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レジデンツでは、紅とアンバー、そして卓の三人が、テオドールが勉強をする部屋の護衛をしていた。といいながら、紅は何故かテオドールと一緒に勉強している、というかむしろテオドールが紅相手に授業している。
「王たる者は国庫の収支を常に把握し、諸侯との利害を……」
「そうすると美味しくなるの?」
「帝王学は食いもんじゃねえぞ嬢ちゃん」
内容を全く理解していない紅に、ソファにどっかりと腰掛けて銃の手入れをしているアンバーが、流石に呆れた調子で声を掛けた。紅の後ろから卓が、髪を掻き上げながら書物を覗き込む。
「王子サマってばまだ若いのに、随分難しいお勉強してるのねえ」
「当然だ。賢王である為には知識を蓄えなければならぬ。『何も知らない』では済まされぬのだ」
卓は感心したようにテオドールの書物を手に取って捲る。どの頁も細かい文字でびっしりと埋め尽くされ、眩暈がしそうだった。
「まあ一理あるな。けどよ、知識ってのは机に向かうだけで身に付くと思ってんのか?」
横から飛んできたアンバーの言葉に、テオドールは眉をひそめる。アンバーは磨き終えた空のシリンダーを銃身に戻すと、そのまま右腕ごと掬い上げるようにして構え、目を細めて照準を確認した。そして銃を下ろすと、テオドールに向かってニヤリと笑う。
「実際経験してみねえと身に付かねえ知識なんざ、世の中には腐るほどあるぜ。やってみるか?」
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数刻後、どこに隠し持っていたのか、アンバーがおもむろに取り出したトランプを使って、四人は勉強そっちのけでポーカーに興じていた。チップ代わりに、おやつとして用意されていたクッキーを使う。
「あ、また出来てた!」
紅が嬉しそうに声を上げ、中央に積まれたクッキーをごっそりと持っていく。場札にはダイヤのエースとダイヤのジャック、クラブの10、ハートの10、そしてスペードの8。紅の手元には、クラブの8とダイヤの10があった。
「またフルハウスかよ…」
「何で毎回役が出来てるのよ……」
紅の引きの強さに、思わず項垂れるアンバーと卓。開始してから、卓の手元にはずっと最弱である2と7のオフスートしか来ない。アンバーは頻繁にアクションを起こして揺さぶりをかけているものの暖簾に腕押し、紅には何の効果もない。
アンバーのブラフに完全に踊らされているのは、テオドールだった。自分の手札を睨んでから、アンバーを睨みつける。
「…お前が自分の手札が強そうな素振りを見せるから降りたのに!」
テオドールの手札はハートの8とスペードの10、続けていれば紅と同じフルハウスだった。対してアンバーはハートのエースとクイーン、ただのワンペア。アンバーは片眉を跳ね上げて、揶揄うように笑った。
「だから言ってるだろ、経験してみねえと身に付かねえ知識なんざ腐るほどあるって」
「くっ…!もう一回!」
テオドールは悔しそうに唸ると、自分の持ち分であるクッキーを中央に差し出す。
「王子サマ、ムキになってるわね」
「うるさい!僕も一回くらい勝ちたいんだ!」
楽しげに笑う卓に反抗するテオドール。いつの間にか口調が年相応に砕けていた。
「随分楽しそうだな」
声を掛けられた四人は、顔を上げ扉の方へと向く。そこには国王である、フェリクスの姿があった。病床との事で多少やつれた様子だが、顔色は悪くない。
「父上!お加減は良いのですか?」
「今日は割と気分が良くてな、宮殿の中を散歩させて貰っている」
フェリクスは立ち上がるテオドールの頭を軽く撫でると、テーブルの上に広げられているトランプとクッキーを見て微笑む。空いていた椅子に腰掛けると、手を組んでテーブルの上に付いた。
「…ポーカーか、懐かしい。昔城下町の酒場で、旅の傭兵やらに混じって興じたものだ。折角だから一戦、混ぜてもらおうか」
「……はい!」
テオドールの顔が、ぱあっと明るくなった。
ディーラー不在なのでアンバーがカードを切り、各自に配る。続いて中央に五枚伏せて並べた。
卓は手持ちのカードを見て即座に眉を顰めると、カードを投げ出すようにさらけ出し早々に離脱する。クラブの2とダイヤの7、またしても最弱カード。最早呪いである。
「お前またかよ」
「アンタのトランプ、アタシに対して何か恨みでもあるの?」
ニヤニヤするアンバーを、卓はぎろりと睨みつけた。そのまま、ディーラー代わりに場札を三枚捲る。ダイヤのジャック、ハートの5、スペードの3。
