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アウトサイダーズ -笑って泣いて愛して老いて死ね-  作者: うらてぱんち
第一話 緋夕紅(ひゆうこう)

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2

 夜。

 満月の下、紅は村の入り口にある守り岩の上に腰掛けていた。薄ら風が村から森へと吹き抜けていく。森の奥からは、魔物が蠢く気配。

「…群れで来てるね」

「紅殿、こっちは準備出来とります」

 守り岩の後ろから佐吉が声を掛ける。村の男衆が何人か、松明を持って控えていた。紅はその姿を見て、こくりと頷く。


 森の中の気配がざわり、と一斉に動く。

 紅は守り岩から飛び降り、左手で鞘を握り鯉口を切る。そして柄に右手を掛けると、短く叫んだ。

「来るよ!」


 同時に、猩々(しょうじょう)の群れが森から一斉に飛び出して来た!


 先鋒の猩々が守り岩の横に佇む紅の姿に気付き、雄叫びを上げながら襲い掛かってくる!紅は素早く抜刀すると、下段より目にも留まらぬ速さで斬り上げた!猩々の血飛沫が守り岩を赤く濡らす。

 紅はそのまま刀を肩越しに構えると、地面を蹴り猩々の群れに突っ込んだ!

 猩々は攻撃する際に手を振り上げる癖がある。その際に生まれる隙――がら空きの胴を、紅の刀が真っ二つに薙いでいく!

「すげえ…」

 呆気にとられる村の男衆。そんな一団に、紅は口元を布で覆いながら指示を飛ばす。

「燃やして!」

 その言葉に、男衆は慌てて松明を、守り岩の前に堆く積まれた枯葉の山に放り込む!枯葉の中には、昼間の間に村人達に集めてもらった大量の唐辛子。辛味成分が燻され、風下で煙に巻かれた猩々達は大混乱に陥った。

 その中を紅は縦横無尽に駆け抜け、猩々の胴を、頭を、次々と割っていった!


 半刻ほど経ち煙が落ち着いた頃、累々と横たわる猩々達の死体の中に、紅は一人立っていた。

「げっほげほ…このやり方は効率いいけど、私もキツいなあ…」

 唐辛子の煙に涙目になりながら、紅は口元を覆っていた布を外し、大きく咳き込む。能天気な口調に反して、月明かりに照らされたその姿は、猩々達の返り血を浴びて真っ赤。佐吉達は壮絶な光景に思わず、ごくり、と唾を飲み込んだ。

「一人で…退治なすった…」

「何て強さじゃ…」

「ありがてえ…」

 じわじわと喜びが湧き、男衆は紅に駆け寄ろうと守り岩の裏から足を踏み出した。


 しかし、紅はそれを片手で制し、森の奥を睨みつけている。

「紅殿、どうなすった?」

 問う佐吉に、紅は視線を森の中に向けたまま告げた。

「まだ…終わってない」


 その瞬間、ズシン、と大地が大きく揺れる。

 森の奥からは得体の知れない、不気味な気配。その気配は樹々を薙ぎ倒しながら、ものすごい速度で村へと近付いて来る――!


 そして、遂に村の目の前へとその姿を現した!


 大きさは裕福な家の屋敷ほど。ぎょろりとした眼を持つ頭は牛そのものだが、その顔付きは知恵者である故の凶暴さを物語っていた。丸々とした躯からは蜘蛛のような脚が八本。そして、躯全体を覆う頑丈な外殻。

 佐吉はじめ村の男衆は、恐怖のあまりその場から動けない。かろうじて佐吉が声を搾り出した。

「こいつは……牛鬼(うしおに)じゃあ…!罠を壊してたんはこいつか!?」


 牛鬼は恐らく自分の子分であったろう猩々達の屍を見て、怒り狂った様子で咆哮を上げた。鼻から炎を吹き出し、猩々達の屍を一気に焼き払うと、自らが放った炎を纏ったまま村目掛けて突っ込んで来た!

 間に割って入る紅は、柳に構えて牛鬼を受け止める!

 ガキィン!という鋭い鋼鉄音が森中に響き渡る。紅はそのまま袈裟懸けに斬ろうとするが、外殻の硬さに刃ごと身体を弾き返されてしまった。

「っ…!」

 紅は反動で飛び退り、間合いを取る。炎を纏った牛鬼は鼻息荒く、再び突っ込んで来ようと八本の脚で地面を抉っている。


 普通の刃では通らない――ならば!


