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「逃げるぞ!!オレらがどうにか出来る相手じゃねえ!」
アンバーの切迫した声に、蒼龍は土遁を展開すべく、地に手を付く!
「でも…藍白とお兄さんが!」
紅が藍白と紺藍を見る。紺藍は血に塗れたまま動かない。藍白は紅に手を伸ばすような姿勢のまま、凍り付いている。
その傍では、「刻喰い」がまるで毒婦のように藍白にしなだれかかり、涙ごと凍ってしまった頬を撫でていた。
「見捨てちゃうの?可哀想ね」
その手が止まると、ぴしり、という音を立てて、藍白の凍った頬に亀裂が走った。
「やめて!!」
紅は我を忘れて、藍白に向かって駆け出す!
「馬鹿野郎、挑発に乗りやがって!」
アンバーは援護の為に銃を構え、蒼龍は符界術を紅に掛ける!アオイは「刻喰い」目掛けて、ワイヤーを放った!ワイヤーは幾重にも重なり、「刻喰い」を拘束しようと猛然と襲い掛かる!
放たれたワイヤーは、虚空を掴んだだけ。
「え?」
呆然とするアオイの目の前に、いつの間に移動して来たのか「刻喰い」が突如現れる!アオイは咄嗟に距離を取ろうと、目にも止まらぬ素早さで横に飛ぶ!
「遅いなあ」
しかし、全く同じ速度どころかそれを上回る高速で「刻喰い」は食らいつき、アオイの鳩尾に強烈な一撃を叩き込む!
「か…はっ!!」
アオイの口から息と共に胃液が溢れる!そのまま力なく地に倒れ伏し、蹲る。その身体を蹴り飛ばそうと構える「刻喰い」に、アンバーは魔弾を叩き込もうと銃を構える!
「お前もいささか諦めが悪すぎる」
「なっ!?」
「刻喰い」は瞬間移動したかのように一気に距離を詰め、アンバーに手を振り翳す!蒼龍が展開していた土遁と共に、アンバーの前に立ちはだかった!
要塞のように盛り上がった土遁をものともせず、「刻喰い」の腕は土遁を貫き、蒼龍の右肩を大きく抉った!飛び散る鮮血と共に、蒼龍はアンバーを巻き込んで吹っ飛ばされる!
「ぐぅっ…!!」
「くそっ!」
アンバーは倒れる蒼龍の陰から飛び出し、魔弾を放とうと引き金に指を掛ける!しかし、まるでその動きを読んでいたかのように「刻喰い」がアンバーの懐に瞬時に潜り込み、その胸に掌底打ちを放つ!
「がはっ!?」
アンバーは血を吐き吹っ飛ばされ、地に落ちた!そのまま気を失ったように崩れ落ちる。
「みんな!?」
ほぼ一方的な「刻喰い」の蹂躙に、紅が叫ぶ!
「人の心配ばかりして、自分は大丈夫なの?」
「!?」
気付けば紅の目の前に「刻喰い」が立っている。急いで刀を構え、攻撃を迎え撃つ!「刻喰い」は決して逞しいとは言えない腕、または足一本で、まるで歴戦の戦士のように重い一撃を放ってくる!その度に紅の刀の炎は徐々に吹き飛ばされ、張られた符界術は薄く削げていく!
「哀しいよね。力なき者は何も手に入れられず、ただただ孤独と失意の内に死んでいくんだ。でも、それはどんなに強大な力を手に入れても同じ。
……孤独には、何を以ってしても勝てぬ」
激しい攻撃を繰り出しながら、「刻喰い」が語る。フードの隙間から一瞬見えたその表情は――深い深い、絶望。
紅は一撃一撃をかろうじて受け止めながら、その言葉と表情に、ごく自然に反応していた。
「……可哀想」
「…え?」
思いもかけない紅の言葉に、「刻喰い」は思わず攻撃の手を止める。紅もすっかり炎が掻き消えてしまった刀を下ろす。
「…今、何て言った?」
「可哀想だなって。あなたも、本当は孤独が嫌いなんだね」
「刻喰い」は息を呑み、紅の顔を見る。
紅は、憐れむような悲しそうな顔をしている。柘榴色の真っ直ぐな眼差しが、「刻喰い」を見つめていた。
「刻喰い」はその双眸に既視感を覚える。遠い昔、何処かで交わした事のある視線そのもの――
瞬間、大きな爆竹音と共に周囲に煙が沸き起こる!
