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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第一話 緋夕紅(ひゆうこう)

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3

 朝霧村(あさぎりむら)での出来事よりひと月前。


 まだ薄暗い朝靄に包まれた中、炎帯人(ほのおびと)一族の本家である緋夕(ひゆう)家の屋敷の勝手口が静かに開く。紅はひょこっと顔を出し、辺りに誰もいない事を確認すると、目一杯荷物を詰め込んだ背嚢を背負い、そろりそろりと忍び足で屋敷から出て来た。

 そのまま勝手口の門へと向かい、敷地の外へ出ようと、歩を進めた。


「何してるんですか」

 背後から声を掛けられ、紅は思わずびくっと身を竦ませる。ゆっくりと振り返ると、そこには紅と同じような赤茶色の髪をツーブロックにした青年が、同じような柘榴色の瞳をジト目にして立っていた。炎帯人の象徴である赤い羽織りに、背には大きな両刃剣を背負っている。

「あ……臙脂(えんじ)、朝早いね…」

「付き人が当主より朝早いのは当然です。それに、『夕』の人間と違って、『朝』の人間なので早起きは得意なんですよ」

 青い顔で頬をひくつかせて笑う紅に、分家出身の付き人――緋朝(ひかた)臙脂はバッサリと言い放った。


-----


 伊勢国(いせのくに)の南側のどこか、炎帯人の一族が住む集落。決して大きくない集落には、西に大きな本家の屋敷、東に小さな分家の屋敷がある。西の本家・緋夕は女性、東の分家・緋朝は男性が代々取り仕切っていた。

 一族は基本的に集落の中で暮らすが、どこかで争い事があればそこに赴き平定する。そのまま赴いた地に定住する者もいるが、ほとんどの者が集落へ戻り一生を終える。

 よって炎帯人の一族は、子供の頃から歳を取り死ぬまで、皆が皆の事をよく記憶していた。


 ところが紅には、一年前より以前の記憶がない。

 ふと気付いたら十五歳の身でこの世に存在していて、緋夕家の当主として炎帯人を取り仕切る立場にあった。周囲の年寄衆や臙脂をはじめとした付き人達は、甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれる。

 そして、過去の話は頑なに口を閉じるのだった。「過去の事など何も知らなくて良い」といった風に。


 今の生活に不満がある訳じゃない。過去の事がどうしても知りたい訳じゃない。

 けれど、常に付き纏う、自分なのに自分じゃない、もやもやとした感覚。

 「私は何者なんだろう」という、漠然とした疑問。


 誰も教えてくれない、本当の私。


 ――ならば、自分で探しに行こう。


-----


 紅は臙脂に向かって摺り足で寄ると、手を合わせて小声で懇願した。

「お願い臙脂!当主なのに身勝手なのは分かってる!けど私、『本当の自分』が分からないままじゃ、みんなを導く、ちゃんとした当主になれないと思ってるの。

 外の世界を見たら、何かの形で『本当の自分』が分かる気がする…だから、このまま旅に出させて!」

 柘榴色の真っ赤な目が臙脂を見つめる。臙脂は溜息を一つ吐いた。

「…構いませんよ」

「…え?」

 臙脂の意外な返答に、紅は思わずつぶらな瞳を大きく見開く。臙脂は困ったように笑った。

「紅様の『本当の自分』について、僕の口から語る事はありません…出来ない、と言った方が良い。それはご自身で探す他ないのですから。

 人生とは己を探す旅、人は皆、自分を知る権利がある。

 そして紅様にももちろん、自分を知る権利がございます」

 臙脂は、勝手口の門を静かに開ける。かちゃり、と小さく錠が開く音がした。臙脂は促すように、門の外へと腕を伸ばす。


「紅様、世界は広いです。色々な事を経験し、そしてご自分の糧とされて下さい。きっとその中にご自身の求める『本当の自分』も見つかる事でしょう。

 どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ。そして、必ず無事にお戻り下さい」

「……ありがとう、臙脂!」

 紅は臙脂の手を握ると、背嚢を背負い直し、門を潜る。


 門の外には、朝露の残る草原が広がっている。紅は一歩踏み締め、朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。程良く湿気を帯びた心地良い朝霧が、全身に染み渡る。


「行ってきます!」


 こうして、一人の少女は「本当の自分」を見つける為に、密かに旅立って行った。


-----


 朝もやの中に消えていく紅の姿を見送る臙脂の背後に、いつの間にかもう一人立っていた。

「行ったの?」

 投げ掛けられた低い声に臙脂が振り返る。炎帯人らしからぬ蜂蜜色の長い髪、すらりとした美しい肢体の持ち主は、空色の瞳に気怠げな、しかしながらどこかしら楽しげな雰囲気を湛えて、勝手口横の壁にもたれていた。

 臙脂は笑って答える。

「ええ、ようやく」

「アンタこれから怒られるんじゃないの?緋夕のババア共に。当主が出奔なんて、シャレになんないわよ」

「怒られるに決まってるじゃないですか」

「損な役回りねえ」

 金髪の人物は呆れたように言う。臙脂は苦笑しながら続けた。

「そもそも紅様が言う事聞く訳ないでしょ。

 それに紅様はこれから、たくさんの人と出会って、たくさん笑って、たくさん泣いて……たくさんの愛を知るでしょう。

 その中で本当のご自身の姿を知り…幸せになっていただく。それが僕が紅様を止めなかった理由です」

 臙脂の言葉に、金髪の人物も壁から背を離す。豊かな金髪を長い指で優雅に掻き上げると、その美貌に笑みを乗せた。

「そうね」

 二人は並んで、今はもう見えなくなった、紅が走って行った方向をいつまでも見つめていた。


「元気でやんなさい、紅ちゃん」


-----


 時は戻り、朝霧村を出発した紅は、当てもない旅を続ける。大きな背嚢を背負い、佐吉から受け取った、トメの作った大きな握り飯を頬張りながら山道を一人歩く。

 穏やかな陽気は紅の身体を暖かく包み込み、時折吹く風もどこか優しく、紅の髪を揺らす。


「一人もいいけど…」

 紅は空を見上げて、一人呟いた。

「やっぱ誰かと一緒にいた方が楽しいよねえ」


 空高く鳶が舞う。

 その下には、まだ何も知らない十六歳の少女。

 その先には、まだ誰も知らない、数え切れない出会いが待っている。


 少女の旅は、まだ始まったばかりだ。

挿絵(By みてみん)

緋朝臙脂(画像はAI作成)

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