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炎帯人の分家である緋朝家に、双子の男児が居た。その片方の名を蘇芳という。炎帯人特有の柘榴色の瞳に赤茶色の髪を持つ、大変見目麗しい子であった。
この蘇芳という男児は、礼節正しく育った優秀な双子の兄とは大違いで、傍若無人・傲慢無礼と絵に描いたようなやんちゃな子だった。炎で鼠を造り出し屋敷中を走り回らせるのは日常茶飯事、炎を打ち上げて即席花火大会をしたり、本家に行けば長老の湯呑みを沸騰させ、説法の書かれた掛け軸を燃やして内容を書き換え、庭の池を温泉に変えて足湯をしたり、その悪戯は大小問わず枚挙に暇がない。
「蘇芳!!」という怒鳴り声は絶えず、その度に座敷牢に入れられ食事抜き、という折檻を受けるも、本人はどこ吹く風である。
夜にはこっそり、呆れた顔で「ほどほどにしてよ」と言いながら、双子の兄が握り飯をこさえて持って来てくれるのを知っているからだ。
とある年の正月、毎年恒例行事である「本家・緋夕家へ参拝しババア共のありがたいお説教を聞く会」を双子の兄に押し付け早々にブッチすると、蘇芳は緋夕家の屋敷を自由気ままに散策する。今日はどんな悪戯を仕込んでやろうか、色んな所に置いてある香炉の風向きを操作して、煙が全部お説教会場に向かうようにしてやろうか、など色々考えている内に、とある間の前に辿り着いた。
その部屋は飾り気のない、静謐な間だった。蘇芳は迷わず襖を開き、間の中を覗き込む。
間の中は灯り一つなく、真っ暗。開いた襖から一筋の光が差す。間の中央には棺があり、何か寝かせられているようだ。蘇芳は間の中へと入り、棺の中を見た。
そこには、真っ赤な紅花翁草に包まれ、一人の少女が眠っていた。
歳の頃なら十五、六歳。少し硬そうな赤みがかった茶色い髪は、真ん中で分けられ顎の辺りで綺麗に切り揃えられている。真っ赤な衣を纏い、胸の前に組んだ手に供えられているのは、炎帯人の象徴ともいえる、意匠の凝らされた一振りの刀。
肌には血の気がなく、その瞳は固く閉じられている。ただ眠っているのではない――永遠の眠りについている。
蘇芳はその少女から、目が離せなくなる。
少女の姿はあまりにも綺麗で――それでいて、可哀想。
「何をしているのです!」
突然咎められ、蘇芳は我に返る。緋夕家の末席の者が、慌てて蘇芳を間の外に引っ張り出す。
「男が…緋朝の者がこの間に立ち入るなど、許されませんよ!」
そのまま蘇芳を引き摺っていき、長老達の前に突き出した。
長老達が口うるさく叱ってくる間、蘇芳はずっと上の空だった。気付いたらいつもの座敷牢の中。正月早々、ご飯はお預けのようだ。
蘇芳の頭の中は、紅花翁草に包まれて眠る少女で一杯だった。
(あの子は一体、誰なんだろう)
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十三歳になった蘇芳は、相変わらずの傍若無人・傲慢無礼っぷりに加え、反抗期を迎えていた。反抗期と表現すると少し言葉が軽いかもしれない。
蘇芳は、炎帯人の家風に疑問を感じていた。極端に女を敬い、男を蔑む風潮。本家には絶対服従の分家。
男とか女とか、本家とか分家とか、自分が炎帯人かとか、本当にどうでもいい。
自分は自分、どこまでも気の向くまま、好きに生きてやる。
ある日、緋朝の家がにわかに騒がしくなる。
「蘇芳!!」
緋朝の当主に怒鳴られ、その人物は気怠げに振り向いた。
蘇芳と呼ばれた人物は、眉目秀麗な容姿はそのまま、その様子は大きく変わっていた。
長い睫毛に縁取られた柘榴色の瞳はカラーコンタクトで明るい空色になり、髪の毛は人工的だが美しい蜂蜜色。しなやかな体躯に纏うのは、炎帯人の赤い羽織ではなく、ごく普通の女性物の洋装だ。
性別すら分からない、あまりの変貌ぶりに当主は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
「な…何だその格好は!?」
「うっさいわねクソジジイ。一族に一人くらいドロップアウトしたヤツが居たって構わないでしょ。反抗期よ、反抗期」
その人物は一切意に介さない様子で、それなりに変声期を迎え幾分低くなった声を発した。その口調は、オネエ。
「これからは、アタシの事を本名で呼ばないでちょうだい。今日からアタシの名前は、卓よ」
その日から蘇芳――卓は、炎帯人の理の外で自由奔放に生きるようになった。世界の各地を渡り歩き、様々な人々と交流し、炎帯人の里へふらりと戻る。
たまに思い出したように里へ戻って来る卓に対して、炎帯人のほとんどは訝しげな目を向ける。緋朝の当主は既に諦め、緋夕の長老達は何か言いたげな視線を送って来るが、悉く黙殺する。
だが、双子の兄だけは違った。
「お前も派手な事やるね。
しかし、『卓』…高く抜きん出る、か。なかなかいい名前じゃない」
そう言って、卓とそっくりな顔で笑うのだった。
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それから四年近くの歳月が過ぎた。
双子の兄より、「本家の当主が代替わりした」との便りを受け、卓は興味本位で炎帯人の里へと戻った。勝手知ったるとばかり、裏口から本家へと足を踏み入れる。
そこへいきなりぶつかって来る、一人の少女。
「わっ!」
「あら、大丈夫かしら?」
卓は咄嗟に受け止めた。少女は顔を上げ、卓はその顔に思わず瞠目する。
柘榴色の瞳に赤茶色の髪。
忘れる訳ない。
その姿は、いつか見た、紅花翁草に包まれて眠っていた、綺麗で可哀想な少女と瓜二つ。
「御当主!紅様!!」
緋夕の長老が怒鳴る声に少女――紅はびくっと肩を竦ませる。その手には、饅頭をこれでもかと抱えていた。
「お供物泥棒もいい加減になさいませ!!」
「だって美味しそうなんだもん!!」
紅は気まずそうな顔をすると、卓に饅頭の一つを手渡す。
「ぶつかっちゃってごめん!これ美味しいから食べて!
それとあなた、綺麗な目と髪してるね!素敵だよ!!」
紅は春風のように笑いながら、逃げ出していった。
一人残された卓は、掌に乗せられた饅頭を見てしばらくぽかんとしていたが、やがて微笑みを漏らす。
威厳とは無縁そうな無邪気な姿。そして、自分を見ても全く意に介さない態度。
「何あの子…全然当主らしくないじゃない」
そのまま饅頭を頬張る。少女の言う通り、確かに美味しかった。
ふと卓の中に、とある思いが芽生えた。
当主という堅苦しい肩書きに囚われず、無邪気なまま、自由に生きて欲しい、と。




