いたくねえ!亡霊なんざクソ喰らえだ!」
アンバーは一声叫ぶと、ガタガタと震え出した。卓は何かに気付き、ニヤリと笑う。
「…アンタまさか」
「言うな」
「亡霊とかそういうの苦手なのね?」
「言うなっつってんだろ!!」
アンバーは半泣きになり頭を抱えて、再びテーブルに突っ伏した。
紅は意外そうな顔でアンバーを見つめた。
「アンバーにも苦手なものあるんだね」
「…嬢ちゃんはオレの事何だと思ってんだ」
アンバーは顔を上げ、露骨に嫌そうに顔を顰めながら言葉を続ける。
「二百年近く人生送ってりゃな、説明の付かねえ事に一度や二度くらいぶち当たんだよ。こういう手合いは苦手だ」
「苦手じゃなくて怖いのよねえ?」
「うるせえ!!」
アンバーは揶揄うように言う卓を睨み付ける。卓はニヤつく顔を隠さず、隣のアオイに話し掛ける。
「アオちゃん聞いた?このおっさんデカい図体しときながら亡霊が苦手なんですって」
「……」
「…アオちゃん?」
卓はアオイの顔を覗き込む。一見普通に見えるアオイだが、瞳孔が完全に開き、組んだ手は微かに震えている。
「…アンタまさか」
「言わないで」
「アオちゃんも亡霊が苦手なのね?」
「言わないでって言ってるでしょ」
アオイは一層固く手を組み、自らを落ち着かせるように細く長い息を吐いた。
「亡霊は殺せないから嫌」
「…また随分物騒な発言ね」
あまりにもアオイらしい理由に、卓は違った意味で恐怖を感じていた。
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結局、強盗事件を解決するという条件付きでアンバーは釈放された。当然、亡霊に関しても真相を解明するように要請されている。
「ったく何なんだよ亡霊って…」
「本当、正気の沙汰とは思えない」
アンバーとアオイは二人揃ってブツブツと文句を言う。詰所を出てからというもの、互いの上着の裾をさりげなく掴み合っていた。
「二人とも仲良しだね!」
「……」
その様子を見て、紅が屈託なく笑う。
「てめぇらは苦手じゃねえのかよ」
「会った事ないから会ってみたい!」
「適切に祓って、冥府に送り出せばいい」
「出たら出たで面白いじゃないの」
「この人達、絶対普通じゃない」
三人の平然とした様子に、アオイとアンバーは顔を見合わせて溜息を吐くと、互いの裾を強く握り直した。
「お前自身、伝説のガンマンとやらに覚えはないのか」
蒼龍はアンバーに尋ねる。アンバーは少し視線を巡らせながら答えた。
「…ある。ていうかあの手配書はほぼオレで間違いねえ」
「やっぱり!あのこっわい顔、アンバーそっくりだったもんね!」
「海賊時代もだけど、アンタの歴史的資料って何であんな顔怖いのよ?」
「知るか。肖像画描いた奴らに聞け」
紅と卓の言葉に、アンバーは顔を顰めた。
「百五十年前だろ、確かにガンマンやってた。だがな、放浪者だったから一つの町に長い事留まったりはしてねえんだよ。それに――最期はどっかその辺で野垂れ死んだ。墓だってあるはずがねえ」
「じゃあ、この町の伝説のガンマンは…」
「さあな」
アンバーの眉間には深い峡谷が刻まれた。
「よりによって自分の亡霊かよ…気持ち悪りぃ」
「怖い、の間違いでしょ?」
「嬢ちゃんは黙ってろ」
鋭いツッコミに照れ隠しするように、アンバーは紅の小さな頭にポンと手を乗せた。




