賭博場・前
ローエングラードからほど近い、とある大都市国家。街は昼夜問わず活気に溢れ、国内外から絶えず人の波が押し寄せている。それには理由があった。
「賭博場?」
昼下がりのカフェにて、七人前のパスタを前にして紅は首を傾げる。
「大人が遊ぶところよ。こないだ王子サマとクッキー賭けて遊んだでしょう?同じようなゲームがたくさんあって、実際にお金を賭けるのよ」
卓は同じくパスタの山に囲まれていた。長い髪を耳に掛けながら食べる。アンバーは相変わらず昼間だというのに酒浸りだが、心なしかうずうずしている。
「蒼龍、ローエングラードの王様からはたっぷり金貰ってるよな?」
「ああ」
確かに先日の一件で、王家から莫大な報奨金を貰い家計は充分潤っている。蒼龍は嫌な予感を覚え、牽制する。
「……賭博場へは行かん。無駄遣いは禁止だ」
「んな事言わずにさあ!!」
「そうよお!ちょっとだけ!ちょっとだけよ!!」
財布の口を固く締め上げる蒼龍に、子供のように縋り付くアンバーと卓。ダメな大人代表のような姿に、アオイは冷たい視線を送る。
「そう言ってる人ほど『ちょっと』じゃ済まなくて、真っ先に借金抱えるんだよね」
「アオちゃんは黙ってなさい!」
恐らく図星であろう、卓は怒鳴るが全く迫力がない。
「なあ、嬢ちゃんも行ってみたいよな?社会勉強になるぞ」
アンバーは標的を紅に変更する。紅はパスタを頬張りながら考える。
「私、別に勉強はしたくないけど」
「社会勉強自体はもう少ししておいた方が良いと思う」
アオイの鋭いツッコミはさておき、アンバーは諦めずに交渉材料を捻り出す。
「賭博場には酒場が付いててな、美味いもん食えるぞ」
「行く」
紅は即答すると、蒼龍に向かって、有無を言わせぬ意志の強い目を向ける。
「今夜は賭博場ね!」
「……」
アンバーと卓は顔を見合わせてニヤリと笑う。紅には「ご飯」、そして蒼龍には「紅」をぶつければ大抵何とかなる。非常にチョロい。
蒼龍は眉間に手を当てて、深く溜息を吐いた。
「…決まった額の金は渡すが、それ以上は使わせんぞ」
「おっしゃあ!!」
「今夜は思いっきり遊ぶわよ!!」
手を合わせ、椅子から飛び上がらんばかりに喜ぶダメな大人二人。
「何か美味しいもの食べられるかなあ」
「知らん」
紅は目の前にまだパスタが山盛りになっているにも関わらず、次の食事の事で頭が一杯だ。
アオイはその様子を見て、一足早くデザートのティラミス3個目を食べながら呟いた。
「…凄いね。既に嫌な予感しかしない」
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カフェの厨房を散々荒らした後に訪れたのは、街で一番大きい衣装屋。
「……なんで?」
紅が卓に尋ねる。卓は嬉しそうに店内を見渡しながら答えた。
「賭博場っていうのは、ある程度正装しないと入れないのよ。特にそこのヨレヨレの服着たおっさんなんかは間違いなく門前払いになるわ」
「誰がヨレヨレの服着たおっさんだ」
アンバーの抗議の声を無視して、卓は続ける。
「アタシ達、いつも旅装でオシャレな服持ってないでしょう?この際だから、一着くらいちゃんとした服買いましょうよ」
蒼龍は手近にある服の値札を手に取り、確認する。見た事もない金額に、さっと顔色が変わった。
「卓、待て。一体誰が払うんだ」
「安心なさい!ここはアタシのポケットマネーで払うわ!」
「…前から不思議だったんだけど、卓の財布ってどうなってるの?」
アオイの素朴な疑問に、卓は一瞬ピタリ、と止まる。アオイの方へ振り向くと、唇に一本指を当ててウインクを返す。
「企業秘密よ♡」
男三人の服は卓の手によってさっさと決まった。もとより男共は選ぶ気もなければ、選択権すら与えられていない。
問題は――ここからである。
「卓、どうかな?」
「いやだ紅ちゃん可愛すぎる!次こっち着てちょうだい!」
「分かった!卓も素敵だね!」
「ありがと♡でもちょっと地味よねえ!」
店内でキャイキャイと騒ぐ少女とオネエの二人。むしろオネエの方がハッスルして、少女の専属スタイリストと化している。
かれこれ一時間、男三人は既に疲れ切っている。蒼龍は店員から出された茶を啜り、アオイは店内の本を捲り、アンバーはソファに寝転んで昼寝を始めた。
「ちょっとアンタ達!暇そうにしてないでちゃんと見なさいよ!!」
卓はそう言うと、目の前にずいと紅を押し出す。玉虫色のオーガンジーがかかった、膝丈のふんわりしたワンピースに身を包んだ紅が、少し照れ臭そうに立っていた。
「…ああ」
「似合うと思う」
