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ヴァルムラでの事件から早くも三ヶ月以上が過ぎ、各々の傷もすっかり癒えた。一行は相変わらず行く先々で、魔物退治から盗賊討伐、貴族の護衛、そして酔っ払い共の介抱など、様々な依頼を受けながら旅を続けていた――いや、変わった事が一つ。
「そっちに追い込むぞ!」
草原の中、アンバーが蒼龍に向かって叫ぶ。隣のアオイが何かに対して、一生懸命追い立てようと躍起になっていた。
「全然動いてくれないんだけど!?」
「任せて!」
焦るアオイに、紅が取り出したのは干し肉。そのまま干し肉を思いっきり放り投げた!宙を舞う干し肉に釣られて飛び出して来たのは、三つのフワフワの毛玉。
「ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!!」
毛玉――ポメラーニャン達は、我先にと干し肉目掛けて飛び掛かる!
そこに立ちはだかったのは、豊かな金髪を靡かせて仁王立ちした人物――卓である。ポメラーニャンたち目掛けて、手に携えた大きな捕物網を広げる!
「せいやああああ!!」
珍しくドスの効いた雄叫びを上げ、ポメラーニャン達を一網打尽に絡め取った!網の中でじたばたするポメラーニャン達の眉間に、蒼龍は符を貼り分裂を封印する符呪術を掛けていった。
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依頼主が違法テイマーから買ったというポメラーニャンを捕獲した後、しっかり封印してから引き渡し(一匹から三匹に増えたがそのまま纏めて引き渡し、依頼主に怪訝な顔をされたが無視した)、約束の報酬を貰った一行だが、報酬の額が心許ない事もあり、今回は街道脇の森で野営する事にした。
食事担当はもちろん蒼龍だ。町で仕入れておいた鶏手羽肉と卵で何かを作っている。美味しそうな醤油と酢の匂いが漂っていた。
アンバーは焚き火の近くで魔弾の補充をしている。相変わらず細かい作業だが全く苦にしていない様子で、アンバーの前には次々と美しい魔弾が並んでいく。
アオイは薬草を擦り潰し鍋にかけ、ポーションを作っている。最近は立ち寄った先で売ったりしているのだが、評判は上々である。しかも噂が回っているのか、町や村の診療所へ着いた瞬間にポーションを買い求める人々に囲まれる事も少なくない。
「卓、もう少しだけ火弱めてくれる?」
「了解」
ポーション鍋の火の管理をするのは卓だ。炎帯人である彼は、紅と比べて圧倒的に火の扱いが上手い。絶妙なとろ火を作り出し、アオイのポーション作りのサポートをする。
「本当に助かるよ。紅だとこんなに上手くいかないもん」
「むうぅ…」
アオイの言葉に、傍で見ていた紅はむくれる。卓はその顔を見て思わず吹き出した。
「仕方ないわよ、紅ちゃんの炎はいつだって全力投球だから。アタシの炎はそんなに火力がないからねえ」
エルンヴィークで再会して以来、卓はそのまま四人にしれっと同行していた。あまりに自然過ぎて、誰も違和感を覚えていない。むしろ、今までもずっと共に旅をして来たとばかりの馴染みようだった。
蒼龍が作っていた鶏手羽の黒酢煮を囲み、五人は夕食を摂る。もはや当たり前となった光景である。
「でも、またポメラーニャン騒ぎに巻き込まれるとはねえ」
卓が頬に手を添えて、感慨深げに言った。
「また、って何?」
「私達、前にもポメラーニャン絡みの事件を解決した事があるんだ」
「あれは事件というより自損事故だ」
「反論の余地もありません……」
アオイの問いに紅と蒼龍が答えると、卓はしょんぼりと肩を落とす。
「お前、何やらかした訳?」
アンバーがジト目で卓を見る。
「卓がちょっとね、ポメラーニャンを…」
「紅ちゃんお願い黙ってて!」
マルメッタでの一件を話そうとする紅の口を、卓が慌てて塞ぐ。
「言ったでしょう?誰もが墓場まで持っていきたい話があるって!」
「へぇ…嬢ちゃん、今度こっそり聞かせろ」
「やめてちょうだいぃ!」
ニヤニヤするアンバーを思いっきり睨む卓。周りからは笑いが漏れた。
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食後のお茶はアオイの担当である。湯加減にも拘り、茶葉が香り高くなる最適な温度で淹れたお茶は、食後の胃に優しく染み渡っていく。
「そういえば町で聞いたんだけど、ここから南へ下ったところにあるルチェンツィアっていう都市で、何か事件が起きているらしい」
お茶のお代わりを注ぎながらアオイが言った。
「ルチェンツィア!」
「ルチェンツィアか…」
両極端な反応をする卓とアンバー。紅は首を傾げた。
「二人共、知ってるの?」
「知ってるも何も、超有名な観光地よ!街の中に運河が幾つも流れていて、とってもロマンチックなのよお。音楽とか美術とか学問とか、文化的な面でも発展しているのよねえ」
卓は両手を組み合わせ、うっとりとした目をした。アンバーは逆に、腕を組んで渋い顔をしている。
「オレは……うーん…」
「どうしたの?」
アオイが尋ねると、アンバーは歯切れ悪く答えた。
「いや…何つーか……昔あの辺に住んでた事がある」
「え?」
「百八十年前だけどな。その時にちょっくらやらかしててな…」
さらりとあり得ない時間を口にするが、誰も違和感を持たない。アンバーが五百年近い時の中で転生を繰り返している事など、周知の事実だ。
「あーら、街中の女の子でも泣かせたのかしら?」
「違げぇよ。……海賊やってて街荒らしてた。イキってた時代の恥ってやつだ。当時はお尋ね者として手配書も出回ってた」
揶揄ってくる卓から、アンバーは恥ずかしそうに顔を逸らすと、右手で首筋を掴んだ。
「それで、そのルチェンツィアとやらでは何が起きている」
蒼龍は焚き火の灰を崩し、火を落ち着かせる。アオイは残りの茶を飲み干した。
「運河で船が沈んだり、行方不明者が出てるらしい。船同士の事故はまあ、人間のやる事だし今までもあったけど、あまりに頻繁に沈没するから流石におかしいって」
「魔物か」
「だろうな。あの街表面上は観光地で綺麗かもしれねえが、地下水路には魔物がウジャウジャ棲み着いてやがる。遂に地上まで出てきやがったのかもな」
アンバーはティーカップをアオイに返し、懐からスキットルを取り出してウイスキーを煽った。
「あらそうなの……ご飯も美味しくて良い所とばかり思ってたけど」
卓が残念そうに溜息を吐いた、その時。
「行く」
紅が真剣な顔をして宣言した。思わず紅を見る四人。
「困っている人達がいるなら放っておけない。街のみんなが安心して暮らせるようにしなくちゃ」
珍しく強い口調で紅は言い切る。その瞳には「メシ」の二文字が浮かび上がっている。
「結局ご飯なんだ」
「違う!」
呆れるアオイに、紅は慌てて否定する。卓は吹き出した。
「紅ちゃんはそう言うと思ったわ」
「…ま、百八十年前だから流石に時効か」
アンバーは観念したようにスキットルを掲げ、苦笑した。
「決まりだな。明日からルチェンツィアに向かう」
蒼龍は腰を上げ、そろそろ就寝の時間とばかりに寝床の支度を始める。オカンっぷりは健在である。
「やった!楽しみだなあ……ご飯!」
「やっぱり」
笑顔で飛び上がる紅を、アオイは呆れ顔で見た。




