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街道を南へ進む事数日、小高い丘の麓に、眩しい太陽の元、海辺に広がる美しい都があった。平野から潟にかけて都市が形成され、無数の潟の間には大小数多くの運河や水路が走る。街並みは明るい赤茶色の屋根瓦で統一され、オーシャンブルーとの対比が鮮やかに際立っている。そして、その中に点在するビザンティン建築の大聖堂やゴシック様式の宮殿が、この街の歴史を物語る。
「うわあ…!」
その美しさに、紅が感嘆の声を上げる。「水の都」と名高い、観光都市国家ルチェンツィアだ。
「観光都市だけあって、いつ見ても良い眺めだわあ」
お気に入りの都市だけあり、卓も嬉しそうだ。アンバーだけが冴えない顔をしている。
「何も変わってねえ…懐かしいな。懐かしいけどよ…」
「百八十年も前なのよね?よっぽどご長寿様がいない限り大丈夫よお!」
「生物学的に無理があるでしょ。そもそもアンバーの存在自体が科学的に証明出来ない」
「お前ら他人事だと思って好き放題言ってくれるな」
あっけらかんとしている卓とアオイを、アンバーはジト目で睨んだ。
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市街地へと入った五人は、まずは市庁舎へ足を運び、市長への面会を申し入れる。どうやら事件にはだいぶ手を焼いているらしく、すぐに執務室へと通された。
「最近、船の転覆事故や行方不明者が出る事件が頻発しておりましてな、どうも魔物が絡んでいるらしく…昔から地下水路に魔物が棲み着いているのは確認していたのですが、最近奴らの行動がおかしいんです。以前は人間と魔物、何となくお互い不可侵というスタンスだったのが、魔物側が地上に侵出しようとしている様子でして」
壮年で口髭を蓄えた市長は、秘書に二枚の地図を持って来させる。一枚目は地上部分、そして二枚目は目が痛くなるほど複雑に入り組んだ地下水路の地図だ。
「特に地上の運河と地下水路が入れ替わる、水門近辺で事件は起きています。魔物が市中に現れようものなら、観光都市としては大打撃だけでなく、市民の生活すらも危うくなってしまう。そこで、危険を承知の上で地下水路の調査を、必要とあらば魔物の討伐もお願いしたいのです」
「報酬の額は?」
即座に尋ねるアオイに、市長は金額を提示する。
「慣れない地下探索、未知の魔物、水辺での危険度もある。最低でも二割増しですね」
アオイはぴしゃりと言い、冷たい目で圧を掛ける。負けじと市長の顔が険しくなる。
「そうよお」
卓が出て来て、市長の座る椅子の肘掛けに座る。
「こーんな若い子達に危険なお仕事させるんだから、もう少し誠意を見せてくれてもいいんじゃないかしら?」
「む…」
卓は妙に色気のある流し目を送りながら市長にしなだれかかり、その顎に手を添える。市長の顔が僅かに変わった。
「ね?」
卓の会心の微笑みが、最後の一押し。
結局、提示額の三割増しの報酬、そして滞在中の宿代は市側が経費として持つ事で、交渉が成立する。
「やったわね」
「当然でしょ」
「お前ら怖えよ」
手を取り合って喜ぶ卓とアオイを、アンバーは呆れた顔で見た。市長はアンバーの顔を、ふと何かに気付いた様子で食い入るように見つめてくる。
「…む?君、まさか……」
市長は自分のデスクの引き出しから何やら書類の束を取り出して、ぱらぱらと捲る。やがて一枚の書類に辿り着き、アンバーと交互に見比べた。
「…いや、まさかそんな…お前、海賊の…」
「げっ」
市長が見比べていたのは、古くなって黄ばんでしまった、百八十年前の手配書だった。今よりずっと目付きの悪い、確かにアンバーそっくりの男の肖像画が描かれている。アンバーは咄嗟に蒼龍の陰に隠れた。
「市長、現実的に考えて下さい。ルチェンツィアの海賊は百年前までに全て取り締まり、現在は存在しません。それに百年以上前の人間が見た目そのままで生き続けるなど、龍人やエルフでもない限り生物学的にも科学的にも無理です」
