卓ちゃんの華麗な一日・前
「うーん…今日も良い天気ねえ」
五人が滞在しているのは、白い石畳と石造りの街並みが美しい都市国家だ。テラスの前には庭園が広がり、バラの花が華やかに咲き誇っている。朝日が差し込むカフェのテラス席で、卓は伸びをしながら一人、モーニングを楽しんでいた。
卓は「今日は一人で過ごすわあ」と言い、宿の朝食もそこそこに出て来た。今頃、紅は蒼龍を財布代わりにして屋台を巡り、アオイは診療所の手伝いに出掛け、アンバーは朝っぱらから酒場に入り浸っているはずである。
「一人の時間も悪くないわねえ」
カフェオレを優雅にいただきながら、クロワッサンを頬張る。その数10個目。
賑やかな毎日と違い、一人だと非常に静か。穏やかな陽気も相まって、今日はゆっくり過ごせそうである。
だが、ご存じの通り巻き込み巻き込まれ体質なのがこの男。ゆっくり過ごせる一日など訪れる訳ないのである。
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その眼前、本当に目の前で事件は起こる。
偶然かわざとか、老婆にぶつかる若い男。その瞬間、男は老婆から鞄をひったくり、そのまま走り去る!
「ひ…ひったくり!」
老婆は尻餅をつきながら叫ぶ。
「…何かこの展開前にもあったような気がするわ!」
卓は一抹の嫌な予感を抱えつつ素早く席を立つと、男を追おうと勢いよく走り出す!ブーツのゴツいヒール音が響き渡る!
「待ちなさい――」
刹那、卓の真横で青白い光が奔り、石畳が弾けた!ほんの一瞬、雷鳴に似た音だけが残る。
「え?」
卓が目を丸くする。
次の瞬間、先を走っていたひったくり犯は一人の青年に組み敷かれていた!
「はい、捕まえた!」
「っ!?」
組み敷いた青年がひったくり犯の首根っこを掴むと同時に、男の身体に電流が走る!男は身体をビクッと震わせると、白目を剥いて昏倒した。
「しまった!加減間違えた!」
青年は気まずそうに顔を顰めると、大きな手で後頭部を掻いた。
卓は一連の動きに驚きを隠さず、青年をまじまじと見た。
歳は二十歳過ぎといったところだろう。日焼けした褐色の肌にシャンパンゴールドの短髪、瞳は碧と金茶が絶妙に混じり合い、神秘的な色が輝いている。身体はピーコックブルーと白の上質な布で無造作に覆われ、その間からは鍛え抜かれた体躯が見える。軽装だが戦士としての威厳を湛える風格。
そして、まるで天を貫く雷のような動き。
「…ユピテルね」
「お、知っているのか?」
卓の呟きを拾い、青年は人懐っこそうな笑顔で卓を見た。
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今よりも遥か太古の時代、人間と亜人の他に特殊な能力を持つ種族が誕生した。その者達は体内に雷を宿し身体に纏わせ、雷は世の中の均衡を乱すものに降り注ぎ、裁きを下し制圧する――裁定と抑止の一族、ユピテル。
炎帯人、氷居人と同じく神と等しい力を持つこの一族は、集落を持たず世界各地に散らばり放浪し、人々と積極的に関わりながら生きている。
しかし、それはただの放浪ではない。類稀なる能力、そして太古から続く膨大な知識により、常に世界の動きを監視する役目を担っているのだ。
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青年はすっかり伸びたひったくり犯を、騒ぎを聞いて駆け付けて来た衛兵に投げ渡す。衛兵は慌ててその身を受け取ると、牢へ向かってずるずると引き摺っていった。
「随分雑ねえ」
「そうか?」
呆れる卓に、青年は何がおかしいのか分からないといった風に首を傾げる。
「それはそうと申し遅れたな、オレはシャクティだ!」
「卓よ」
ユピテルの青年――シャクティは、にかっと笑い握手を求めてくる。卓も微笑んでその手を握り――激しい静電気が卓を襲う!
