医者の不養生・前
紅達は、とある宿場町で河童討伐の任を請け負っていた。
街道沿いの池に、いつの間にか棲み着いていた河童達が旅人達に害をなすので、街道から人の行き交いが減ってしまった。宿場町は閑古鳥が鳴き、このままでは町自体が過疎化してしまう。町の活気を取り戻す為にも必要な討伐だった。
町からの依頼なので報酬も悪くない。そして、河童は厄介ではあるものの、討伐に関してはそこまで苦戦する魔物ではない。
五人は、依頼は割と楽に片付くのでは、と高を括っていた。
当日は朝から肌寒く、大雨だった。河童は湿気が多い日ほど現れやすい事もあり、討伐には絶好の日といえる。
しかし、この雨はかれこれ一週間ほど降り続いている。池の周りはただでさえ湿地となっていて足場が悪いのに、長雨を含んだ土壌はまるで沼のように柔らかく泥濘んでいた。
「もおお!足が沈んで動けないじゃないの!」
「卓、後ろ!」
「分かってるわよ!」
泥に足を取られ動けない卓の背後から河童が襲い掛かる!卓は身体だけ器用に捻ると、炎を纏わせた脇差で横に薙いだ!河童は灰となり、泥濘から美しく真っ赤な牡丹の花が咲く。
紅も刀を抜き払い炎を纏わせているが、自分から攻撃を仕掛けようにも、踏み込む度に足が滑る。河童が向かって来るのを待って斬り捨てるしかない。
「滑って上手く動けないね!」
「僕達にとっては最悪の足場かも」
アオイの白衣は既に泥だらけだ。踏み込んだ瞬間にずるりと滑る泥濘に、十八番の神速の動きが制限されてしまっている。
河童如きに苦戦を強いられている。その事実が、三人を徐々に苛立たせていた。
そんな三人の様子を好機と見たのか、河童達は揶揄うような舞を披露したり、お尻ペンペンしたり、しきりに煽り散らかしてくる。絶妙な間合いで仕掛けてくる精神攻撃に、三人の苛立ちは頂点に達する。
「むうぅ…!」
「腹立つね」
「…ぶった斬る」
三人は青筋を立てると、河童達に向かって飛び掛かろうと足を踏み込む!と同時に、泥に足を滑らせて仲良く揃ってすっ転んだ!
「何やってんだてめぇら」
アンバーのツッコミが入った。
対して、体格も良く足腰がしっかりしている蒼龍は、足運びも安定していて崩れる様子もなく、巨大な偃月刀を振り回して次々と河童を薙ぎ払っていく。
アンバーも然り。銃士隊、海賊、騎馬兵と人生を送ってきた彼にとって足場の悪い戦場など朝飯前。巧みに重心を変え、足を取られればそのまま滑り込んで相手を捉える。
「何でアンタ達はそんな普通に動けんのよ!?」
「何か問題でもあるのか」
「塹壕やらびしょ濡れの甲板やら泥道やらで戦ってりゃ嫌でも慣れんだよ!」
大男二人は、今日も元気に通常運転だ。斬り伏せ、撃ち抜き、河童達を次々と討伐していった。
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やがて、残った河童達が劣勢を見て取り、池の奥深くへと退散していく!
「逃がさない!」
「紅、深追いするな」
散々煽られて流石に怒っているのか、紅は蒼龍が止めるのも聞かず、池へ向かって駆け出す!が、踏み込んだ岸辺が崩れ、足元の泥ごと滑る!
紅の身体が、池に向かって放り出された!
「わっ!」
「紅!!」
炎帯人は泳げない――アオイの頭に浮かんだのはその事実のみ。
考えるより先に身体が動き、紅の腕を掴むと身体を入れ替え、そのまま岸側へと放り投げる!
「アオイ!?」
アオイ自身はそのまま、盛大な水飛沫を上げて池へと転落した!一瞬水面下へ潜るが、すぐに顔を出すと岸へ向かって泳ぐ。
「掴まれ」
蒼龍が急いで腕を伸ばす。アオイが掴むと、片腕一本ですんなりと引き上げてくれた。
「アオイごめん!大丈夫!?」
泥だらけの紅が心配そうに駆け寄り、アオイの肩を掴む。温かい手に一瞬安堵するも、距離の近さに恥ずかしくなる。
「大丈夫。紅も無事で良かった」
照れ隠しもあるのか、少しぶっきらぼうに言うと、顔を背けた。
しかし、アオイの身体は、頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れだ。よりによって雨の肌寒い日に、冷たい池の水に浸かってしまった。ただでさえ白い顔が更に青白くなり、唇は薄ら紫色になっている。
「……嫌な予感がする」
アオイは水分を吸ってぺちゃんこになった髪の先から、ぽたぽたと水を滴らせながら呟いた。
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河童討伐を終えた翌日、空はうって変わってすっきりと気持ち良く晴れ渡っていた。
「アオイ遅いね」
河童討伐のお礼の一環として一夜の宿を提供された紅達は、食堂で朝食を待ち侘びていた。もちろん朝から二十人前。当然、厨房は戦場と化している。河童が去ってまた一難とばかりに、調理器具の騒がしい音がひっきりなしに聞こえていた。
「珍しいわね、アオちゃんが寝坊なんて」
卓は眠そうな顔をして、朝梳いたばかりの髪の毛に指を絡めている。
「いつもオレらよりは早く起きてんのにな」
アンバーもまだ眠いのか、欠伸を噛み殺していた。
部屋に様子を見に行っていた蒼龍が、食堂へと戻って来る。席には着かず、殺伐とした厨房へ向かい何かを頼んだ。宿の亭主は血走った目をしながらも、蒼龍に何かを渡す。
「蒼龍、アオイは?」
紅が蒼龍の背中に声を掛ける。
振り向いた蒼龍の手には、桶と水差し、布、それに氷が抱えられていた。
「アオイが熱を出した。恐らく風邪をひいている」
「…え?」
蒼龍の言葉に、三人は同時に椅子から立ち上がった。