「危険だと思ったら無理をせず引き返す。懸命な判断だ」
フェリクスはクッキーを中央へ押し出し、賭けクッキーの枚数を増やす。紅は「クッキー増えた!」と無邪気に喜んだ。
卓がもう一枚カードを捲る。クラブの9。
「自分が相手の手を読んでいるつもりでも、実は相手にそう思わされているだけかも知れんぞ」
フェリクスは更に賭けクッキーを積み増しする。
「随分強気じゃねえか」
「王だからな」
アンバーはフェリクスの顔を伺う。穏やかな、それでいてどこか威圧感の漂う笑顔。王者の風格とも取れる底知れぬ表情に、アンバーは内心肝を冷やす。
「…やめた。本当の賭けじゃなくても充分怖えわ」
手札ではとても勝ち目がない。アンバーは両手を挙げて勝負から降りた。
「それは残念だ。そなた達はまだ続けるのか?」
フェリクスは紅とテオドールに目を向け、愉快そうに微笑み掛ける。紅はそもそもクッキーしか目が入っていないので、不思議そうに首を傾げる。
「まだ負けたって決まってないのに、どうしてやめなきゃいけないの?」
その言葉に、フェリクスの目が一瞬細められた。
テオドールは困惑していた。自分の手札と場札を見比べる。最後の一枚次第では、勝ち目はあるかも知れない。しかし、紅はもとより、父親であるフェリクスが何を企んでいるのか全く読めない。
「…続けます」
テオドールは手札を握りしめて言った。
卓が最後のカードを捲る。ダイヤの8。
「結果が出るまでが勝負、最後まで諦めない事も大事だ。その真っ直ぐさが羨ましくもあるな」
フェリクスは手持ちのクッキーを全て中央に押し出した。紅の目が輝いた。
対してテオドールは顔色が変わる。自分の手札はクラブのジャックとハートの8、ツーペアで役は揃っている。しかし、フェリクスは余程自信があると見え、平然としている。
テオドールの中で、フェリクスの言葉が絡み合う。
「危険だと思ったら引き返す」
「相手の手を読んでいるつもりで、実は読まれている」
「最後まで諦めない事も大事」
何を信じればいいのか分からない。遊びのはずなのに、国王が入った事によりいつの間にか意図せず真剣勝負になってしまった。
「…降ります」
その場の圧に耐えられず、テオドールは弱々しく呟いた。
最後まで残った紅とフェリクスが、同時に手札を公開する。
「……あら?」
卓が意外そうに目を開いた。紅の手札はハートのクイーンとスペードのキング。
「珍しく役なしじゃないの」
「え?私負けたの?何か強そうだと思ってたんだけど」
「こんだけやってまだルール分かってねえのかよ」
アンバーが呆れたように言い、フェリクスの手札を見て――絶句する。
フェリクスの手札は、ダイヤの2とスペードのエース。最弱と最強のカード。
「…父上も役なしだったのですか」
「そうだな」
唖然とするテオドールに、フェリクスはしたり顔を返す。役なし同士の勝負、強い手札を持っていた方が勝ち。フェリクスは中央に積まれたクッキーをごっそりと自分に引き寄せる。紅は恨めしそうにそれを見た。
「全部ブラフだったって事かよ」
アンバーはジト目でフェリクスを睨んだ。
「相手が何を考えているのか、何を望んでいるのか、そして何を恐れているのか。裏を読み、裏を掻きながら生きていると、こういう遊びでは非常に有利かもしれんな。
王として、常に人の顔色を窺い、顔色を悟られないようにしなければならぬ」
フェリクスは自嘲気味に笑い、クッキーを一枚、口に放り込んだ。
「全く、嫌な生き方だ」
テオドールはどこか自虐的な父の顔を見て、軽く拳を握る。
「…もう一回やりましょう」
国王は少々驚いた様子でテオドールを見た。
アンバーはニヤリと笑うと、集めたカードを繰る。卓はフェリクスの前のクッキーを取り上げると、再び全員に分配した。
「王子サマ、言うようになったわねえ」
「一回じゃなくて、そのクッキー全部私のになるまでやろう!」
「嬢ちゃんはただクッキー食いたいだけだろ」
場が整ったところで、テオドールが真剣な顔でフェリクスを見る。父から何かを学び取ろうとする、強い眼差しがフェリクスを捉える。
「今度は負けません」
「…いいだろう」
五人は再び、ポーカーに興じた。
後に、熱くなり過ぎた五人が大騒ぎしているところへ「…何をしているのですか」と青筋を立てたアーデルハイトがやって来て、全員漏れなく大目玉を喰らうのであった。
テキサスホールデムポーカーについて、知識はうろ覚えです。矛盾点あるかと思いますがご容赦下さい。