「蒼龍!」
煙幕を放ったアオイが鳩尾の痛みに耐えながら叫ぶ!蒼龍は素早く土遁を展開すると、アンバーを肩に担ぎそれに乗り込む!アオイが蒼龍の身体に掴まると同時に、土遁は高速で動き出した!
蒼龍は対峙する紅と「刻喰い」の間に割り込み、紅を左手で引っ掴むと、そのまま逃走する!
「あ…!」
煙の中、紅は藍白に向かって手を伸ばす!
一瞬、凍った指先に触れた――が、僅かに届かない。藍白の姿はみるみる遠ざかり、煙に撒かれ見えなくなる。伸ばした指先に残る、冷たい感触。
紅の瞳から、涙がとめどなく流れる。
「ごめん藍白……ごめん!!」
紅は蒼龍の腕にしがみ付き、子供のように慟哭した。蒼龍は何も言わず、ただ紅の背中を支えた。
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煙幕が晴れた後、「刻喰い」は藍白を見つめて、独り言ちた。
「…逃げられた。貴女はどこまでも見捨てられる運命なのね……哀れな娘」
ふいに足首に、何かが纏わりつく。血の軌跡を描きながら這ってきた紺藍が、「刻喰い」の足首を掴んでいた。
「…それ以上…妹を侮辱するな……貴様に藍白を語る資格などない…!!」
恐らく衝撃で肺が破れているのだろう、ひゅうひゅうと息を鳴らし、血を吐きながら紺藍が声を絞り出す。その顔は、血と涙に濡れていた。足首を掴む手から氷が生み出され、「刻喰い」の足を這い上る。
「刻喰い」は紺藍を一瞥すると、足首の氷ごと紺藍の手を振り解き、そのまま紺藍の後頭部を踏み抜いた。
頭を潰され、紺藍は鮮血を撒き散らし、呆気なく絶命した。
「刻喰い」は再び藍白の頬に手を添える。
「そういえば炎帯人が言ってたね、ボクの事可哀想って……キミと同じって事?それにボク、あの子とずっと昔に会った事あるみたいなんだ。よく分からないけど…まあいいか。こんな事キミに話しても仕方ないよね。
キミももう、永遠に眠ればいい」
その言葉と同時に、「刻喰い」の掌から氷に無数の亀裂が伝い、軽い音を立てて藍白は砕け散った。
雪のように白く、淡い破片が虚しく舞うと、地面に吸い込まれるようにして消えていった。
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一連の惨状を、要塞の上から一人の警備兵が震えながら見ていた。
「なんてこった…!早く隊長に報せなければ!!」
要塞を降りようと踵を返した目の前に、いつの間にか「刻喰い」が、音もなく立っていた。
「ひっ…!!?」
警備兵は思わず腰を抜かし、その場に尻餅を付く。「刻喰い」は視線を合わせるようにしてしゃがみ込み、警備兵の顔を覗き込んだ。
「お前達は残酷だな。自らを護ってくれた者に対して感謝するどころか、ひたすら怯え、『化け物』と蔑む。挙句の果てに、あの娘は狂って殺された……お前達のせいだ」
「ち、違う……!!」
「何が違うの?君達があの子の事を好きになってあげてたら、こんな事にはならなかったんだよ?」
「違う!!違う違うちがうちがう、ちがうんだ…ちがうんだあぁぁ!!!」
「刻喰い」の言葉に、警備兵は恐怖と後悔、そして罪の意識に混乱し、ガタガタと震えながら頭を抱えて蹲る。
「違わない。オマエ達のせいだ」
その言葉に、警備兵の正気はぷつり、と切れた。
「刻喰い」は満足そうに口元を歪めると、再び音もなく消え去った。
――数ヶ月後、狂気に取り憑かれた一人の男が起こした内乱によって、要塞都市ヴァルムラは壊滅した。男はずっと、誰かに詫びる言葉を吐いていたらしい。
それが「刻喰い」の一言で引き起こされた事など、誰も知らない。




