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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第二話 楊蒼龍(ヤン・ツァンロン)

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 伊勢国(いせのくに)と隣り合う国、嶺國(れいこく)。

 「神々が宿る国」と伝えられる伊勢国に対し、嶺國は「仙人が住まう国」と云われている。


 それは嶺國の国土の七割を占める崑崙(こんろん)山脈が、古来より数多くの道士や仙人が住まう「霊山」として名を馳せている事に由来する。山脈の中には「霊穴」と呼ばれる、霊力が集まる場所が幾つも点在していて、そこを拠点に道士達は修行を積み、長寿を得て仙人となる。

 しかし一度霊穴を離れてしまえば、深い樹々に覆われた山中は獰猛な魔物達の巣窟。正に陰陽一体、普通の人間ではとても踏破できる山脈ではないのだ。


-----


 その日は雨だった。


 燈照仙人(とうしょうせんにん)は崑崙山脈の麓の里で酒を買った後、土遁に乗り、白く長い髪と髭を靡かせて自分の庵に戻る途中だった。道すがら、どうも落ち着かない気配を感じ取る。

 しばらく周囲を巡ると、真っ白い体毛に真っ赤な目を持つ巨大な狐――狐狸精(こりせい)の群れが何かを屠っている所に出会した。群れの中央から僅かに覗くのは、人間の女性のか細い腕。

「まずいのう」

 人間の味を覚えた魔物は、山を降りて人を襲う可能性が高くなる。無益な殺生は好まぬが、ここで仕留めてしまわないといずれ害を為す存在になると判断した仙人は、素早く印を組むと、両手を狐狸精の群れに向かって突き出した!

「敕(チッ)!」

 仙人の気合と共に、木遁――周囲の樹々が鋭い槍となり、一気に狐狸精の群れを貫いた!首、あるいは胴を貫かれ、狐狸精達は呆気なく絶命した。


 仙人が狐狸精の死骸を掻き分けてみると、人間の若い女性が力なく横たわっていた。身体中至るところを喰い千切られ、既に事切れている。

 しかし、女性の懐で何かが動いている。仙人が拾い上げると、それは三歳くらいの男児だった。母親である女性が文字通り身を挺して庇っていたのであろう、こんな状況にも関わらず怪我一つなくすやすやと眠っている。

 黒髪の中、前髪一房だけが触角のように青い。何より――襟口の僅かな隙間から見える、群青色の鱗。

「人間と……龍との合いの子か」

 仙人は呟く。


 仙人は女性の亡骸をその場に手厚く葬ると、男児を背負い、再び土遁に乗り自らの庵へ向かった。

「厄介な者を拾ってしもうたが、これも何かの縁。酒の肴くらいにはなるじゃろう」

 こうして男児――仙人によって後に楊蒼龍(ヤン・ツァンロン)と名付けられる――は、燈照仙人の元に迎え入れられた。


-----


 それからというもの、蒼龍は燈照仙人よりありとあらゆる修行を課せられた。

 仙術、符呪術、符界術、風水術。

 様々な武器、そして徒手空拳を扱う武芸百般。

 谷底に突き落とされる。

 滝壺に突き落とされる。

 狐狸精の群れに放り込まれる。

 炊事、洗濯、掃除。

 修行は苛烈を極めたが、蒼龍は泣き言一つ漏らさず修行を積み、技を会得していった。


 蒼龍は、厳しい修行の中にも、仙人の深い愛情がある事を良く分かっていた。

 ご飯は毎回きちんと食べさせてくれる。

 暖かい寝床と、綺麗な衣服を用意してくれる。

 熱を出せば、ちゃんと看病してくれる。

 本当に危険な時は必ず助けてくれる。


 何より、幼い頃、母を恋しがり泣く蒼龍を仙人は優しく抱き締め、静かにあやしてくれた。


 蒼龍は仙人の厳しくも優しい愛情を受け取り、健やかに成長していった。


-----


 崑崙山脈の奥深く、切り立った崖の上。この世界の成人である十五歳を迎えた蒼龍は、燈照仙人の庵の近くにある霊穴で、坐禅を組んで気を練っていた。

 幼かった頃の面影は既になく、精悍ながらどこか気品を感じさせる顔つきに、切長の藍色の瞳と鋭い眼光。長い黒髪は無造作に一つに編み込まれ、青い一房の前髪は物憂げに垂らされている。年齢より遥かに逞しく鍛え上げられた長身は群青色の道着に包まれていた。

