最強決定戦
とある村外れの草原で、紅達五人は昼食を摂るべく休憩していた。蒼龍が焚き火を起こし簡単な調理をこなし、アオイは村で仕入れた薬草の整理、アンバーは寝っ転がって、少し離れたところで組み手をしている紅と卓の様子を眺めていた。
炎帯人は剣術だけではなく、体術も駆使して戦う。二人は旅の途中、時間を見つけてはよく稽古をしている。
「卓、脇空いてるよ!」
「ちょ!?」
紅が素早い動きで卓の懐に潜り込む!そのまま卓の左腕を掴むと、後ろ手に捻り上げてその身体を崩した!
「あだだだだだ!!ちょっと待って紅ちゃん、そこ曲がらないわよ!?」
「え?」
「え?じゃないわよ!!」
尚も体重を掛けてくる紅に、卓は右手で地面を叩きながら白旗を上げる。紅は慌てて卓の身体を解放した。
「で、誰の稽古なんだ?」
「アタシのに決まってるでしょ!」
「どう見ても嬢ちゃんの稽古にしか見えねえぞ」
「でしょうねえ!!」
呆れた様子で片肘を付いて眺めるアンバーに、卓は即答する。半べそで左腕の関節を回し、折れていない事を確認した。
薬草の束を纏めながら、アオイが何気なく疑問を口にした。
「そういえば…純粋に武器なしで戦ったら、僕達って誰が一番強いのかな?」
「あ?」
アンバーが起き上がる。軽く伸びをして、首を回した。
「そんなん実際やってみねえと分かんねえだろが」
「面白そう!やろうよ!」
紅が目を輝かせて食い付く。アオイも興味があるようで、薬草の束を急いで荷物に仕舞った。
「いいね。体術のみで勝負。怪我させない、もちろん殺さない」
「最後の条件お前だけだろ」
アンバーは若干恐怖に滲んだ目をアオイに向けた。
「アタシはちょっと休憩。まずは見学させてもらうわ」
卓は右手を上げて、地べたに座り込む。
「俺はやらん」
蒼龍は鍋をかき混ぜながら、視線すら向けずに断った。
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まずは紅とアオイが対峙する。
だが、向かい合った瞬間から様子がおかしい。紅が構えを取るのに対して、アオイは両手をだらりと垂らし、ただ立っている。
「いくよ!」
紅が地面を蹴り、アオイに向かって突っ込む!しかし、その先には既にアオイの姿はない。
「あれ?」
紅が首を傾げた、その瞬間。
「頸動脈」
アオイの指が紅の首筋に触れ、即座に消える!
「延髄」
今度は後頭部の付け根。
「肝臓」
右背中、肋骨の下辺り。
「鳩尾」
胸の中央。
アオイは目にも止まらぬ神速の動きで、次々と紅の身体に指で触れていく!対して紅は、アオイに一撃も入れられないどころか、その身体すらまともに触れない。
「速いなあ!」
「逃げるのと殺すのは得意だからね」
「何か物騒な事言ってるわよ」
卓が呆れた声を出す。アンバーは何かに気付いたように顔を顰めた。
「てめぇ、さっきから突いてる場所って…」
「分かった?人体急所。本気ならもう死んでる」
「怖え事言うな!」
高速で動きながら告げるアオイに、アンバーは思わずツッコミを入れた。
アオイのスピードに翻弄されているような紅だが、その動きはしっかりと読んでいる。空振りを繰り返しながら回避方向を読み、遂にその動きを捉えた!
「捕まえた!」
「あ」
紅がアオイの右腕に肘を引っ掛けて掴むと、全身を使って地面へと引き倒す!そのまま馬乗りになり関節を極め、身体を拘束した!
