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深海の神獣――リヴァイアサンは、五人の侵入者の姿を認めると、金色の眼でぎょろりと睨み付ける。そして、その大きな口を開くと耳をつんざくような咆哮を上げ、その身を捻る!
「!!!」
巨木のような躯をしならせて体当たりを仕掛けて来るリヴァイアサンから、蒼龍は紅と卓を両肩に担ぎ上げ、アオイとアンバーはそれぞれ飛び退って身をかわす!リヴァイアサンの躯は空振る事なく、頑丈なはずの御影石の柱を一本やすやすと砕いた!轟音と共に柱は崩れ落ち、天井からぱらぱらと石片が舞い落ちてくる。
「ちょっと!アイツ暴れん坊なの!?」
「深海からうっかり出てきても、海面でのんびり日向ぼっこする位大人しいはずだ!」
蒼龍の肩の上で身を捩って叫ぶ卓に、アンバーは答える。
「この真上って街だよね!?これ以上暴れられて地下神殿が崩れたら大変な事になる!」
アオイが危険性に気付き、声を上げた!この広い空間が崩れれば、地上の街にも被害が及ぶ事は明白である。犠牲者の数は――考えたくない。
一方の紅は蒼龍に担がれたまま、リヴァイアサンをじっと見つめていた。
「あの子に何か憑いてる!」
蒼龍は紅の言葉に、目を細めてリヴァイアサンを凝視した。深い藍色の鱗でよく見えないが、リヴァイアサンの躯に、得体の知れない嫌な感じの「何か」が纏わりついている。そしてそれは、リヴァイアサンの身を絶えず締め付けるように脈打ち、蠢いていた。
「何だあれは」
「もしかしてあの変なののせいで、あの子が暴れてるんじゃない!?」
紅は蒼龍の肩から飛び降りると、鯉口を切り抜刀の構えを取る!その腕を止めるように、蒼龍が掴んだ。
「ここでお前まで全力で戦ってしまったら、神殿が崩れるかもしれん」
「でも、このままじゃあの子が可哀想だよ!」
その時、リヴァイアサンが再び咆哮を上げた!空気がびりびりと振動し、五人は思わず耳を塞いで頭を抱える!しかしその咆哮は、まるで苦しむような、悲しむような色を含んでいる。
「…海に帰りたがってるの?」
濁った双眸に滲む苦悶の表情を汲み取った紅は、何かを思いついたと顔を上げた。
「アンバー!この水路は海に通じてるんだよね!?」
「ああ、それがどうした!」
「この水路を使ってあの子を海に帰そう!」
「どうやって!?この暴れ海蛇をオレらで引っ張ってくつもりか!?」
リヴァイアサンの巨体を鑑みて戸惑うアンバーに、アオイが気付く。
「いや…出来る!リヴァイアサンは僕達を侵入者として認めてる!それならこっちから煽って追わせればいい!」
アオイは背中からワイヤーを引き抜くと分銅を素早く括り付け、周囲に放つ!分銅が壁に食い込み、ワイヤーが七つの水路を塞ぐように網を張る。
「こっちだよ!!」
紅は塞がずに残された水路の先へと駆け出した!リヴァイアサンは忌々しそうに視線をやると、一声咆哮を上げて追走を始める!長い躯が水飛沫と共に、みるみる内に泉から水路へと流れ込んでいった!
「アタシ達も追い立てるわよ!」
卓が蒼龍の肩から飛び降りて、紅の後に続く!三人も頷き、水路の先へと向かった。
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先頭を走る紅が苔むした石畳に足を取られ、その身体が水面に向かって傾ぐ!
「うわっ!」
その身体を呑み込まんとばかりに、リヴァイアサンが牙だらけの口を大きく開いた!
「敕!」
蒼龍は紅の腕を掴んで引き寄せると同時に水遁を放ち、リヴァイアサンの顎を下から水圧で殴りつける!
「ありがとう!」
「気を付けろ」
隣ではアオイが、リヴァイアサンが他の水路に流れてしまわぬよう、ワイヤーで分岐点を塞いでいく。
「海まであとどのくらい!?」
「記憶じゃそんなに距離はねえはずだ!一直線に進みゃじきに海に出る!」
アンバーは前方に魔弾を撃ち込みながら叫ぶ!撃ち込んだ魔弾は石畳に食い込むと同時に発火し、まるで誘導灯のように光の道を創り出した。そこへ卓が真っ赤なショールを閃かせながら、リヴァイアサンを煽る!