 紅は恐怖で動けなくなっている佐吉達に向かって、声を掛けた。

「怖い思いさせてごめん!でも、大丈夫だから!」

「え……は!?」

 佐吉は紅を見る。すると、紅の身体から薄ら蒸気が上がっているのが見えた。


 紅は刃に付いた猩々達の血を振り払い、青眼に構えると、目を閉じ、呼吸を整える。

 柄を握る手に力を込める。その力に呼応するように、紅の身体から発する蒸気がその濃さを増していく。


 痺れを切らしたのか、牛鬼が地面を蹴って紅に向かってものすごい勢いで突進する!

「紅殿!!」

 佐吉達が叫ぶ!


 紅がカッと目を開く!

 同時に、紅の両手が赤く輝き、紅蓮の炎の渦が生まれる!その炎は、地獄のように残酷で、天のように浄らかな、不思議な美しさを持っていた。炎は柄を包み込み勢いよく刀身へと流れ、巨大な炎の刃を創り出す。

 紅は炎の刀を上段に構え直すと、迫り来る牛鬼に向かい、鋭い気迫と共に刀を振り下ろした!

「はあっ!!」


 炎の刃は牛鬼に襲い掛かり、猩々を焼いた炎を容易く吹き飛ばし、鋼のように硬い外殻をもものともせず、その巨体を真っ二つに焼き斬る!

 牛鬼は不気味な絶叫を残し、灰となって散る。地に落ちた灰からは、新たな命――紅花翁草(アネモネ)が芽吹き、可愛らしい赤い花を咲かせた。


 紅は刀を横一文字に振り炎を払うと、炎と共に血糊が焼き消えた刀を静かに納刀した。カチ、と鯉口が微かに音を立てる。

 山の向こうから、静かに朝日が昇る。

 朝日を受け、火の粉が残る紅の身体はまるで赤く輝いているように見えた。


 佐吉達はすっかり腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。誰かが、ぽつりと呟いた。


「紅殿……『炎帯人(ほのおびと)』様だったんか…」


-----


 伊勢国(いせのくに)が「神々が宿る国」と呼ばれるのには理由がある。

 今より一千年前、この世に突如として、特殊な能力を持つ者、「能力者」と呼ばれる人種が現れた。その者は炎を操り、炎は悪き者全てを焼き尽くすまで消える事はなく、灰は無垢な命として生まれ変わる――破壊と再生の一族、炎帯人。

 神と等しい力を持つ炎帯人が誕生した地、それが伊勢国だった。


 人々は炎帯人を「神」と敬い、畏れ、そして怖れた。


 しかし炎帯人の一族は驕る事を知らない。ただ人々を威圧しないよう、伊勢国に人知れずひっそりと暮らし続けている。


-----


 朝霧村(あさぎりむら)の入り口。紅は守り岩を磨き、岩肌に手を当てる。紅の手から守り岩に種火が伝う。守り岩はほんのりと温かな熱を帯びた。

「…よし、これでしばらくは魔物避けになるかな。他の炎帯人に定期的に見回りに来るように文を出したから、もう心配ないよ」

 集った村人達の方へ振り返り、紅は微笑む。

 しかし村人達は皆、平伏したまま顔を上げない。

「ありがてえこっす…炎帯人様」

「こんな辺鄙な所を救っていただいて…」

 村人達の顔には、畏敬の念。


 紅は村人達の様子に、少し寂しそうな笑みになる。


 佐吉はその顔を見て、思わず腰を上げる。

「佐吉、頭が高えぞ!」

 男衆の一人に怒鳴られるが、佐吉は紅の前に進み出て、トメから預かった握り飯を託す。

「量は全然足りねえと思うけど…途中で食べて下せえ」

「…ありがとう!」

 紅は再び微笑んだ。その微笑みは、明け方灰より生まれた新しい命――足元に咲く紅花翁草のように可愛らしく自然な、心の底から嬉しそうなものだった。


 紅は背嚢を背負うと、村を出て歩き出す。

 佐吉はその背中に、改めて声を掛けた。

「助けて下すって…本当にありがとうごぜえます!」

 紅は振り返る事なく、片手を挙げて応えた。

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