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しばらくして、前菜盛り合わせをはじめとしたスピードメニューが、ワインと共に運ばれて来た。既にテーブルは料理の乗った皿で溢れんばかりになる。久し振りのまとも(?)な食卓に、四人の目は輝く。
「さ、まずは食べましょ!いただきます!」
卓の合図と合わせて「いただきます」を言うと、四人は早速料理を口へと運ぶ。
「美味しい!」
「美味いな」
「……確かに」
「当たりだな」
「でしょう?」
四人の反応に、卓は満足気にワイングラスを傾ける。
その勢いは早くも止まらない。続けて料理がテーブルに到着するや否や、五人は即座に口に放り込み、その美味しさに舌鼓を打った。
食事の合間に、自然と会話が挟まる。話を振ったりしてその場を回すのはもちろん、卓だ。
「ロンロン、何か趣味ないの?」
「ない」
「作りなさいよ!アオちゃんは?」
「僕は薬草集めかな」
「趣味が実益を兼ねてるタイプね。アンバー、アンタは趣味どころか、色々器用そうね?」
「これまで八回も転生繰り返してりゃ、大概の事は出来るようになる」
「そうよねえ。それに対して、紅ちゃんは緋夕に居た時から不器用よねえ」
「失礼な!私だって出来る事あるもん!料理とか」
「あれを料理とは言わねえ」
「食材をとことん辱めるのは得意だよね」
「人には得手不得手がある」
「みんな酷い!」
他愛もない話に、笑い声が店内に響く。誰もヴァルムラや藍白、「刻喰い」の話をしない。ただ、美味しい料理を食べながら笑っている。
「紅ちゃんはそんなトコも含めて可愛いからいいのよ。こんだけ可愛いんだから、護りたくなるのは人間の性よね」
蒼龍はぴくり、と眉を動かす。卓はさりげなく蒼龍に視線を送りながら、紅に話を振る。
「紅ちゃんは誰かに護られてばかりだと、正直どう思う?」
「うーん…私に優しくしてくれるのは嬉しいけど、その人が私のせいで怪我しちゃったらやっぱり悲しいかな」
「そうよねえ。紅ちゃんは強いし、護り護られっていう方が心地良いんじゃないかしら」
「うん、その方がいい!」
卓はガレットを頬張る紅の頭を撫でる。
「誰かを護りたいなら、自分の身もちゃんと護り、護られなきゃね。自己犠牲なんて自分も周りも不幸になるだけだし、自分を粗末にするヤツに、相手の気持ちを大事にする事は出来ないわ」
卓の言葉に、蒼龍は思わず視線を皿に落とした。
「刻喰い」との戦いやアブサンでの暗殺者の襲撃など、紅を庇い怪我をした自分に対して、いつも泣きそうな顔を返された。鱗の件だってそうだ。三人とも必死で止めてきた。命に関わるものではないし心配し過ぎだ、と思っていたが、そういう事ではなかったのだ。
相手を大事に想う事、それは自分自身も大事にしてからこそ、成り立つ想い。
「…以後、出来るだけ気を付ける」
蒼龍は軽く息を吐き、呟いた。
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「ところで紅ちゃん、この旅でやりたい事とかってあるのかしら?」
既に提供された12本全てを飲み尽くし、新たに追加した赤ワインをグラスに注ぎながら卓が紅に尋ねた。紅はエスカルゴに夢中だ。ひたすらほじくり返し、口へ放り込んでいる。
「うーん、色んなところを巡り歩いて、美味しいものたくさん食べる事かな。カタツムリって初めて食べるけど美味しいね!」
「カタツムリって言うな」
一緒になってエスカルゴを食べていたアンバーが、ジト目で紅を睨んだ。卓はその様子を笑顔で見る。
「大なり小なり、この先の未来を楽しみにしながら生きる、というのは良い事よね」
アンバーがエスカルゴをほじくり返す手を、ぴたり、と止めた。卓はその様子に気付かないふりをしながら、困ったように頬に手を当てた。
「よく居るのよねえ、昔話ばかりするおっさん。面白い話聞けたらいいんだけど、大抵『昔は良かった』って類の話で、こっちまでクサクサした気分になっちゃうのよ」
「でも、私は自分の記憶がないから、昔話出来るのは羨ましいけどなあ」
首を傾げる紅に、卓は微笑みかける。
「何も悪いって言ってる訳じゃないのよ。むしろ過去を素敵な思い出として語れるのは良い事だと思うの。でもね、これから自分はどう生きていくか、未来をしっかり見ているからこそ、過去は綺麗なものになる。過去も未来もどちらも大事、過去に囚われてばかりではダメよ」
諭すような卓に、アンバーは口元に手を当てて微かに唸った。
