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紅は氷の中に閉じ込められた藍白の姿を、呆然と見つめた。
藍白の顔に浮かぶのは恐怖ではなく、泣きながら許しを乞う年相応の一人の少女らしい、余りにも哀しい表情。それは藍白が、氷室家を憎んでも恨んでもいない、ただ認められたかった、愛に飢えていた証拠だった。
「…やだ、こんなの」
紅が呟く。鯉口を雑に切り刀を抜くと、一気に炎を燃やす!
「待て、紅!」
蒼龍が止めようとするが、紅の踏み込みの速さが勝った!凍った藍白を溶かそうと、刀を振るう!刀から炎が放たれ藍白を包み込む――直前、紺藍が割って入り、氷の壁を作り出す!炎は蒸気と共に虚しく霧散した。
「どいて!!」
「緋夕の御当主よ、乱心なさるな」
目を吊り上げて睨み付ける紅に臆する事なく、紺藍は全身から凍てつく殺気を放ちながら徒手の構えを取る。
「妹をこれ以上苦しませる訳にはいかぬ。お退き願いたい」
「嫌だ!!」
紅は力一杯叫ぶ。その声に呼応して、炎が荒れ狂ったように渦巻いた。いつもとは違う、怒りと悲しみに満ちた、激しい炎。刀を目一杯燃やし、紺藍と対峙する。
「藍白、ごめんなさいって言ってたのに…嫌いにならないでって、捨てないでって泣いてたのに!!
家族なんでしょ!?何で抱き締めて、許してあげないの!?どうして一緒に泣いてあげないの!?」
「今更そんな事をして何になるというのだ!?」
紅の怒りに、紺藍は声を荒げた。その青白い顔は、苦悶の表情に歪む。
「妹はずっと苦しんでいた!力がなく、愛に飢えていた事も分かっている!だからこそ氷室家から出し、普通の人間として幸せに生きていけるよう取り計らっていたのに、それを自ら拒否し、あまつさえ当主までも手に掛け…!取り返しの付かないところまで、妹は堕ちてしまった!もはや逆賊として追われる身、死を以って償うしかない!
ならば兄として、せめてこの手で安らかに眠らせてやりたい…そう願う気持ちの、何が間違っている!?」
家族としての愛ゆえ、そして責任に押し潰された、悲痛な叫び。紺藍もまた、苦しんでいたのだ。
蒼龍は眉根を寄せ、アオイは目を逸らせ、アンバーは俯く。紅は震えながら、紺藍を真っ直ぐ見据える。
「そんなの…何で諦めちゃうの…?家族なら尚更、一緒に泣いて、苦しんで…それでも生きていこうって、傍に居てあげないといけないんじゃないの…!?」
紅の見開かれた目から熱い涙が一筋、頬を伝って落ちた。
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「その通りだよ」
凍り付いた藍白の後ろから、突如声が上がる。全員がその方向を見た。
瞬間、凄まじい衝撃が走ったかと思うと、紺藍が吹き飛ばされる!紺藍は叫び声を上げる間もなく要塞の壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。衝撃でひび割れた壁には血の痕が飛び散り、地面にはみるみるうちに血の池が生まれた。
「え…!?」
何が起きたのか分からず、唖然とする一同。
いつからそこに居たのだろうか。藍白の後ろから出て来たのは、フードを目深に被った、男性とも女性とも、若者とも老人とも付かない奇妙な人物。
例えばある者が「何処にでも居るごく普通の青年」と言うと、ある者は「その辺を歩いている老人」と言い、またある者は「隅の方で大人しくしている御婦人」と言う。だが、口にした者達は皆、その顔を思い出す事が出来ない。それどころか、自らの記憶が正しかったのかさえ、自信がなくなりそうになる。
確かに会った記憶はあるのに、どんな見た目だったか、どんな声だったか、どんな人物だったか、分からなくなってしまう。人々の記憶の狭間に、曖昧なままいつの間にか滑り込み、そして忘れられていくような――奇妙な雰囲気。
「気に食わない…家族なら、もっと執着してやるべきだ」
謎の人物は倒れ伏す紺藍を睨みつけ、先程とは全く異なる声色と口調で呟いた。
「誰だ」
只者ではない気配に、蒼龍は隙なく身構えながら問う。アオイはワイヤーを握り締め、アンバーは銃の撃鉄を起こす。
謎の人物はフードの下から四人に順番に視線を送り――アンバーに目を留める。
「あれ、君はまだ狂わずに、元気に生きてるんだね……『時渡り』」
今度は友達に偶然再会したような軽妙な語り口になる。しかしその一言に、アンバーの表情が一瞬で凍り付き、全身が総毛立つ。
「まさか…てめぇ、嘘だろ……!?」
アンバーの額から冷や汗が吹き出し、滴り落ちた。
「最悪だ…何でここにいやがるんだ……!!」
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突如現れた謎の人物は、凍った藍白をさも愛おしそうに撫でながら、抑揚のない声で言った。
「馬鹿な子だねえ。力に溺れて、何もかも失っちゃって。結局独りぼっちだ」
全く心の篭らないその言葉に、紅の怒りが頂点に達する!
「藍白をそんな風に言わないで!!」
「嬢ちゃんやめろ!」
アンバーが咄嗟に止めようと叫ぶが聞いていない!紅は炎の刃を携えて、謎の人物に飛び掛かっていった!
「藍白は独りで苦しかったのに、必死に頑張ってた!誰かに好きになってもらいたくて一生懸命だった!それを…馬鹿な子なんて言うな!!」
紅の怒りに呼応するように、炎が大きく燃え盛る!その炎が襲い掛かる瞬間――謎の人物の姿が消える!炎が虚しく空を切った。
「え…!?」
戸惑う紅の背後に、突如現れる人影――消えたはずの謎の人物が、その背に手を翳す!間一髪、その間に滑り込む蒼龍!左半身で庇うように紅に覆い被さると素早く符を出し、相手の手に合わせるように己の右手を突き出す!
「敕!」
気合いと共に符界術を展開し、見えざる障壁を張る!同時に謎の人物の手から放たれたのは、紺藍を吹き飛ばしたのと同じ、強烈な衝撃波!
二つの力は激しくぶつかり、何かが割れるような鋭い音と共に、僅かに競り負けた蒼龍の右腕が弾かれる!骨が軋む音と籠手が割れる音が同時に響き、血飛沫が上がる!
謎の人物の猛攻は止まらず、間髪入れずに鋭い蹴りを仕掛けて来る!体格からは想像出来ない重い一撃を蒼龍は傷付いた右腕で何とかいなし、紅を抱えたまま間合いから転がり出た!
蒼龍が痛みに顔を顰めた。紅は泣きそうな顔で蒼龍の顔を見る。
「蒼龍ごめん!私のせいで…!」
「問題ない」
アオイが血相を変えて駆け寄り、蒼龍の右手を診る。骨は砕け、裂傷で血だらけだ。それはまるで、立て続けに何発も攻撃を打ち込まれたような怪我。
「どうなってるの…動きが全く見えない!」
「一体何者だ…アンバー、知り合いか?」
動揺するアオイと蒼龍に、アンバーは顔色を失ったまま答えた。
「知り合いなんて可愛いもんじゃねえ……!
あいつは…『刻喰い』は、オレが九回転生を繰り返す元凶になった奴…災厄そのものだ……!」




