↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
閑話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/90

賭博場・後

 バーカウンターに並んだ色とりどりのチケッティに、紅の目は釘付けになる。

「ここからここまで全部ください!」

 本来であれば酒と共に少量を頼むものであるが、この少女は食に全振りしているらしい。バーテンダーは困惑しつつも、小皿に盛り付ける。

「そんな小さいお皿じゃなくて、もっと大きなお皿で貰えるかな?」

 バーテンダーは更に困惑する。大皿に二人前ほどを盛る。

「ああもう、そうじゃなくて…あのお皿に山盛りにしてくれないかな?」

 紅が指差したのは皿ではなく、給仕が使っている巨大な銅製のトレンチだった。バーテンダーは困惑に顔を歪めながら、トレンチに十人前を盛り付ける。紅は嬉しそうに受け取った。

「いただきます!」

 目の前でみるみるうちになくなっていくチケッティ。あっという間にトレンチの上は空になっていた。

 紅は物足りないようにお腹をさすると、再び口を開く。

「…同じ量、おかわりしていいかな?」

 用意していたチケッティが、たった一人の少女に食い尽くされるかもしれない危機。バーテンダーの顔は真っ青になった。


-----


 蒼龍は隅のソファに腰掛け、目を閉じていた。寡黙な性格通り、賑やかな場は苦手である。

 眉根を寄せて難しい顔をしていると、隣から声を掛けられる。

「お疲れですかな?」

 目を開き声の方を向くと、そこには上品な身なりの、いかにも人の良さそうな老人が笑顔を浮かべていた。

「いや、場に慣れていないだけだ」

「そうでしたか。まあ、この様に人々の欲望が渦巻く場所、慣れろという方が難しいでしょうな」

 真っ当な老人の言葉に、蒼龍は瞠目する。

 真っ白な髪に真っ白な髭を蓄えた好々爺然とした風貌。どこかしら燈照仙人(とうしょうせんにん)を思い起こさせる。老人は煙管をふかし、蒼龍に微笑みかける。

「若い方。せっかくですし、少し老人の世間話に付き合っては貰えないかな?」

「…いいだろう」

 蒼龍は懐かしい思いも相まって、自然と頷いていた。


-----


 アオイはポーカーのテーブルで、人々を観察する。

 最初の数戦は普通に勝つ。だが、相手の顔色を読み、ここぞというところで――敢えて負ける。

「残念だったわね」

 負けが続いていた御婦人が、嬉しそうに微笑む。これで相手には「自分の方が強い」という自尊心が生まれる。

「うーん、やはりなかなか上手くいかないですね…」

 アオイは情けない表情を作り、再び勝負に挑むフリをする。御婦人も同じように賭けてくる。

「奥様は随分この辺の事情に詳しいようですが、何か面白い話をご存知なのでは?」

「あら、そう見える?面白い話といえば、ここから東の国で妙な研究が流行っているようねえ」

 自尊心が強い人間は、面白いくらいよく喋ってくれる。少しきっかけを掴んでしまえば、後は簡単。

 アオイはポーカーに負けているのではない。ポーカーを使って情報を買っているのだ。


-----


「さあ、今度こそ決めるわよ!」

 ブラックジャックに興じる卓は、鼻息荒くカードを捲る。

「18…いける!」

 ディーラーが伏せ札を捲る。

「ブラックジャック」

「……」

 再び賭け金を置く。ディーラーがカードを配る。卓の手元には合計20のカード。

 ディーラーが伏せ札を捲る。合計は10。

「よし…今度こそ…!」

 ディーラーがカードを引くと、スペードのエースが出る。

「21」

「……」

 卓の顔が真っ赤になる。ここで引いたらオネエが廃るとばかりに、賭け金を置く。手札は11。

「ダブルダウンよ!」

 賭け金を倍にして、カードを一枚引く。ハートの10。合計21。

「勝ったあぁぁ!!」

 卓は思わず立ち上がり、ガッツポーズを決める。しかし。

「ブラックジャック」

 ディーラーのカードは、スペードの10とジャック。

「…………」

 卓はゆっくり座り直すと、テーブルに肘を付いて項垂れた。

「……ねえ。このテーブル、アタシに対して何か恨みでもあんの?」

「卓(テーブル)だけに」

「上手い事言ってんじゃないわよ!」


-----


 アンバーはルーレットの前に座り込んで、ひたすら賭け続ける。

 二百年近く人生を繰り返してきたアンバーにとって、賭け事は趣味の一つと言っても過言ではない。モンク僧だった三度目の人生でさえ、師匠の目を盗んで賭場に通っていたほどである。勝てば金が手に入る単純さと、命を張らなくても出来る人間同士の駆け引きが、何ともたまらない。

