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応接室の方向から、大勢の人数が駆けて来る音がする。衛兵達を引き連れて、蒼龍達が姿を現した。
「テオ!!」
「母上!!」
テオドールの姿を認め、アーデルハイトは駆け寄り跪くと、その身をしっかりと抱き締める。テオドールは母に縋り付き、緊張の糸が切れたかのように号泣した。
蒼龍に支えられるようにして移動してきたフェリクスが、二人の肩を強く抱えた。
「無事で良かった…!」
フェリクスの顔が崩れる。それは王としてではなく、父としての安堵の表情だった。
「どういう事だ!一体何があった!?」
恐らく衛兵の誰かが急ぎ報告したのであろう、騒ぎを聞き付け、顔面蒼白になったヴィルヘルムとその一行が回廊の向こうから現れた。
拘束されたヴェルデがその中の一人、でっぷりと太った大臣を顎で指す。
「そいつよ…私の依頼主。王弟殿下の印章を偽装して、傭兵を募っていたのも、ね」
「なっ!?」
大臣は顔を真っ赤にして絶句する。何か言いかける前に、ヴィルヘルムがその首元を掴んで締め上げた!
「貴様…!!」
「っ…全ては殿下の為に!このように無知で、甘ったれた小僧に国を任すなど、私は決して認めませんぞ!!」
「黙れぇっ!!」
ヴィルヘルムは一喝すると、大臣の身体を床に叩き付けた!青筋を立てて目を剥き歯を食い縛り、怒りで肩を上下させるヴィルヘルムに、大臣は痛みと恐怖で身を震わせる。
「誰がそんな事を命じた!私は、一度たりともテオを…兄上を、義姉上を傷付けろと言った覚えはない!!」
吐き出すように怒鳴り、大臣を捕らえるよう衛兵に命じる。そして、視線を合わせるようにテオドールの前に跪くと、その肩を掴んで項垂れた。
「テオ……怖い思いをさせて申し訳なかった。
私はただ、お前が幼くして王になる事が不憫でならなかった。せめてお前が成人を迎えるまでは、私が兄上を補佐して政務を繋げればと思っていたのに、まさかこんな事になっているとは…」
ヴィルヘルムは一層深く頭を垂れ、絞り出すように言葉を続ける。
「兄上、申し訳ございません。私の存在が王家の対立を生み、結果的に王太子の命まで危険に晒してしまいました。
最早臣下の命だけでは足りぬでしょう。私は責任を取って、王位継承権を放棄し隠棲いたします。二度とお目に掛かる事はいたしません」
「嫌だ」
テオドールが即答した。ヴィルヘルムは驚いて顔を上げる。テオドールは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、ヴィルヘルムを見ていた。
「叔父上は何も知らなかったんでしょう?なら、叔父上が罰を受ける必要なんかない」
「だが、私がいる限り、再びお前の命を狙う輩が現れるかも…」
「僕は王になって、自分の身をしっかり守れるようになる。もちろん、叔父上の事も守る」
テオドールの濡れた目の奥に宿る強い光に、ヴィルヘルムは瞠目した。
フェリクスがヴィルヘルムの肩に手を乗せる。
「ヴィル、お前だけの責任ではない。私は王として、また兄として、お前に政務を任せっきりにして孤独へと追い込んでしまっていた…申し訳ない」
「私も、貴方の真意も知らずに疑いの目ばかりを向けていました」
アーデルハイトが立ち上がり、深々と頭を下げる。ヴィルヘルムは言葉が出ない。
「もういいよ」
テオドールが大人達を見渡す。涙で濡れた頬を柔らかく崩して、にっこりと笑う。
「母上も父上も、叔父上も、そして僕も…みんなやり方を少しずつ間違えてただけなんだ。僕達は大事な家族なんだから、また一緒にやり直せばいいよ」
その言葉に、大人達の目尻に涙が浮かぶ。四人は、家族の絆を確かめ合うように、固く抱き合った。
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衛兵達はヴェルデをはじめとした襲撃者達、そしてクーデターを企てていた大臣を次々と拘束する。陰謀に加担していた者や、別の形で企てていた他の臣下達も捕らえるべく、衛兵達が屋敷へ向かっているはずだ。
連行されるヴェルデを見送るアオイの後ろから、紅が声を掛けた。
「アオイ、凄かったね!お姉さんとの喧嘩!」
アオイの顔色が一気に変わる。紅の方へゆっくりと顔を向けると、恐る恐る尋ねる。
「……いつから見てたの?」
「『今の僕の方がいい』って言ってた辺りから。二人とも速過ぎて、動きを追うのが大変だったよ」
紅はにこにこしながら答えた。アオイは頭を抱える。
ばれた。もう隠せない。
「紅、僕は……」
ただの治癒師じゃない、暗殺者――人殺しなんだ。
言いかけるアオイの口に、紅は一本指を添える。アオイは口を噤む。
「無理して喋らなくていいよ。好きで一緒に居るんだし、隠し事くらいあったっていいんじゃない?」
いつものように歯を見せて笑う紅に、アオイは絶句した。
アオイは思わず蒼龍に目を向ける。いつも通り、無愛想を顔に貼り付けている。アオイの視線に気付くと、当然のように答えた。
「初めから気付いていた」
「へ?」
アオイは思わず腑抜けた声を漏らす。
「アブサンで躊躇なく診療所を爆破していただろう。身体捌きも、護身術の一言で片付けるのは無理がある」
「そうよお。アオちゃんったら、いつも歩く時に足音しないし気配消すし死角ばっかり選ぶし、迷子になったらどうすんのよって思ってたわ」
蒼龍に続き、卓が髪を掻き上げながら呆れた調子で言った。
「オレ飛空艇で言っただろうが、お前が自分の事ただの治癒師だっつった時に『嘘つけ』って。動きが分かりやすいんだよ」
アンバーがアオイの肩を叩いて、ニヤリと笑った。
アオイはしばらく呆然と四人を見る。ややあって、絞り出すように声を出した。
「…みんな分かってて、僕と一緒に旅してたの?」
「そうだけど?」
「害はなかった」
「まあ、全然気にしてなかったな」
「今更それがどうしたのよ?」
四者揃って、似たような温度の答えが返って来る。アオイの肩から、一気に力が抜けていった。
「……なんだ、そうだったのか…」
その場にしゃがみ込み、恥ずかしそうに顔を覆った。
紅は同じようにその隣にしゃがみ込むと、アオイの顔を覗き込んだ。
「アオイ、私達の家族だもんね!」
アオイは顔を覆った指の隙間から紅を見ると、照れ臭そうに笑った。
「……そうだね」
アオイは立ち上がると、抱き合って泣くテオドール一家を見る。
家族とは、完璧な人間の集まりではない。
間違えても、隠し事があっても、大事に思う気持ちと、一緒に居たいという思いがあれば、受け入れられる。
そして――やり直せる。
「…家族って、凄いね」
アオイがぽつりと呟く。蒼龍が僅かに口角を緩め、アンバーが顎を上げて笑い、卓が口元に手を当てて微笑む。
紅が満面の笑みでアオイを見た。アオイも、柔らかい笑みを返した。