「痛ったあ!!」
「あ、すまん!また加減間違えた!」
「まるで動くドッキリアイテムね!?」
頭を掻きながら詫びるシャクティを、卓は手をさすりながら涙目で睨み付けた。
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卓はヒールの音をゴツゴツと立てながら市街地を歩く。
この都市は、世界の流行の最先端を行く事で有名である。著名なデザイナーの名を冠した洒落たブディックが立ち並び、道行く人々の格好も、他の都市とは違い格段に洗練されている。
卓はショーウィンドウに飾られた真っ赤なドレスをうっとりと眺めた。サテン地の光沢の上にレースが重ねられ、華美過ぎないボリュームのトレーンが床に流れる。その上品さとは裏腹に、背中は腰の辺りまで大胆に開いている。
「やっぱりショーコ・タダノのドレスは素敵よねえ」
ついでにガラスに反射した自らの姿も確認する。赤いノースリーブのハイネックに白いカーゴパンツ。動きやすさを重視したいつもの旅装だが、ジュエリーをふんだんに身に付け華やかに装う事は忘れない。
「…ま、アタシ自身も負けてないけどね」
ショーウィンドウを鏡代わりに髪の毛の乱れを直しながら、卓は満足そうに頷いた。
そして、その隣に映るユピテルの青年、シャクティ。身に纏う布は、絹の光沢の中に金糸による繊細な刺繍が施され、一般人にはとても手に入れる事が出来ない最高級品と分かる。しかし、ぱっと見ではどこぞの流しの芸人かといった風貌。
「アンタ何でついて来てんのよ」
卓はジト目でシャクティを睨む。シャクティは屈託のない笑顔を向けてきた。
「面白そうだからだ!お前からは何か厄介事を引き寄せる匂いがする!」
「不吉な事言うんじゃないわよ!」
その瞬間、ショーウィンドウの内側が騒然となる!覗き込むと、恐らく強盗であろう、二人の男が客の女性を羽交締めにしてナイフを突き付け人質に取り、店員に何かを迫っている様子が見えた。女性の顔は真っ青だ。
「ほらあ!!」
卓は頭を抱えた。
「まずいな!乗り込むぞ!」
「どっからよ!?人質取られてんのよ!?」
「そりゃもちろん!」
シャクティはそう言って、ショーウィンドウから少しだけ身を引く。卓の顔色が変わる。
「ちょっと待――」
卓の言葉を最後まで聞かず、シャクティはショーウィンドウのガラスを人型にぶち抜く!盛大な音と共に店内にガラスが飛び散り、真っ赤なドレスに身を包んだトルソーが無惨にも倒される!
突然飛び込んで来た青年に、店内の人間は皆呆気に取られる!シャクティはその隙を逃さず、飛び込んだ勢いそのまま男の一人に腕を伸ばす!
「なっ…!?」
シャクティは男の顔面を鷲掴みにすると、体内に脈打つ雷の力を解放した!男の身体に青白い雷が絡み付き、続いて雷鳴が鳴り響く!髪の毛が一瞬にしてアフロになった男は、口から煙を吐きながらその場に昏倒した。
「ば、化け物…!?」
仲間の男が、羽交締めにしていた女性にナイフを強く突き付けようとして――その手が空っぽになっている事に気付く。
「え?」
男は肩を叩かれて振り向く。どさくさに紛れて正面からきちんと入店した卓が、男のナイフをひらひらさせながら立っていた。
「女の子に怖い思いさせてんじゃないわよ!」
卓は動揺した男から客の女性を奪い取ると、その身体を力一杯トルソーで殴り飛ばす!横殴りに吹っ飛ばされた男は、トルソーと抱き合うようにして倒れ、気絶した。
「化け物か!褒め言葉だな!」
シャクティは笑いながら男二人を拘束する。卓は、抱き寄せられて真っ赤になりうっとりと見つめてくる女性を自分の身体から引き剥がすと、呆れた顔でぼやいた。
「本当に…とんでもない化け物に懐かれたわ」