「む、そうか……」
「申し訳ございません。この人、こう見えて海賊マニアなんです。市長の職権濫用して昔の手配書とか集めちゃったりして、しかも公的な場所にまで肌身離さず持ち歩いて、完全にトチ狂ってるでしょ」
「…何もそこまで言わんでも」
眼鏡を掛け、いかにも有能そうな秘書にボロクソ言われ、市長は項垂れる。
「いや、気にすんな。他人の空似なんてよくある話だ」
蒼龍の陰から顔を出し、アンバーはひらひらと手を振った。
焦りはしたものの、アンバーは口元が緩むのを止められない。
これまで九回の人生を送る中で、何度も世界を渡り、何度も忘れられてきた。過去の自分は全て歴史の中に消え去ってきたと思っていた。だからこそ。
「アンバーどうしたの?嬉しそう」
アンバーの顔を見て紅が尋ねてくる。アンバーは右手を首筋に当てて、口角を上げる。
「ちょっと、な」
過去の自分を知っている人間が居た事が、少しだけ嬉しい。
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市庁舎を出て午後は各々で情報収集をし、夕飯は皆で宿から少し離れた場所の大衆食堂で摂る事にした。
「はーお腹空いた!」
「イカ墨リゾット10皿とボンゴレビアンコ10皿、ビゴリ・イン・サルサ10皿、ムール貝15皿、ルチェンツィア風フェガート15皿、チケッティ20人前持って来てちょうだい!」
「揚げイワシの酢漬けと干し鱈のペーストを15皿ずつ頼む」
「食後に珈琲とティラミス10皿お願いします」
「まずはプロセッコ、それと白ワイン15本だな」
相変わらず計算の合わない量を注文し、ただでさえ観光客でてんてこ舞いの店主を涙目にする。やがて料理が運ばれて来た。五人は我先にと手をつける。
「何これ真っ黒だけど美味しい!」
「イカ墨よ。見た目はエグいけど美味しいわよねえ」
「嬢ちゃん、口周り黒くなってんぞ」
「服に飛ばすな。染み抜きが面倒だ」
「発言がどこまでもオカンだね」
美味しい食事に他愛もない会話。いつも通りの日常に、五人は笑う。
散々料理を食い尽くし、ワインを飲み尽くし、デザートのティラミスを食べながら、五人は持ち帰ってきた情報を出し合う。
「この地下水路の地図だけど、恐らく完全なものじゃない。街の人達にも聞いたけど、どう繋がっているか判明しない水路が何本もあるって」
アオイはテーブルに広げられた地下水路の地図を見ながら言った。
「だろうな。海賊時代に隠れ家としてよく使ってた水路、地図に載ってねえもん」
アンバーが地図を覗き込みながら、何箇所かを指差す。
「こことここ、それにここだ。干潮で水位の下がった時にしか通れねえ水路がある。んでもって、丁度大聖堂の真下辺りに地下神殿がある。百八十年経っても地図に載ってねえって事は、今だに存在すら知らねえな」
「地下神殿なんてロマンチックじゃないの。観光都市なのに宝の持ち腐れねえ」
卓は真っ赤なネイルで美しく彩られた指で、地図上のとある水路周辺に円を描いた。
「アタシが聞いたのは、事故が起こった場所と行方不明者が出た場所よ。ほとんどこの辺に集中してる。時間は夜間限定ね」
「…地図では途切れてるから何とも言えねえが、オレの記憶じゃ、この水路は地下深くまで通じてるはずだ。満潮の時は沈んでるから、魔物の棲家になってる可能性があるな」
アンバーが唸った。
「で、紅と蒼龍は何か情報はないの?」
アオイが地図から顔を上げ、二人に尋ねた。
「屋台のご飯すごく美味しかったよ」
「治水工事を手伝っていたら日が暮れた」
「………」
相変わらずの二人に、思わず口を噤む三人。
「まあ、この二人に何かを期待するのも、ねえ…」
卓は頬に手を添えて溜息を吐いた。
「とりあえず今日は宿に帰って、明日は地下水路探索だな」
アンバーがその場を纏め、締めのグラッパを煽った。




