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デザートまでしっかり食い尽くすと、五人は食堂を後にし、運河沿いの石畳を宿へ向かって歩く。夜も更けたルチェンツィアは、観光地らしい賑わいは影を潜め、色とりどりに吊るされた魔道具のランタンの光が運河の水面に美しく煌めき、静かで幻想的な風景を作り出していた。運河の岸辺には、適度な距離を置きながら恋人達が愛を語らっている様子が窺える。
「ロマンチックねえ」
卓はうっとりしながら歩を進める。しかし。
「お腹いっぱいだから早く帰って寝よう…」
「歯を磨くのを忘れるな」
「蒼龍、オカンっぷりが止まらなくなってるよ」
「オレまだ飲みてえ」
「アンタ達には風情ってモンがなさすぎる」
四人から雰囲気ぶち壊しの発言を連発され、卓は思わず盛大な溜息を吐いた。
運河沿いを上っていくにつれ街並みは観光地仕様から現実的な商業地へと姿を変えていき、じきに大きな水門――ちょうど行方不明者が頻発している場所に行き当たる。干潮の今夜、水門は黒い口をぽっかりと開き、その先は真っ暗で見えない。運河からの水がひっきりなしに流れ込んでいき、勢いのある水音が響く。あんなに湧いて出ていた恋人達の姿は、ここでは見られない。
しかし、水門付近で言い争う一組の恋人の姿があった。
「お、修羅場か?」
「アンタ趣味悪いわよ」
興味津々、野次馬根性丸出しで立ち止まるアンバーを、卓が呆れた様子で睨み付ける。
その時、女が何かを叫び、男を運河へと突き落とそうとその身を押し倒す!
「えええ!?何してるの!?」
紅は慌てて岸辺の女へと駆け寄り、止めようとその肩を掴んだ。
振り向いた女の顔には――ギラギラと光る真っ赤な目に、耳の辺りまで大きく裂けた口がニタリと笑みの形を作っていた!そして押し倒されていた男も、全く同じ顔で飛び起きる!
「え!?」
驚く紅に、二人――二匹の魔物は水掻きの付いた手で紅の身体を掴み、鱗の生えた異様に長い腕を絡み付かせる!そのまま紅を絡め取り、水飛沫を上げて運河へと姿を消した!
「紅!!」
その後を追って、蒼龍が躊躇なく運河へと飛び込む!
「ウソでしょ…炎帯人は泳げないのよ!!」
卓は真っ青な顔で叫ぶ!アオイが慌てて近くに吊り下がっていたランタンをもぎり取り運河を照らすが、激しい水流で水面が波打つばかりで何も見えない。
「見失った…!」
「落ち着け、蒼龍が追ってるんなら多分大丈夫だろ!」
アンバーは水門の横に彫ってある番号を確認する。
「5番水門、第13水路か…この水流だ、もうどっかに流されてる!他の地下水路使って当たりつけた場所に先回りするぞ!」
「案内お願い!」
アンバーが駆け出し、アオイが続く。卓は震えながら手を組み水面を見つめていたが、振り切るように二人の後を追った。
「お願い紅ちゃん…無事でいて!」
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地下水路へと流れ込む水流は激しく、視界は濁っている。しかし燈照仙人よりスパルタ教育を受けてきた蒼龍にとって、もはや水中など地上と何ら変わりない環境だ。まるで地上を疾るのと同じような速度で泳ぐ。
そのまま、紅を水中に引き摺り込んだ魔物、イプピアーラとの距離を一気に詰めていく!既に魔物としての原型を現した二匹のイプピアーラは、人間とは思えない蒼龍の動きに焦り、慌てて攻撃を仕掛けてくる!
(敕!)
素早く印を組み、気合いと共に水遁を解放する!地下水路の流れとは全く異なる、激しく渦巻く水流が幾つも生まれ、イプピアーラの四肢を呆気なく捩じ切った!
解放され、流されていく紅の腕を掴んで引き寄せる。紅は気を失っているのか反応がない。蒼龍は紅を抱えると、急いで水路脇の通路へと上がった。
「紅」
蒼龍は呼びかけるが、やはり返事はない。どうやら大量に水を飲んでいるようだ。
蒼龍はしゃがみ込み、紅をそっと地べたに横たえた。濡れて額に張り付いた髪を払ってやる。そして、顔色を失い真っ白になった紅の頬に左手を添えると、静かに自分の顔を近付けていく。
紅の小さな唇と蒼龍の薄い唇、互いの唇が近付く。
二つの唇が、あと少しで重なる――
瞬間。
「すまん」
蒼龍は一言声を掛け、紅の顔を横向けに傾けると、空いていた右手でその腹を全力で押した!
「ぶふっ!!!」
大量の水を吐き出して、咳き込みながら紅が跳ね起きた!紅は腹を抑えながら、暗闇の中に蒼龍の姿を認める。
「げほっ!ごほっ…!し、死ぬかと思った…!!」
「実際死にかけていた。水を飲んでいたから、多少乱暴だが腹を押させてもらった」
「うん、ありがとう蒼龍!」
蒼龍は紅の無事を確認すると一息吐き、懐から符を取り出すと火遁で灯を作る。辺りがぼんやりと明るく照らされた。
「二人ともびしょ濡れになっちゃったね」
紅は張り付く服が不快なのか、顔を顰めて襟元を緩める。蒼龍は手を伸ばし、紅の羽織の合わせに手を掛けた。
「脱いだ方がいいかな?」
「いや」
蒼龍は小さく「敕」と唱える。すると、ぼふんっ!という音と共に紅の服の内側から柔らかな熱気と蒸気が勢いよく上がり、全身を一気に乾かしていく。数十秒後には、紅の服も靴も髪も、全て完璧に乾いていた。
「蒼龍すごい…」
「火遁の応用だ。威力が弱いとこういう使い方も出来る」
蒼龍は自らの襟元に手を掛けて、同じように乾かしていった。
居住まいを正したところで、二人は辺りを見回す。古い石造りの水路は至るところが苔むし、空気は湿ってかび臭い。そして、横を流れる水流の中はもちろんの事、通路の奥の暗闇など、至るところから漂ってくる、人ならざる気配。
「魔物多いね」
紅が小声で言った。蒼龍は頷く。
「お前を水路に引き摺り込んだのはイプピアーラといって、擬態して獲物を狙う水生魔物だ。すっかり騙されたな」
「ふわぁん……」
紅は思わず情けない声を上げた。
「炎帯人は泳げないからなあ…水に引き込まれたら敵わないや」
「とにかく、地上に戻るぞ」
「うん」
蒼龍は火を灯した符を持つと、歩を進める。紅はその後に続いた。
水路は複雑に入り組み、まるで迷宮のようだった。ただでさえ流されてここまで辿り着いてしまったようなもの、どこが地上への出口なのか、そもそもどこから入って来たのかさえ分からない。地図はアオイに預けてしまっているが、地図があったところで意味があったかは不明だ。
「こっちで合ってるのかな?」
「分からん」
水路の水音の中、ただ二人の足音だけが反響する。二人は意図せず、地下水路の奥深くへと向かっていた。




