5
「何を言っているの…?」
藍白は動揺を隠さず、慌てて紅と間合いを取る。
「あなたには私の気持ちなんて分からない…!誰かと一緒に笑い合って、愛されてるあなたには!!」
藍白の叫びに紅は抜刀すると、肩越しに構える。すらりとした刀身が輝いた。
「ごめん分かんない!だから、藍白の気持ちを私にぶつけて!ここで思いっきり喧嘩しよう!!」
紅の言葉に、藍白は忌々しそうに腕を素早く十字に切ると、左拳を引き右手の手刀を前に構えた。手に嵌めた籠手の水宝玉が、ギラリと光る。
紅の身体から蒸気が立ち上り、刀を握る手から炎が巻き起こり、刃を包んでいく。
藍白の身体から冷気が吹き出し、籠手から氷が生み出され、腕を包んでいく。
どちらともなく地を蹴り、炎と氷、相反する力が激突した!
-----
藍白は空気を凝縮させるように氷の塊を作り出すと、その塊に拳を振るい粉砕する!鋭く尖った無数の氷の礫が、紅に襲い掛かる!
「うわっ!」
思わず紅は炎で振り払うが、払い切れなかった分が紅の頬を掠める!血が一筋、微かに飛び散った。
その隙を逃さず、礫に紛れて追随してきた藍白の膝蹴りが紅の顎下を襲う!ギリギリのタイミングで刀の柄で受け止めて直撃を逃れる紅だが、その一撃の重さに吹っ飛ばされる!
「紅!」
門から飛び出して来た蒼龍に受け止められる紅。すぐさま飛び起き、体勢を整えた。同時に、傍で藍白にワイヤーを放とうとするアオイを制する。
「手を出さないで!二人で喧嘩させて!」
「喧嘩って…!?」
抗議の声を上げるアオイの肩をアンバーが掴む。
「嬢ちゃん同士、女の喧嘩だ。ここは大人しく見学させて貰おうぜ」
「ただし、危険と判断したら間に入らせて貰う」
「…ありがとう!」
アンバーと蒼龍に礼を言うと、紅は再び藍白と組み合うべく、立ち向かっていった!
刀に纏った炎と、拳に纏った氷が幾度となく激突する!その度に真っ白な蒸気が上がり、火の粉と氷の欠片が舞い散る。
藍白は修羅の如く次々と拳と蹴りを放ち、紅を凍らせるべく、身体を拘束しようと腕を伸ばしてくる!紅はそれらを流れるような体術で受け流し、躱し、藍白の腕を覆う氷を少しでも削ろうと炎の刃で斬り付ける!熱さに思わず顔を歪める藍白。
「藍白!もういい!何も凍らせなくていいんだよ!!」
炎の刃を振るいながら、それでも優しさを含んだ声で呼び掛ける紅の姿に、藍白の瞳が揺れる。
「…嫌!嫌!!私の力を認めて!私を愛して!!」
そこから溢れ出すのは、流れ落ちる前に氷の粒と化していく、涙。
「独りはもう嫌!嫌あぁ!!」
藍白の絶叫に呼応するように、籠手にあしらわれた水宝玉が一際不気味に輝く!藍白の周囲の空気が一気に氷点下まで下がると共に、激しいブリザードが巻き起こり、紅の身体が霜で覆い尽くされる!
「やべえ!」
アンバーは急いで火炎系の魔弾を装填する!アオイはワイヤーで藍白を拘束しようと構え、蒼龍は土遁を繰り出そうと大地に手を付く!
しかし、紅は見逃していない。
霜で覆われた紅の身体を見て、藍白が躊躇した、その一瞬の隙。
「藍白!」
紅は目をカッと開き、霜を振り払うように体温を一気に上げる!霜が溶け、身体中から蒸気が上がる!紅はそのまま炎の刃を振り被った!