八度の人生で、数多くのものを失ってきた。どれも心から大切だったからこそ、心に刻まれ、とても忘れる事など出来ない。
だが、自分はずっと後ろばかり見てきたのではないだろうか。未来を向いて生きていけているだろうか。過去を、「前を向いて精一杯生きていく」意味を持たないようにする、言い訳にしていないだろうか。
「…耳が痛えな」
アンバーは自重気味にぼそり、と言った。
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まるでフードファイターのような食事も無事佳境を迎え、残すはデザートと食後のお茶のみ。むしろここからは甘党のアオイの本領が発揮される。前もって頼んでいたタルトタタンが到着するや否や、控えめながら目を輝かせ、ホールから小さく切り分けて食べていく。まるで小動物のようだ。
「アオイ、本当に甘いもの好きだね」
「うん、あんまり知られたくないんだけど」
「あらあ、可愛くて良いと思うわよお?」
「そう言われるのが嫌」
卓に満面の笑みで言われ、恥ずかしそうに頬を染めてむくれるアオイ。
「ま、誰にも知られたくない秘密の一つや二つはあるわよね」
「そうなの?」
卓の言葉に、紅は首を傾げた。アオイの、タルトタタンを切り分ける手が一瞬止まる。卓はその手をちらりと見て、言葉を続けた。
「人間誰にでもあるのよ、墓場まで持って行きたい話って。言いたくないならそのまんま黙ってればいいし、言いたくなったら言えばいいと思うわ。紅ちゃんだって、人が嫌がる秘密を無理に聞き出したいなんて思わないでしょ?」
「それはもちろん!だって好きな人に嫌な思いさせたくないし、知らない事あっても好きな事には変わりないし」
「そうよねえ。仲間とか家族とか、愛情で成り立つ関係ってそういうものよね。私と紅ちゃんだって、身内って言ってもお互い知らない事だらけよね」
「確かに!」
紅と卓のあっけらかんとした考えに、アオイは瞠目した。
誰にも打ち明けられない、後ろ暗い自分の正体。言えば幻滅させるどころか、嫌われてしまう。共に過ごす時間が長くなるほど、この心地良い関係に終止符が打たれる事が怖くなってきている。
しかし、本当の愛情とは、知ってる事も知らない事も全てを受け入れるものだと、二人は言う。まだ、自分がよく理解出来ていない、不思議なもの。
「…そういうものなのかな」
アオイは静かにぽつり、と呟いた。
卓はその様子に微笑むと、ワイングラスに残ったワインを煽った。
「元気がなかったり悩みがあったりする時は、好きな人と一緒に美味しいモン目一杯食べて、くだらない話してたくさん笑えばいいのよ。難しい事考えるのはその後。案外、それで何とかなるものよ」
「なるほど!」
「経験談か」
「随分適当だな」
「でも…そうかもね」
卓の言葉に、四人はそれぞれ顔を綻ばせた。
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「それにしても…せっかく楽しい食事の時間なのに、あっという間に料理が終わっちゃったわねえ」
卓が名残り惜しそうに、ワイングラスをくるくる回しながら溜息を付いた。
「うーん、もう少し食べたいかも…」
「確かに腹には余裕がある」
「僕、他の甘いのも食べてみたい」
「オレはもっと酒が飲みたい」
紅がお腹をさすりながら仄めかすと、男三人も同意する。
「そうこなくっちゃ!せっかくだし、もう一巡しましょう!」
卓はぽん、と手を叩き、満面の笑みを浮かべた。
再び食事を囲んで、世間話で盛り上がり、笑い合う。そこにはほんの少し前まで漂っていた、重苦しい空気は欠片もない。誰も無理に苦しみを吐き出すような事はしない。
「それでいいのよ」
卓はワイングラスを傾けながら、誰にも聞こえない声で小さく呟く。その口元には笑み。
「傷付いたなら少しずつ…みんなでゆっくり癒していけばいいのよ」
その頃、一難去っていた厨房は再び大混乱に陥っていた。
「一週間分の仕込みがなくなるぞ!!」
「ワインの在庫が尽きるぞ!!」
「明日から店開けられなくなるぞ!!」
「誰だよ化け物連れて来たの!!?」
卓が来店した時から嫌な予感はしていた。毎回一人で十人前を平らげ、ありったけのワインを空にしていくあの男の二つ名は「金色の悪魔」。しかし今回はそれ以上、もはや災害である。
「黒猪亭」始まって以来の危機に、オーナーは半泣きで呟く。
「…もうあの人、出禁にしよ……」