「私の勝ちだね!」
嬉しそうな紅に対して、アオイは地面に押さえ込まれたまま淡々と言った。
「殺しちゃ駄目だと圧倒的に不利だね」
「だから怖え事言うんじゃねえ!!」
アンバーは恐怖のあまり、アオイを怒鳴りつけた。
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次に紅と対決するのは、アンバー。
「アンバー大丈夫?怪我しない?」
紅が構えながら、アンバーに声を掛ける。普段銃を使って戦っているアンバーだ。果たして本格的な体術が使えるのだろうか。
しかしアンバーは不敵に笑うと、背中に預けていた重心をゆっくりと落としていく。今から三百年前、モンク僧として生きた時に体得した構え。
「……へえ」
アオイが感心したように声を上げる。見ただけで分かる、隙のない綺麗な構えだった。
「心配すんな嬢ちゃん、体術くらいオレも使える」
「…うん!」
紅は嬉しそうに頷くと、地面を蹴りアンバーに飛び掛かった!
紅は踏み込みと同時に拳を繰り出す!アンバーは身を捻って躱すと、その腕を取ろうと手を伸ばす!しかし紅は素早く腕を引くとしゃがみ込み、両手を地面に付いて身体のスプリングを効かせた強烈な下段蹴りを放つ!アンバーは半歩下がって器用に避ける!
紅の猛攻は止まらず、拳、肘、膝、蹴りと立て続けに飛んで来る!その度にアンバーは半歩下がり、上半身を捻り、時に避け、時に攻撃を腕で受け流す。
「流石に速えな!」
紅の拳がアンバーの頬を掠める。
「アンバーすごい!全然決まんない!」
紅が強く踏み込む!アンバーも同時に踏み込んだ!二人の腕が交錯し――紅の腕がアンバーの腕を掴み、そのまま背後に回ろうと身を捻る!
しかしアンバーは紅の動きに合わせて重心を巧みにずらすと、がら空きになっていた紅の足を引っ掛ける!
「うわっ!」
紅の身体は一瞬宙に浮く!アンバーは掴まれていた腕を利用して、そのまま紅の身体を地面へと押し倒した!
「負けた…!アンバー強いね!」
紅は地面に転がったまま感心したように息を吐く。アンバーは紅の腕を取り、引き起こした。
「いや、嬢ちゃんもなかなかだったぜ。こりゃ五年後はどうなってるか分かんねえな」
「じゃあまた五年後もやろう!」
笑って言う紅に、アンバーは一瞬動きを止めた。
五年後――いつの間にか考えないようにしていた、未来の時間。
今の人生がどこまで続くのか、今度はどう終わるのか、いつもそんな事ばかり考えていた。
でも、九回目のこの人生では、傍に居る人が当然のように未来を見せてくれる。
「…そうだな。まあその時も、負けやしねえよ」
アンバーは金色の目を少し細めて、嬉しそうに笑った。
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「さてと、次はどうする?」
アンバーは首を左右に捻ると、アオイを見た。アオイは手を振って笑う。
「僕は殺せないと不利だからやめとくよ」
「ホント怖えなお前」
アンバーは視線を動かすと、卓に目を付ける。
「…まあ、卓は弱っちくて高が知れてるけどな」
「…何ですって?」
ニヤリと笑って揶揄うように言うアンバーに対して、卓はゆらり、と立ち上がる。
「言ってくれるじゃないの。泣くのはアンタよ?」
「どの口が言ってんだか」
アンバーは鼻で笑い、拳を握り、身体の前で掌と打ち合わせる。卓も嫌な笑みを浮かべると、右手の甲で顎の下を拭う。
そのままどちらともなく、地を蹴って飛び掛かった!
アンバーは手始めにジャブを打つ!流石の卓も、軽い一撃はすんなり避ける。しかし、避けた後は隙だらけだ。
「空いてんぞ!」
がら空きの胴に肘打ちを入れようと構えたその瞬間、卓の左手が動いた!
「ぶはっ!?」
立ち上がる際に掴んでいたのか、卓の左手から砂が、アンバーの顔面目掛けて投げつけられた!
「目潰し♡」
卓はそのまま、思わず顔を覆うアンバーの脛を思いっきり蹴り飛ばす!
「痛ってえ!!」
「アンタ隙だらけよ!」
再び卓の足がアンバーに襲い掛かる!アンバーは咄嗟に腰を引いて避けた!卓の足の軌跡に何かを察し、アンバーのこめかみに青筋が立つ。
「てめぇ…今何しようとした…」
「金的♡」
「殺さねえって約束だろうが!!」
「そんな程度で死なないわよ!!」
「死ぬわ!!てめぇも男なら分かるだろ!!」
アンバーは一気に距離を詰めると、卓の身体を両腕ごとがっちりと拘束する!