「また修行しとるのか…真面目じゃのう」

 燈照仙人に声を掛けられ、蒼龍は坐禅を崩すと霊穴から静かに飛び降り、仙人の元に跪き頭を垂れた。

「いやはや、本当に大きく育ったもんじゃ」

 仙人は感慨深げに言った。蒼龍は顔を上げる。

「師匠のお陰だ」

「違いないのう。道士としても、もう何も教える事がないくらい立派になった」

「師匠には遥かに及ばない」

「…儂が言うのもなんだけど、どうやったらそんな謙虚に育つの?」

「事実だ」

 軽口を叩く仙人に対しても、蒼龍は表情一つ崩さず答える。正に朴念仁、仙人は少し呆れた様子で肩を竦めた。

「まあよいか…ところで蒼龍、旅立ちの支度は済んでおるか?」

「ああ」

 仙人の問いに、蒼龍は短く答えた。


 道士は仙人の元で「技」の修行を積んだ後、人との交流を通して「心」の研鑽を積む。そうして「心技」両面を磨いた者のみが仙人になれるのだ。

 蒼龍の「技」は、既に仙人に迫るものがあった。後は「心」の問題。仙人は崑崙山脈の麓にある桔梗の里の護衛をさせる事で、蒼龍に「心」の修行をさせる算段だった。


 しかしその夜、問題が起こる。

 

 燈照仙人の庵で、旅立つ前にと二人で酒を酌み交わしている最中だった。

 夜空の一番高い所に満月が昇った時、蒼龍が盃を落とす。

「ぐっ……!?」

 突然、蒼龍は身体中の血が逆流するような感覚に襲われる。仙人が驚いて蒼龍を見ると、蒼龍の身体から鱗が吹き出し、瞬く間に全身を覆い尽くす!

「蒼龍!」

 仙人は慌てて手を伸ばすが、敢えなく弾き返されてしまう。唖然とする仙人を他所に、蒼龍の身体はみるみると膨れ上がり、庵の天井や壁を突き破り――


 空へ向かい、咆哮を上げる。

 蒼龍は群青色の鱗を持つ、巨大な龍の姿へと変貌を遂げた!


「こりゃあまた…こんな力が眠っておったとは」

 仙人は、翼を広げて暴れる龍に吹き飛ばされまいと踏ん張りながら、棍を片手に、土遁を使い龍の顔元まで飛び上がった。蒼龍だった龍は、己の状況を理解出来ず、ただ混乱している。

 理性を失っている、と見てとった仙人は、棍で龍の頭を小突く。

「こりゃ蒼龍、大人しくせんか。近所迷惑じゃぞ」

 龍は止まらないどころか、仙人の身体を横殴りに吹き飛ばした!地面に思いきり叩きつけられる仙人だが、すぐさま起き上がる。叩きつけられた衝撃で折れたのか、左腕が力なく垂れていた。

「やりおるのう…今までの修行の恨みか?」

 仙人は再び土遁で龍の顔付近まで飛び上がる。そして、暴れ回る龍の耳元に飛び付くと、優しく諭すように、何度も言った。

「お前は蒼龍、龍でもあり人でもある子じゃ。人間の心を持つ優しき龍は、決して人を傷付けん。お前も人を傷付けぬよう生きれば良い」

 その言葉に、龍は徐々に落ち着きを取り戻していく。


 やがて龍が意識を手放して眠りにつくと同時に、満月が西の山の向こうに沈んだ。

 龍の躯は徐々に小さくなり、全身の鱗が潮のように引いていき――再び人としての蒼龍の姿へと戻っていった。


-----


 翌朝、目を覚ました蒼龍は、眼前の惨状に戦慄した。庵は吹き飛び、霊穴は大きく割れ、目の前の燈照仙人は左腕を吊っている。

 蒼龍は何も覚えていない。ただあるのは、自分が人ならざる異形のものへと変貌した、朧げな感覚のみ。

「俺は…何を…」

「気にする事はない。ただ、龍になっただけじゃ」

 仙人は飄々と言い、朝から瓢箪の中の酒を煽る。蒼龍は真っ青な顔で震える己の両手を見つめて、呟いた。

「…師匠の庵を破壊し、師匠にまで怪我を負わせるなど…」

 危険な存在へと成り果てた自分に、蒼龍は絶望を覚えた。


 蒼龍は両手をぎゅっと固く握ると、おもむろに立ち上がり、自分の荷物を纏める。

「何処へ行く」

「俺は…人と関わるべきではない。恐ろしい化け物だ」

 仙人は瓢箪から口を離し、「阿呆」と言い放つ。

「お前は化け物でも何でもない。ただ人と関わるのが不器用なだけじゃ。

 桔梗の里から離れるでないぞ。あの村を護るのがお前に課せられた修行の一つじゃからな」

 師匠の言葉に、蒼龍は答えない。ただ一礼をすると、振り返りもせずに仙人の元から去っていった。

 青い前髪に隠された目元から、薄らと涙が零れ落ちた……ように見えた。


 燈照仙人は独り言ちる。

「あやつ……最後にとんでもなく大きな修行を抱えてしまったようじゃのう」

※この世界では早い段階で飲酒可能になりますが、現実世界での飲酒は20歳になってから。


挿絵(By みてみん)

楊蒼龍(画像はAI作成)

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