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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第十話 秘密

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 暗殺者としてのアオイが誕生したのは、九歳を迎える頃だった。


 対象者はとある国の王女だった。王女は本来なら違法である人身売買により、異国の少年達を「保護」という名目で買い入れていた。当然、実態は違う。

「可愛いわね、大好きよ……私だけを見なさい」

 王女は自らの花園で夜な夜な少年達を侍らせ、時に優しく撫で回し、時に愉悦に歪んだ顔で鞭を振るう。「愛情」という名の虐待行為を行っていた。

 醜聞となる事を恐れた父王は、暗殺者一門として名高い「硝子の涙」へ、表向きは病死を装って始末してくれるよう依頼を送る。愛する娘の愚行を世間から隠し切れなくなる前に、永遠に葬り去る事を選んだのだ。


 「硝子の涙」は依頼を受け、王女の花園にまだ幼いアオイを送り込んだ。

 愛らしい顔立ちに透き通るような白い肌、神秘的なビリジアングリーンの瞳、そして天使のように柔らかな金髪。アオイはすぐに王女の一番のお気に入りとなった。

「愛してるわ、ずっと一緒に居てね」

 閉ざされた花園の中、王女の一方的な睦言を聞き、怯える少年達。与えられるのは、王女からの身勝手な愛情。

 アオイは王女の冷たい指に撫でられながら、冷めた目で王女と少年達を眺めていた。


 潜入から一週間目の夜、アオイは王女のデキャンタに、密かに毒を盛る。

 王女は花園の中で、少年達に囲まれたまま、死んだ。最期まで「愛している」と一方的な愛情を押し付けながら。

 少年達は、あれだけの虐待を受けていたにも関わらず、皆一様に涙を流して王女の遺体に縋る。彼女から受けた歪んだ愛情が、身寄りのない少年達にとって唯一の心の拠り所としてすっかり成り代わっていた。


 アオイには理解が出来ない。

 愛する少年達に虐待を繰り返す、王女。

 愛する娘なのに切り捨てる、父王。

 愛されていると思い込み縋る、少年達。


 これが「愛情」だというなら――ただひたすらに、気持ち悪い。


-----


 帰還したアオイは、父に任務終了を報告する。

 父からは「よくやった」とだけ告げられた。生まれた時から暗殺者になるよう仕込まれるグラスティア一族、親子間に「愛情」などという甘ったるい感情などない。殺せるか、殺せないかで自分の存在意義が決まる事くらい百も承知だ。

 本人も初仕事にしては、首尾よく進んだと思っていた。自分は人を殺す事に何の躊躇いもない。


 ところが翌朝、鏡に映った自分の姿に瞠目する。

 柔らかな金髪が、一夜にして白銀色に変貌していた。

 理由など分からない。ましてや感情など全く分からない。


 ただ、身体だけが悲鳴を上げているようだった。


-----


 一人前の暗殺者として認められたアオイは家を出ると、次々と仕事を重ねていった。

 悪人、善人、王族、貴族、商人、兵士、そして市井の人。身分も成りも関係ない。父から鴉を通じて依頼が送られて来たら、誰であろうとも確実に葬り去った。


 ところがある日、標的の始末を終えた直後、いつもならすぐに現場を離れその街からも立ち去るのだが、大嵐で数日足止めを喰らった。

 ようやく天気が回復し、人知れず街を出ようとした時、偶然標的だった人物の葬儀に出会す。標的がどんな人物だったのかなど良く知らない。だが、家族や親戚、知人などが集まり、皆涙している。

 その感情は――愛する者を失った「悲しみ」。


 ふと、王女に縋って泣いていた少年達を思い出す。偽りの「愛情」を押し付けられた哀れな存在。

 だが、その涙の出所まで、果たして本当に否定出来るのだろうか。決して健全とは言えないし、倫理的にも間違っていると断言出来る。しかし、少年達は偽りの中の幻想とはいえ、王女を「愛して」いたのではないだろうか。


