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「……なるほど。大変だったのね」
ヴァルムラでの出来事、藍白と「刻喰い」。一連の話を聞いた卓は、ふぅ、と息を吐き一言だけ言う。説教もせず、励ます事もない。ただ、紅の頭をぽんぽんと撫でた。卓の温かい手に、紅の目尻が僅かに潤む。男三人も、やりきれない表情を浮かべた。重い空気が漂う。
しかし、卓はそれにも付き合う事はない。手をぽん、と叩くと、切り替えるように明るく言う。
「まあ、まずは美味しいモンでも食べに行きましょうよ!」
「え?」
戸惑う四人に、卓はウインクを返す。
「見たところアンタ達、碌なモン食べてなさそうだし。紅ちゃんの身内としては、野郎三人とはちゃんと親睦も深めなくちゃねえ」
「オネエが親睦を深めるって、オレらに何するつもりだ?」
「やーねえ!アタシが好きなのは可愛い女の子で、男には興味ないわよ!取って食ったりしないわ!」
警戒心丸出しのアンバーに、卓はあっけらかんと笑う。
「大体ねえ、落ち込んでる時は考えるより食べる方が精神衛生上いいのよ。この街に行きつけの美味しい店があるの。ついでに奢ってあげるわ。どうする?」
卓の提案に、四人は顔を見合わせる。
そこで、タイミング良く紅の腹が、ぐう、と音を立てる。久し振りに聞いた音に、一瞬の沈黙の後、全員が吹き出す。
「もう、何でみんな笑うの?」
紅は少しむくれながら、自分も笑っている。
「…まあ、こんだけ食ってなかったら嬢ちゃんの腹はそうなるわな」
アンバーはベッドから起き上がり軽く伸びをして、痛みに顔を顰めた。が、その表情は幾分明るい。
「ちゃんとした食事も療養の内だからね」
アオイは治療器具を片付ける。
「確かに腹は減っている」
蒼龍は上着に袖を通しながら言う。
「決まりね」
卓はよしよしと頷いた。紅は笑って、卓の腕を引っ張り、ぐいぐいと促した。
「うん!早く連れてって卓!お腹空いた!」
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エルンヴィークは世界のほぼ中央部に位置している事もあり、世界中の物流の中継点として機能する交易都市国家である。東西南北各方面から様々な物資が集まり、そして各方面へ散っていく。
それは物資だけではなく、人も同じ。この町では、多くの人々が行き交い、知らない者同士気付かぬ内にすれ違っていく。
五人は並んで、夕暮れに染まるエルンヴィークの大通りを歩いていた。夕飯前の時間だからだろうか、大勢の人でごった返している。
「ほーら急ぎなさい!人気店だから早くしないとなくなっちゃうわ!」
「店がなくなるのか?」
「料理に決まってるでしょ!!店がなくなったらイリュージョンよ!?」
蒼龍の天然発言に、卓はツッコミを入れる。三人は思わず笑った。
卓のお陰で、ヴァルムラでの重苦しい雰囲気が徐々に薄れていった。
卓は軽口を叩きながら、三人の男をさりげなく観察する。
まずは蒼龍。
半龍人だからだろうか、二十歳前とは思えないほど屈強な身体、そして精神。年齢以上に落ち着いているが、逆にそれが裏目に出ている。
宿で見た、上半身に刻まれた傷痕。驚異的な速度で治りつつある様子だが、常人なら瀕死に近い怪我だったに違いない。その怪我は恐らく、誰かを庇って付いたものが大半。こうして歩いている間も常に周囲に気を配り、体調が万全でない三人を人の波から護るようにしている。
(この子は自分の命が軽過ぎる…自己犠牲タイプ。一番厄介ね)
続いてアンバー。
肋骨が折れているからか、歩きながら時折顔を顰めている。しかし、そのくたびれた顔は怪我だけが原因ではない。
八回転生を繰り返し、今は九回目の人生だと語り、飄々とした雰囲気の持ち主だが、その人物像から受ける印象は妙に若々しかったり、妙に年寄り臭かったり、ちぐはぐで整合性が取れない。まるで、一人の中に何人もの人物が存在するような、不思議な雰囲気。
(「時渡り」とか言ってたけど…一体どれ程の記憶を抱えているのかしら)
そして、アオイ。
宿で一目見た時から、卓の背筋にぞくっとしたものが走っていた。部屋の外から全く気配を感じられなかったのだ。今も近くにいるはずなのに、雑踏に紛れて姿を見失いそうになる。本能的に足音を消し、死角を歩いている。ただの治癒師である訳がない。
そして、穏やかそうな顔の裏に潜む、鋭いナイフのような一筋の殺意。だが、その瞳の奥には、捨てられた仔犬のような寂しさを宿している。
(多分この子、人を殺す事に迷いがない…なのに、何て目をしてるのよ)
一通り観察し終えた後、紅に目を向ける。
(紅ちゃん、この子は……)
卓は目を細める。その先を考える前に、紅が卓を覗き込んできた。
「卓、どうしたの?」
「…何でもないわ。紅ちゃん、相変わらず可愛いわあ、と思っただけよ」
「えへへ」
卓が微笑んで言うと、紅は照れたように笑った。
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「さあ着いた!エルンヴィーク一の名店、『黒猪亭』よ!」
卓に連れて来られたのは、堂々たる門構えの老舗ビストロだった。いつもの食堂や酒場とは一線を画す雰囲気に四人は尻込みするが、慣れた様子で入店する卓に続く。
「…こ、ここここれは卓様!よ、ようこそいらっしゃいました!!」
オーナーが慌てて飛び出して来た…が、何故かその額には冷や汗が大量に浮かんでいる。
「久し振りねえ。今日はアタシの大事な大事な妹とその下僕共を連れて来たから、目一杯美味しいもの食べさせてちょうだい」
「下僕共って誰の事だよ」
アンバーのツッコミを無視し、卓は勝手知ったるとばかりに店内を進み、中央のテーブルに陣取る。四人は気後れしつつも、席に着いた。
「さてと、腹が減っては何ちゃらよね。まずは食べるわよ」
冷や汗だらけのオーナーからメニューを受け取り、卓はざっと目を通す。そしてオーナーに対して注文を始めた。店内に緊張感が走る。
「そうねえ…今日は前菜盛り合わせが20人前にエルンヴィーク風エスカルゴ10皿、オニオングラタンスープ10人前、バゲット10本分、ブイヤベース15皿、ローストヴェニソン20皿、チーズ盛り合わせ15皿、ガレット20枚お願いするわ」
「オレ酒飲みたい」
「僕甘いもの食べたい」
「ワガママねえ。エルンヴィークの赤ワイン12本とタルトタタンをホールで5つ持って来てちょうだい」
いきなりとんでもない量を注文する卓に、オーナーは顔を真っ青にして、慌てて厨房へ走っていった。
注文を受け、厨房は一瞬で戦場と化した。
「嘘だろ!?」
「本当に五人だよな!?」
「二十五人の間違いじゃないよな!!?」
厨房は殺伐とした空気に包まれ、シェフ達は目を吊り上げて調理に取り掛かる。
「美味しそうな匂い…楽しみだなあ」
そんな事とは露知らず、厨房から漂ってくる匂いを嗅いで、紅はこれから提供される料理に心躍らせていた。