「おら、大人しく――」
「きゃあぁぁあ!!セクハラよおぉぉお!!!」
「変な事言うんじゃねえ!!」
「乙女に何て事すんのよ!!」
「誰が乙女だ!!」
アンバーはそのまま卓を地面に押さえ込もうとする!卓はアンバーの服を掴み、逆に制圧しようともがく!最終的には地面を転がり、名実共に酷い泥試合を繰り広げた!
紅はそんな二人の様子を、腹を抱えながら笑って観戦していた。
「ねえアオイ、これってどっちが勝ってるの?」
「そうだね」
アオイは片眼鏡を押し上げる。
「卓は矜持で負けてる」
「聞こえてるわよ!!」
「アンバーは尊厳で負けてる」
「どういう意味だ!!」
アオイは一旦言葉を切ると少し考えてから、再び片眼鏡を押し上げた。
「二人とも、人間としては負けてる」
「やかましいわ!!!」
容赦ないアオイの分析に、アンバーと卓の声が綺麗にハモった。
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泥試合を続ける二人を見かねたのか、遂に蒼龍が動いた。二人の首根っこを掴み、同時に持ち上げる。
「もうやめろ」
「こいつが悪い!!」
「二人ともだ」
蒼龍は二人を左右に引き剥がす。まるで猫のように、二人は蒼龍の手にぶら下げられていた。そのままぽとりと地面に落とされる。
蒼龍は焚き火に戻ると、料理の続きを再開した。ここまで一切組み手に参加していない蒼龍に、紅は声を掛ける。
「蒼龍もやろうよ!」
「やらん」
「何で?」
「怪我をする」
「手加減すればいいんでしょ?」
蒼龍は軽く溜息を吐くと、紅の方を振り向いた。
「俺ではない、お前達が怪我をすると言った」
「……」
蒼龍は再び鍋の方へ向き直った。
「…聞き捨てならねえな」
アンバーに火がついた。
「喧嘩売られてるわね」
卓の顔も変わる。
「四人でやっちゃおうか」
アオイも本気だ。
「よし!」
紅もノリノリになる。
四人はそれぞれ蒼龍の背後に回る。
瞬間、紅は上に飛び上がり、アオイは死角に回り込み、アンバーは真後ろから飛び掛かり、卓は手に砂を掴み投げつけようと腕を振る!
四人同時に、蒼龍に攻撃を仕掛けた!
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風が優しく草原を撫でていく。静かな空気の中、蒼龍は何事もなかったかのように鍋を掻き混ぜていた。
「……?」
紅はご丁寧に両手を膝の上に添えて、正座していた。その下から苦しそうな声が聞こえる。
「嬢ちゃん…どいてくれ……」
「あ、ごめん」
紅の下では、アンバーがうつ伏せで伸びていた。
「…速さ、関係ないんだね」
横ではアオイが仰向けで空を仰いでいる。片眼鏡は少しずれていた。
「誰か助けなさいよお…!」
少し離れたところからくぐもった声が聞こえる。見ると、藪から卓の両足が生えていた。
ボロボロの四人が蒼龍の傍に集まった。ちょうど麻婆豆腐が出来たらしく、蒼龍が皿に取り分けていく。四人は大人しく受け取り、食べ始めた。
アオイが真顔で蒼龍に尋ねた。
「蒼龍、今のどのくらいの力加減だったの?」
「組み手だから相当に加減した」
「……」
アオイは思わず沈黙する。
「…聞かなきゃ良かった」
アンバーは悔しそうな顔でスキットルを取り出し、勢いよく煽った。
「ロンロンとは二度と争わないわ…」
卓は葉っぱを髪に絡ませたまま、麻婆豆腐を掻き込んだ。
紅は早々に皿を空にすると、麻婆豆腐のおかわりを蒼龍にねだる。
「蒼龍凄かった!またやろうよ!」
「やらん」
蒼龍は紅の皿におかわりを入れると、眉間に手を当てて深く溜息を吐いた。