「さあこっちよ大トカゲ!!」
「お前闘牛士みたいになってんぞ」
煽られたリヴァイアサンは猛然と追ってくる!
途中、河童やセイレーン達が怯えたように顔を覗かせるが、構っている場合ではない。五人と一匹は海へ向かって疾走した!
やがて潮の香りが濃くなってくる頃、アンバーが前方の様子が記憶と違う事に気付く。
「……何だありゃ!?」
「水門だ!」
アオイが目を凝らして叫んだ!アンバーが過ごした百八十年前にはなかった立派な水門が、今はその口を閉じて目の前に鎮座していた。
「のんびり開けてる暇なんかねえぞ!」
「そもそも、水門を開けたら海の水が逆流してきて、リヴァイアサンを地下水路に押し戻してしまう!」
「せっかくここまで連れて来たのにどーすんのよ!?」
卓は水飛沫ですっかり濡れそぼった髪を乱しながら振り返る。リヴァイアサンは猛然と五人を追って泳いで来る!
「問題ない」
蒼龍は素早く印を組むと、水門に向かって手を翳し道術を解放するタイミングを図る。
「リヴァイアサンが水門に到達する頃合いを見計らって、水門を破壊しろ」
「分かった!」
アオイは背中から再びワイヤーを引き出して構え、アンバーはシリンダーに残った薬莢を排出すると、素早く新たな魔弾を装填し直す。
「私達は!?」
「水流に巻き込まれて溺れないよう、俺にしがみついておけ」
蒼龍に言われ、紅と卓は両側から蒼龍の身体に抱き付いた。
リヴァイアサンが五人に追い付いたとばかりに巨大な口を開け、水門に突っ込んで来る!
瞬間、アオイのワイヤーが宙を舞い、水門に幾本もの筋が走る!そこへアンバーの魔弾――ダイヤモンドを研磨した最硬質の弾頭が十二発、間髪入れずに撃ち込まれた!重厚な水門はあっけなく崩れ、そこから海水が勢いよく流れ込んでくる!
「敕!」
蒼龍が展開していた水遁を開放し、リヴァイアサンごと海水の流れにぶつける!流れ込んできた海水は水遁の力に押し負け、リヴァイアサンを呑み込むと渦を巻き、海に向かって流れを変えた!
激しい水流は水路の側道にも押し寄せ、蒼龍は紅と卓を両脇に抱え、アンバーはアオイが流されないように襟首を引っ掴み、足を取られまいと踏ん張る!
「……!」
水飛沫に目を眩ませながらも、海水に呑まれたリヴァイアサンの目が一瞬和らぐのを、紅は見逃さなかった。
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夜もすっかり更けたルチェンツィアの運河の岸辺。空には月が輝き、ランタンの光と共に水面に描き出され、穏やかな流れと共に儚く揺れる。恋人達にとって、これ以上ないロマンチックなシチュエーションと言っても過言ではない。
「フランチェスカ、今宵も君は美しい…月の光を浴びて、水の泡から生まれ出た女神のようだ」
「嫌だわアントーニオったら…」
抱き合い、甘い言葉を交わしながら、二人の影は重なろうと近付く。
「君の麗しさに目が眩んでしまうよベッティーナ…」
「嬉しいわジョアキーノ…」
「レオポルディナ……」
「マルチェッロ……」
まるでタイミングを見計らったかの如く、二人と同じような恋人達が、同じような言葉を囁き、同じように動き、同じように互いの距離を詰めていく。
その瞬間、水門がまるで何かに破壊されたように大音響を立てて崩れ落ちると、地下水路から盛大に水飛沫を上げて巨大な生物が流れ込んできた!岸辺の恋人達は頭から水を被り、一気にパニックに陥る!
その後に、全身ずぶ濡れ状態の妙な五人組が引き続く!
「こんなところでイチャついてないで家でやんなさい!!邪魔よ!!」
男だか女だか分からないやたらでかい金髪の人物が、周辺の恋人共に向かって叫んだ!
恋人共は呆気に取られた様子で、海に向かって流される巨大生物と、それを追う五人組を見送るしかなかった。当然、ロマンチックなシチュエーションなどはぶち壊しである。
「……帰ろうか」
「……ええ」
びしょびしょのヨレヨレになった恋人共は皆、すごすごとその場から立ち去っていった。
後にその運河で、人目など全く気にしない恋人共が目のやり場に困るほど愛を語らう姿を見る事はなくなり、「景観が良くなった」と近隣住民からすこぶる喜ばれるようになったのは、また別の話である。