 今のところ順調に勝ち続け、手元の資金は潤っていた。

「今日はオレはツイてる」

 勝ち分を眺め、アンバーは満足そうに頷いて笑った。一気に勝負を仕掛けようと、賭け金を倍に増やす。

「黒だ!」

 ボールは黒に落ちる。

「おっしゃ!」

 アンバーは調子に乗って、賭け金を吊り上げていった。


 だが、二百年近く経験値を積んでも一向に学習しない事がある。

 調子の良い時ほど、引き返す勇気を持つ事。

 そして、勝つ確率以上に、負ける確率が存在するという事である。


「…………」

 赤に落ちたボールを眺めて、アンバーは呆然としていた。

 つい半刻前まで勝っていたはずである。だが、彼の前にあれだけ積まれていた賭け金は影も形もなく、綺麗さっぱり消え去っていた。

 アンバーは口をぱくぱくさせながら、すっからかんになった目の前とディーラーの顔を交互に見る。ディーラーは静かに首を振った。

「……終わった…」

 アンバーはふらふらと椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き出す。直後、同じようによろよろと歩く卓とぶつかった。

「お前…」

「……」

 完全に死んだ目でアンバーを睨む卓の顔に、アンバーは全てを察する。

「…まあ聞かなくても、てめぇの運のなさは分かる」

「うるさいわね」

 賭博場(カジノ)に着いた時、あれだけ元気だったダメな大人二人は、全てを搾り尽くされて完全に打ちのめされていた。


 どよんとした空気を撒き散らしながら歩く二人に、音もなくアオイが合流してきた。もはや驚く元気もない。

「その顔は順調に負けてきた、で合ってる?」

「うるせえな」

 悪気なさそうに尋ねてくるアオイに、アンバーはジト目を返した。卓もジロリと睨みながら口を開く。

「アオちゃんはどうなのよ」

「僕はわざと負けた」

「え?」

「その代わり、面白い話はたくさん仕入れたよ」

「お前はギャンブルを何だと思ってんだ」

「情報収集の手段」

「目的が間違ってるでしょうが」

 卓が呆れたように肩を落とした。

 その後ろから、紅が飛び付いてきた。蒼龍も一緒だ。

「卓どうしたの?元気ないね!」

 アンバーは元気の良い紅の様子に、一筋の希望を見出す。

「嬢ちゃんはしっかり強運発揮出来たんじゃねえか?」

「何が?」

 紅はきょとんとした顔を返す。

「アンバーの言ってた通り、酒場のご飯は美味しかったよ」

「…どれくらい食べたのかしら?」

「お金使い切っちゃうくらい!」

 賭博場で賭博をする事なく、全財産を失う少女が爆誕していた。アンバーと卓は思わず両手で顔を覆う。アオイは溜息を吐いて、蒼龍を見た。

「結局、蒼龍以外はお金を使い切ったって事だね」

「……」

「蒼龍?」

「…実は俺も使い切った」

「……は?」

 全員が固まる。蒼龍は申し訳なさそうに口を開いた。

「老人に誘われるまま、麻雀に興じてしまった。師匠に雰囲気が似ていたので油断した。

 そもそも、師匠も博打癖が悪かったのをすっかり忘れていた」

「見事にカモられてんじゃねえか」

 アンバーは肩をがっくりと落とし、全員を見渡した。豪華な衣装に身を包んでいるが、中身はただの文無し集団だ。その懐には誰一人、一銭も残っていない。

「オレら結局、全員すっからかんかよ」


 五人は項垂れたまま、賭博場を後にする。

 迫力満点だった到着した時とは正反対の様子に、コンシェルジュの二人は心配そうに後ろ姿を見送った。

「賭博場って怖いですね…」

 一人がぽつり、と呟いた。


-----


 五人はそのまま街を後にすると、一瞬で無駄遣いをした反省の意味も込めて、その夜は野営をする事にした。


 翌朝、蒼龍はいつも通り誰よりも早く目を覚まし、焚き火に火を入れようと身体を起こす。ふと枕元に、小さな革袋が置かれている事に気が付いた。中身はちょうど、昨日卓が払った衣装代と同じくらいの金銭。

 蒼龍が目覚めた気配を察したのか、革袋を置いた張本人が寝返りを打つ。

「……あー…」

 薄目を開けたアンバーが、革袋を持つ蒼龍の顔を見て気まずそうに目を逸らす。

「これはお前の金か」

「まあな。昨日最初に勝った分だけ取っといた。卓に渡しといてくれ」

「本人に渡せばいいだろう」

「…んな恥ずかしい事出来るかよ」

 アンバーは寝っ転がった状態のまま、右手で首筋を掴んだ。そして再び寝返りを打つと、蒼龍に背を向ける。

「まあ、聞かなかった事にしてくれ」

「分かった」

 蒼龍はそれ以上何も言わない。焚き火に火を付けると、川魚でも釣りに行くのか、立ち上がる気配がした。


 アンバーはその気配を感じながら、二度寝しようと目を閉じ、息を吐いた。

「……ったく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。