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「黒猪亭」を散々荒らしに荒らしまくった後、ようやく腹が満たされた五人は店を後にして(オーナーは密かに塩を撒いていた)、宿へと戻って来た。卓は何やら宿の主人と交渉した後、四人に向かって宣告する。
「アンタ達大部屋で全員一緒に泊まっているようだけど、今日は男女で分かれるわよ」
「私が一人部屋って事?」
仲間外れが嫌なのか、不満そうな顔の紅の頭を撫でながら、卓は笑った。
「違うわよ!紅ちゃん、今日はアタシと二人部屋。男に聞かせたくない女子トークしたいのよ!」
「女子…?」
「おだまり」
怪訝な目を向けるアンバーに、卓はぴしゃりと言い放つ。
「とにかく、今晩は身内水要らずの時間にさせてもらうわよ。ロンロンとアオちゃんとアンバーは男同士仲良くしなさい」
「………」
「返事!」
「…はあい」
有無を言わさぬ卓に、三人はどっちでも構わないといった風の、気の抜けた返事を返す。卓は満足気に頷いた。
「よろしい!じゃ、紅ちゃんはアタシと一緒にスイートルームにお引越しよ」
「ちょっと待て、何でしれっと格差が出てんだよ」
「いいじゃないアタシのポケットマネーで払うんだから!」
不満気なアンバーを追い払うように手を振ると、卓は紅の肩を抱いて階段を登って行ってしまった。残された男三人は顔を見合わせる。
「ま、オレらはいつもと変わんねえけど…せっかくだし男だけで飲むか」
「ああ」
「飲み過ぎないなら賛成」
アンバーはどこに隠し持っていたのか、おもむろに赤ワインを掲げる。蒼龍とアオイは苦笑した。
翌日、ザルを超えてワクのアンバーと存外いけるクチだった蒼龍に、散々付き合わされたアオイが真っ青な顔で朝食会場に現れる事になるのは、まだ誰も知らない。
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安宿といえど交易都市、スイートルームはそこそこ豪華な造りである。キングサイズの天蓋付きのふかふかのベッドに、二人して潜り込んだ。紅は普通の夜着、卓はフリフリのネグリジェにナイトキャップを被っている。
「卓、女子力高いね」
「紅ちゃんもこういうの買えばいいのよ」
「うーん、私はいいかな」
「そう言うと思ったわ!」
卓はあっけらかんと笑った。
二人はしばらく他愛もない話をしていたが、ふいに紅の顔に影が差す。
「ねえ、卓」
「なあに?」
「藍白……すごく寂しかったと思う。独りが嫌だって言ってたのに、結局独りにしちゃった。助けてって言ってたのに、全然助けてあげられなかった」
紅は絞り出すように言うと、枕に横顔をうずめる。今にも泣き出しそうな紅の頭を撫でながら、卓は目を細めた。
「紅ちゃん…何もかも自分でどうにか出来ると思わないの」
卓の言葉に、紅は顔を上げた。
「確かに助けてあげられなかったのは事実。でもね、誰かを救えなかったからって、全部自分の責任じゃない。そんな事言ってたら、世の中の不幸全部背負わなきゃいけなくなるわ」
卓の、コンタクトレンズを取った紅と同じ柘榴色の瞳が、魔道具の光を反射して優しく光っている。
「それにね、助けてあげられなかった事と、想ってあげる事は別の話よ。混ぜちゃ駄目。
紅ちゃんが今でも後悔しているのは、それだけ真剣に藍白ってコの気持ちに寄り添った証拠よ。その気持ちが通じたのが例え一瞬だったとしても、彼女は救われたと思うわ。だから、必要以上に自分を責めないの。いいわね?」
「……うん」
卓の言葉が、紅の傷付いた心に優しく染み込んでいった。紅は目尻を潤ませて、少し悲しそうな笑顔を浮かべた。
「…ありがと、卓」
「いいのよ。アタシ、お姉ちゃんだし」
「お兄ちゃんでしょ?」
「両方よ!」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。
「そういえばあの三人は、紅ちゃんから見てどうなのよ?」
「蒼龍とアオイとアンバーの事?」
「そう!聞かせて?」
卓は枕に肘を付いて身を乗り出す。
「蒼龍は無愛想が顔に貼り付いてて見た目は怖いかもしれないけど、いつもすごく優しいよ!私、火力調整が下手くそでしょ?ずっと教えて貰ってるんだ。作ってくれるご飯もすごく美味しいし、みんなの事いつも見守ってくれてる気がする。あとお金の管理が上手!」
「何それ、お母さんじゃない」
朴念仁を絵に描いたような顔の蒼龍からは想像のつかない一面を聞いて、卓は思わず吹き出す。
「アオイも優しいんだ。気付いたらいつも庇ってくれてて、何だか影みたい。怪我してもすぐ治してくれるし。でも薬はびっくりするくらい苦いの。この前砂糖入れたら怒られた!」
「あらあら、その苦さは愛情かしらね?」
「違うと思う!」
どこか陰のあるアオイだが、紅は気にする事はない。恐らく、彼女の明るさに一番救われているのはアオイだろう。
「アンバーは明るいし、一緒に居て楽しくなる!いつもお酒飲んでるし適当な事言ってるし、ちょっとおじさんっぽいんだよね。でも、多分すごく寂しがり屋だし…何だかんだでいつも優しい」
「おっさん臭いけどガキっぽいわよね」
「そう!」
九度目の人生を生きるアンバーだからこその姿、それは大人びていてどこか子供じみている。
三者三様の面子だが、紅は優しい仲間に出会い、三人の愛情を目一杯受け取り、過ごしている。何より、紅自身が気付かない内に彼らに愛情を与えている。お互いが親愛を交わす、血が繋がらずとも家族のような四人。
それを得ただけでも、彼女が緋夕家を飛び出した甲斐がある。卓は感慨深げに紅を見つめた。
「紅ちゃん、良い仲間に巡り会えたのね」
「うん!三人共、私の大好きな人達だよ」
嬉しそうに語る紅の頭を、卓は愛おしそうに撫でた。
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ひとしきり喋り笑った後、やがて静寂が訪れる。紅は目を閉じ、すやすやと寝息を立てて眠っていた。卓はふっと笑うと、布団を掛け直してやる。
「まだまだ子供ねえ」
紅の頭を撫で、そしてその髪の一房を掬い上げる。少し硬めの、艶やかな髪がぱらりと零れ落ちた。
卓の脳裏に、記憶がよぎっていく。
幼い頃に見た、緋夕家の屋敷の中、紅花翁草に包まれて眠る、綺麗で可哀想な少女の姿。
先日書架で見た、歴代当主――よく似た顔をした少女達の肖像画。
そして、緋夕紅という存在。
卓の記憶が、一つの線で繋がりつつある。緋夕紅に隠された真実。十五歳以前の記憶がない理由。
しかし、卓にとってそんな事は関係ない。
卓にとって大切なのは、緋夕紅というただの少女そのもの。
「紅ちゃん」
月明かりが窓から差し込む中、卓は小さく呟く。
「いっぱい笑って、いっぱい泣いて、恋もして、幸せになって、お婆ちゃんになって……いつか死ぬ。それが一番よね」
その為に、アタシがちゃんと最後まで、見守ってあげる。
声に出さない卓の誓いは、静かな夜闇に溶け消えた。