「いいんじゃねえの」
三人からテンプレ通りの回答を得て、紅は振り向く。
「……だって」
「コイツらに意見を求めたアタシが馬鹿だった」
卓は頬に手を添え、心底呆れたように溜息を吐いた。
その後も二人のファッションショーは続く。
「紅ちゃん次こっちよ!」
「了解!ところで卓、その裂けてる服色々見えそうだよ!」
「スリットって言ってちょうだい!魅せるのよ!!」
「なるほど!寒くないの?」
「オシャレには我慢も大事なのよお!!」
ゆうに三時間は経とうとしている。蒼龍は坐禅を組み、アオイは三巡目となる本を退屈そうに捲り、アンバーは鼾をかいている。
「次はこっち!いややっぱりこっちだわ!!」
「卓、その服前も後ろも裂けてるけど大丈夫なの?」
「だから魅せてるのよ!!しかも裂けてる訳じゃないのよ!?」
「スリッパだっけ?」
「スリットよお!!」
アンバーは卓の騒々しさに薄目を開けて、眉間に皺を寄せる。
「…いつ終わんだよ」
アオイは本に目を落としているが、三巡目なので最早読んですらいない。
「知らない」
蒼龍は坐禅を組んだまま微動だにせず、ひたすら己の世界に集中していた。
そして遂に、四時間が経過した。
「完成よ!!」
卓が達成感に満ち溢れた笑顔を浮かべた。紅も嬉しそうな顔をしている。
「……終わった……」
男三人は長い戦争を生き残ったような表情で顔を見合わせ、盛大な溜息を吐いた。
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都市の中心部にある巨大な賭博場は、夜になると眩しい程の照明で照らし出される。一際人の出入りが激しくなる、正に不夜城だ。
五人は建物の中に入り、クロークに荷物を預ける。コンシェルジュは番号札を渡し――思わず手を止めた。
「ありがと」
番号札を受け取り、卓がチップを渡す。
「…すごい迫力ですね」
「ああ……」
二人のコンシェルジュはぽかんとした表情で、五人の後ろ姿を見送った。
大きな観音扉を開けた瞬間、華やかな雰囲気が五人を包んだ。
高い天井には巨大なシャンデリアが燦然と輝き、壁に施された金箔の装飾と、数々の色鮮やかな絵画を照らす。どこかから流れる弦楽器の音を背景に、磨き上げられた大理石の床の上を、豪華な衣装に身を包んだ人々が行き交い、談笑を交わす。
中央には幾つものテーブルが並び、カードを切る音、硬貨の触れ合う音、グラスを置く音が絶えず鳴り響く。その中に、囁き声や息を呑む音、笑い声に悔しそうな溜息まで、人々の欲に満ちた音が混じる。
ここは場末の賭場ではない、由緒正しき社交場。
その中に突如現れた五人組を見て、賭博場の空気が一瞬止まった。
最初に飛び込んできたのは紅。黒一色のふわっとした膝下丈ワンピースは、肩と腕は繊細なレースで覆われていて、まるでどこかの令嬢のように上品だ。
蒼龍は黒地に鈍い金糸刺繍が入ったチャイナスーツ。元来持つ蒼龍の気品を際立たせている。
アオイはフロックコート。光沢のある真っ黒の服と白銀色の髪が、鮮烈なコントラストを描いている。
アンバーはシンプルな黒スーツに相変わらず前を寛げているが、髪をオールバックに整えているだけでしっかり新興貴族に見える。
そして、卓。長い金髪を結い上げ、金の髪飾りで豪奢に纏めている。すらりとした肢体を包むのは、身体にぴったりと沿う黒のスパンコールドレス。ホルターネックと腰辺りまで深く入る大胆なスリットで、手足と背中を惜し気なく曝け出している。その美貌から放たれる、圧倒的存在感。
カードを配るディーラーの手が止まり、グラスを運ぶ給仕が振り返り、演奏していた弦楽器奏者のアンサンブルが一瞬乱れる。
「誰だ……?」
「何処の貴族かしら……?」
「いや、どこかの劇団か……?」
その場の全員が、五人の姿に釘付けになった。
ところが。
「美味しそうな匂いがする!」
紅は色気より食い気とばかりに、早速バーカウンターへと駆け出す。
「…帰りたい」
蒼龍は大きな身体を縮めるように、隅の方のソファへと移動する。
「本当に嫌な予感しかしないんだけど」
アオイはぶつくさ言いながら、どうせなら色んな情報を引き出そうと獲物を狙う目をしている。
「っしゃ、勝ちまくるぞ!」
アンバーは黙っていれば良いのに、早くも地が出て新興貴族から裏社会の構成員に成り下がる。
「アタシも負けないわよ!」
卓は妙な迫力そのままに、ドレスの裾を翻しながらピンヒールの音を豪快に立て、いざ戦場へと繰り出す。
「一体、彼らは何者なんだ……」
周囲の唖然とした視線を他所に、五人は思い思いに賭博場内へと散っていった。