「私は強い藍白もいいと思う!けど、弱くて優しい藍白も好きだよ!!」
紅の炎の刃が、藍白目掛けて襲い掛かる!
藍白は咄嗟に両手の籠手で炎の刃を受け止める――それこそ、紅の狙い。
炎の刃が籠手の水宝玉に食い込む!水宝玉に無数の亀裂が入り、粉々に砕け散った!
-----
吹き荒れていた冷気が収まる。
籠手の力を失い、藍白は糸の切れた人形のようにその場に膝を付き、項垂れた。先ほどまでと違い、涙は凍る事なく地面に滴り落ちる。藍白は嗚咽していた。
「私……弱い私なんて……嫌われる…」
紅は刀の炎を振り払い納刀すると、藍白の前にしゃがみ込む。
「嫌わないよ。藍白は優しくていい子だから」
紅の言葉に、藍白は涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。紅はにっこり笑っていた。
「私を凍らせかけた時、しまった、って思ってたでしょ?私その時、優しいなあ、やっぱり藍白の事好きだなあって思ったよ」
「優しい…私が?」
「うん。大体、ちっとも弱くなんかない。優しくて、一人で街を守って、充分強い。
それに、弱くたって駄目だって構わないよ。私は、藍白が好きだから、一緒に過ごしたい」
藍白の目から、温かい涙がするすると流れ落ちる。涙と共に、凍て付いた心が解けていく。
「私の事…好きになってくれるの?」
「もうとっくに好きだよ!」
藍白の言葉に、紅は温かな炎のように破顔した。
「そうだ藍白、私達と一緒に旅しようよ!」
「え…?」
紅は良い事を思い付いたという風に手を叩く。
「また妙なのが増えるのか」
「またって…否定は出来ない」
「まあ、一人増えたところで今更変わりゃしねえよな」
蒼龍、アオイ、アンバーもそれぞれ、日常茶飯事といった様子である。藍白は戸惑う。
「…いいの?」
「もちろん!藍白がいたら楽しそうだし!」
紅は藍白に向かって、手を差し伸べる。
「一緒に行こう、藍白!」
藍白は紅の笑顔にようやく表情を緩め、涙に濡れた顔に柔らかな微笑みを浮かべた。そして、紅の手を取ろうと、腕を伸ばす。
紅と藍白の間に、一陣の冷たい風が吹き抜ける。
その瞬間――藍白の姿が消えた。
「…え?」
紅は唖然として、視線を上げる。
いつの間に移動したのか、遥か遠くに藍白の姿。その身体は、背後の男に羽交締めにされている。男の顔は、藍白と瓜二つ。
「紺藍兄様…!?」
藍白の顔が真っ青になる。
次の瞬間、紺藍と呼ばれた男の身体から絶対零度の空気が吹き出すと、藍白の身体がどんどんと凍り付いていった!
「嫌…いやあぁ!!兄様お願い、やめて!!」
藍白は顔を歪め、涙を流して抵抗する!紺藍は冷徹な表情を崩さず、しかしどこか苦しげに眉を寄せるも、その腕を緩めない。
「黙れ、一族の恥晒し」
「やだあぁ!!ごめんなさい!!ごめんなさい兄様!!
ちゃんと強くなるから!!もっと頑張るから!!いい子にするから!!だから…嫌いにならないで!!捨てないで!!」
藍白は子供のように泣きじゃくって、悲痛な叫びを上げ続ける。その声に、紅は我に返る!
「待って!やめて!!」
立ち上がると、藍白に向かって駆け出した!懸命に向かってくる紅の姿に、藍白は思わず手を伸ばす!
「助けて……紅!!」
紅も藍白に向かって手を伸ばす!
しかし。
「謝るのはお前だけではない…だから、眠れ…!」
紺藍の苦悶の呟きと共に、藍白の身体は氷に包まれた。
最期に溢れ落ちた涙の雫だけが氷から逃れ、地面に吸い込まれ、消えた。