「……嫌だな、ああいうの」

 葬儀を物陰から見つめながら、アオイは自分でも気付かず、ぽつりと呟いた。

 何が嫌なのかは分からない。ただ、自分の中に今までになかった感情が、ぽっかりと浮かび上がった。


-----


 謎の感情の正体を知る為、アオイは治癒師としても働くようになった。そもそも暗殺術の一環として、人体や薬剤への造詣は深い。

 アオイの手は、死と生の対極を掌るようになる。人の命を奪う一方で、人の命を救う。人を絶望の淵へ追いやる一方で、人の希望を掬い上げる。悲しまれる一方で、感謝される。


 愛する者の命が奪われたら「悲しい」。

 愛する者の命が救われたら「嬉しい」。

 どのような形であれ、誰しもが持つ、普遍的な感情。

 人を殺し、人を治すうちに、アオイの中で感情がどんどんと成長していく。


 しかしまだ、それを自分に結び付ける事は出来ない。

 アオイはまだ、自分が誰かを「愛する」という事を知らない。


-----


 紅達五人は、とある宿場町を訪れていた。

 人の出入りが激しい宿場町は、慢性的に医療不足に陥っている場合が多い。宿場町に滞在する際、アオイは路銀稼ぎも兼ねて、自発的に簡易診療所として患者を診るようにしている。

「先生、ありがとうございます!」

「この町には診療所がないので助かりました!」

 ひっきりなしに訪れる病人や怪我人を次々と診察し、治療していく。患者は皆、感謝の言葉を残していく。

 治癒師として、変わる事のない日常だ。


「アオイお疲れ!終わった?」

 ちょうど最後の患者を診終えた時、別の依頼を終えた紅がひょっこり顔を出した。

「今終わったところだよ。紅の方はどうだった?」

「とりあえずぱぱっと燃やしてきた!」

「相変わらず説明が雑だね」

 アオイは苦笑しながら道具をトランクに仕舞う。二人は並んで宿へと向かった。

「アオイはすごいね。色んな人をすぐ治しちゃう。これだけ多くの人に感謝されるのは、私達の中でアオイだけだと思うよ」

 夕暮れの道すがら、紅が感心したように言う。アオイは立ち止まり、顔を俯けた。

「そうかな…でも僕、感謝されても心に残らないんだ」

「え?」

 紅はアオイの顔を覗き込む。アオイは言葉を続ける。

「相手が感謝しているのは分かるんだけど、僕はその感情をどう受け取れば良いのか分からない。嬉しいのか何なのか…よく分からないんだ」

 自嘲気味にアオイは微笑む。アオイの白銀の髪は、夕陽に染められてまるで金糸のように輝いていた。


 紅は首を傾げて、不思議そうな顔をする。

「別にそれで良いんじゃない?」

 意外な返答に、アオイは驚いたように顔を上げた。

「私は誰かに感謝されたら嬉しくなるけど、感謝を求めて何かやってる訳じゃないし。お腹空いたらご飯食べる、眠いから寝るのと同じで、助けたいから助けてるだけなんだよね。

 それに、感謝されるのが嫌じゃないんでしょ?なら、それでいいと思うよ」

 アオイは目を大きく見開いて紅を見る。紅はにっこりと歯を見せて笑っていた。夕陽に照らされた笑顔があまりにも眩しくて、アオイは思わず目を伏せる。

「…そんなもんかな」

「そんなもんだよ。ほら、早く帰ろう!お腹空いちゃった!」

 紅はアオイの手を取ると、宿に向かって駆け出す。アオイはされるがまま、紅と一緒に走り出した。どこまでも無邪気な姿に、思わず笑みが溢れる。


 紅と出会い、共に旅を続けて一年が経とうとしている。

 「家族」として親愛の情を惜しみなく向けてくる紅に対して、アオイの中でいつの間にか何とも言えない気持ちが芽生えていた。治癒師として、また暗殺者として知った、他人の感情とは違う、何か。それが何なのか、自分でも分からない。


 ――いずれ殺す相手に、一体何を思っているのか。

 掴まれた手から伝わる熱い体温を感じながら、アオイは少しだけ眉を寄せた。

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